彼女の何か
「アレス、楽しんでる?」
いくつか店を巡った時、ふいにそんな質問がフィーナからもたらされた……ちなみに現在、彼女から渡された荷物は小脇に抱えられる程度で、俺は小さく頷く。
「ああ、町をこんな風に見て回ることはなかったし、楽しいよ」
「本当? なんだか私のことをじーっと見て深く考え込んでいる様子だったけど」
鋭い。決意を新たに、などと言ったら「今は戦いのことは考えないで」と言われるのが目に見えていたので、俺は小さく肩をすくめ、
「そりゃ、一緒に歩く人を見るのは当然じゃないか?」
「ほんとにー? 私のことを通して次の戦いに思いを馳せてるとか、そんな感じじゃなくて?」
――ここで俺は、頭の中に思い浮かべた単語をそのまま言ったら、どうなるのか試したくなった。以前の俺なら……冒険者として血反吐を吐くような戦いをしていた俺なら、言える自信はなかった。でも、今ならば……英雄、なんて言われるようになった今なら、
「……あのさ」
「うん」
「フィーナが綺麗だから見とれていた……とは思わないのか?」
告げた瞬間、彼女は俺と目を合わせながらキョトンとなった。ただそれは驚きとか、困惑とかそういうものではなく、純粋に言っている意味がわからない様子だった。
そして……十秒ほど経過してから変化があった。フィーナの頬が、少しずつ赤くなっていく。反応に俺が目を丸くする間に熱を持っていることを自覚したか、彼女は俺に背を向けた。
「そ、そういうことは、本当に綺麗な人とかに言うべきものでしょ?」
「……本当に綺麗な人?」
微妙な言い回しだったので問い掛けると、フィーナは天を仰いだ。
「その、何というか……本物の貴族の人とか見たら私なんて大したことないよ? 式典とかで出会ったことあるけど、やっぱり高貴な人とは違うなー、って」
その直後、何かを思い出したのか彼女は延々と呟き始めた。
「ほら、体つきとかからして何というか全然違うんだよね。身長だってあるし胸だって大きいし腰だって引き締まっているしそりゃあ私だって鍛錬しているから体は細いけど何をどう頑張ってもドレスを着る公爵家のお嬢様みたいには絶対慣れないっていうかそもそも私田舎娘だし」
な、何があったんだ……驚く間にも彼女はさらに呟き続ける。ただ、
「私なんて――」
「いや、フィーナは綺麗だよ」
ちょっとムキに言い返していた。それは別に、同郷だからひいき目になっているわけではない。
彼女の口が突如止まる。背を向けていたその姿が再び俺を向き、
「アレス……」
「俺はその、パーティーとかそういうのに出たことないし、貴族令嬢がどういう姿なのか想像しかできないけどさ……フィーナには他の人にはない魅力があるのは確かだ。聖女という肩書きがなくても……さ。その、もっと自信持っていいと思うぞ?」
正直、俺ができるフォローってこのくらいなんだけど……どれほど効果があったのかはわからないけれど、とりあえずフィーナの顔から暗さが消えたことは確かだった。
「……そっか」
そして照れくさくなったのか再び彼女は背を向ける。
「……アレス」
「ん?」
「ありがとう」
小さな声だった。俺は何も答えず、前を歩き出すフィーナに追随した。
その後、少しして別の店に入ったことで先ほどの話題は変わった。次に話すようになったのは……故郷のことだ。
「フィーナ、あの日……十年前のあの日以降、村を訪れたことはあるのか?」
「ううん、ないよ。そういうアレスは――」
「村を飛び出してからはずっと根無し草だけど、まあたまには帰るよ」
「もう腰を落ちつけるつもりはないの?」
問い掛けに俺は少し考えた後、
「別に、村にいたくないってわけじゃない。ただ、他にやることがあって俺は冒険者家業をやっているんだけど……」
「まだ、やることがあると」
「そうだな」
俺の目的についてはわかっていない様子。まあ、話す必要性は……さすがに今の雰囲気ではやめておくか。
「そういうフィーナはどうだ? 一度、顔を見せる気はないか?」
もしよければ、俺と一緒に……なんてつもりはなかったけれど、なんとなく話を振ってみる。
「ほら、メンナおばさんの焼いてくれたパイとか、好きだったろ? 俺も帰ったら毎回食べなよって渡されるくらいで、美味しいよ。お城で食べられるものと比べれば、味的にはどうなのかわからないけれど、懐かしさを感じることはできるかもしれない――」
そこで、口が止まった。理由は、フィーナの表情に明確な変化があったためだ。
それはどこか、もの悲しそうな顔。けれどそれは一瞬のことだった。
「……うん、それは良いかもね」
どこか曖昧な返答だった。なぜそんな反応をするのか……疑問はあったけれど、俺は明確に引っかかりを感じ取った。
何か、あるのだと……聖女として剣を振り、人々のために戦っている彼女だが、その中で内には何かを抱えている。それがどういうものなのか、俺にはわからないしたぶん反応からして今は話そうとしないだろう。
村へ行くことに抵抗があるのか、とか嫌なのか、とは問えなかった。フィーナの反応はおそらくそういうことではない。でも、帰れない何かがある……そんなことを推測させた。
「……ま、話には伝わってる。気が向いた時に、顔を見せればいいさ」
俺は無難に話をまとめ、
「で、次はどこに行く?」
彼女へさらに告げる。それでフィーナは微笑を見せ……とはいえそれはどこか誤魔化すような雰囲気を伴いつつ、俺へ向け行き先を提示した。
色々とあったが、ゲイルの提案については大成功ということで、フィーナはリフレッシュしたようで城へ戻ってくる時には笑顔になっていた。
また明日から訓練をやるということも決まり、俺は部屋へと戻った。そして考えるのは、故郷のことを話した時の反応だ。
「何が、あるんだろうな……」
気にはなるけど、話をして良いものだろうか? 疑問に思っていると、部屋にノックの音が舞い込んだ。
「はい?」
返事をしながら扉を開けると、そこにはフィーナの従者である騎士、パトリが立っていた。
「どうも」
「……どうも」
「お話をしたく思いまして」
「俺に?」
疑問ではあったが、とりあえず中に招き入れようとする。だが彼女は首を振り、
「この場で結構です。あの、フィーナ様と一緒にいて、気になることはありましたか?」
――まるで、町で疑念が湧いたのを予期していたかのような言葉だったため、純粋に驚いた。
「あ、えっと……うん、あったな」
「そうですか……ただ、私の口から話すのはフィーナ様も拒否するでしょう。何かを言うことはできませんが……」
「なら、一つだけいいか? どうやらフィーナには問題があるようだけど、それは今後の戦いに影響するのか?」
俺の問い掛けにパトリは首を横に振った。
「いえ、少なくとも戦闘に支障はありません」
「なら、俺からは何も言わない。フィーナが自分の意思で話をする時が来るかもしれないし」
「ありがとうございます」
頭を下げられる。俺としては特別なことをしているわけじゃないし。
「俺の決意は、一つだ。魔王討伐……それに対し、フィーナと共に戦い、彼女を守ること」
「わかりました……アレス様、今後もよろしくお願いします」
そう言い残して、パトリは去った。その後ろ姿を見て、俺は彼女もまたフィーナを大切に思い、守りたいのだと確信する。
「俺はその一助になれればいいけど……」
不思議な力……まだ解明できていない力であるため、不安はあるけれど――
「決意は変わらない……剣を振り続けるだけだ」
そう胸に刻み、休むこととなった。




