次に目指す場所
「食事中すまない、少し、話をしたいんだが」
俺達に……というか俺に声を掛けてきたのは男性騎士。その人物は『炎の魔人』と戦った際にフィーナの傍にいた騎士だ。
「はい、いいですよ」
こちらが応じると騎士は少し硬い表情で、
「食事を終えたら、今から言う部屋まで来て欲しい……ああ、ゲイルさん。そちらも」
そう述べて指定されたのは、小さな会議室。こちらが同意すると、騎士は速やかに去っていった。
「……次の戦いについて、だろうな」
ゲイルは騎士の後ろ姿を見ながらそう呟く。そこで俺は、
「ゲイルさんも呼ばれたからには、次の戦いも参加するんだよな?」
「だな。ま、ここまで来た以上は見届ける気でいるさ」
肩をすくめながら話すゲイル。どこか飄々としていてつかみどころのない人物だが……少なくとも魔人との戦いにおいて犠牲を少なくするべく尽力しているのは事実。
なぜ国と関わるようになったとか、経緯を聞きたい欲を抑えつつ……俺達は食事を終え会議室へ。扉を開けると、先ほどの男性騎士に加え――フィーナと従者である騎士パトリもいた。
「密談、って感じだな」
ゲイルが感想を言うと、男性騎士は小さく苦笑した。
「聖女フィーナと同様、次の戦いでも最重要人物だ。別に作戦を考えておくのは当然だろう?」
「アレス君はともかく、俺もいいのか?」
「経緯はわからないが、ゲイルさんの方も王室から一定の信頼を得ている。となれば、アレス君と組ませて戦わせた方がいいという判断だ」
「なるほど」
納得したらしい。俺は一度部屋にいる人物達を見回した後、部屋の中央にあるテーブルへ。椅子は用意されておらず、立ったまま話をする形だ。
「そういえば、自己紹介をしていなかったな」
ふいに男性騎士が声を上げる。
「私の名はエッド=シザール。聖女フィーナの護衛隊長であり、また同時にエルーシア王国の騎士団副団長だ。よろしく頼む」
副団長、と聞いて俺は自然と背筋が伸びた。そして「よろしくお願いします」と返答した後、彼は話し出す。
「さて、今回集まったのは次の戦い……いよいよ魔王城へ向かう前にある最大の障害、ルダー砦攻略について話をしておきたいためだ」
ルダー砦……魔王が本拠にしている山脈地帯。その入口は渓谷となっているのだが、その渓谷への道を塞ぐようにして、砦が存在している。岩壁を背にして建てられたそれはまさしく難攻不落であり、幾度となく行ったエルーシア王国の攻撃を全て退けている。
ただ、これは『炎の魔人』と『刃の魔人』という二つの脅威があったことも関係している。砦を攻略しようとすれば、山脈の麓を根城にしている二体の魔人が魔物を寄越してくる。エルーシア王国軍は援軍と戦う必要にも迫られ、結果的に攻略できなかった。
しかし今回は、その援軍に気を遣う必要はない――
「現在ルダー砦にいる魔族の名はクバス。加えて魔人……『雷の魔人』が側近として控えている。仮に魔人の強さがこれまで倒した二体と同じだとすれば、厳しい戦いが予想される。なおかつ魔族もまた、魔人と同様の強さを持っているだろう」
「なあ、一つ質問があるんだが」
ここでゲイルが小さく手を上げた。
「エルーシア王国と魔王……この戦いの歴史は長い。それこそ、国側は魔族の名や魔人の能力については、詳細に分析していたはずだ」
「そうだな」
「しかし、結果として魔人との戦いについては……人間側を圧倒するほどに力を持っていた。これは見立てが甘かったのか? それとも、エルーシア王国にとって予想外の事態なのか?」
鋭い質問だった。俺はゲイルと騎士エッドの顔を見比べる……そして、
「……聖女フィーナと手を組み『炎の魔人』討伐に赴いたのは、異変を感じたためだ」
そう騎士エッドは語り始めた。
「魔族の調査をしていた折、危険な兆候だという報告が入った。そこで王室は先手を打つべく聖女フィーナを呼び寄せ、討伐すべく動いた」
「だが結果、危なかったと」
「私達、国の調査が甘かったなどということは決してない。何かあって……魔王が何かを行い、急速に魔人が強くなった」
「そういえば『刃の魔人』は、魔王から力をもらったと語っていた」
俺は魔人との会話を思い出し、告げる。
「それがつい最近のことだとしたら、つじつまは合う」
「私達もそういう見解だ。何かが起きている……しかしだからこそ、犠牲者もなく魔人二体を討伐できたあなたの力を借りたい……英雄アレス」
英雄、と言われ俺はくすぐったい気持ちになったが、それをどうにか押し殺し答える。
「まだまだ解明できていない不思議な力ですけど、魔王を倒すことに使うと約束します」
「ありがとう……それで、だ。当然ながらアレス君は聖女フィーナと共に戦ってもらう。エルーシア王国としては君と聖女フィーナを支援し、さらなる騎士団を派遣する手はずを整えていたんだが……それを遮り、動き出す人物がいた」
なんだか怪しい話になってきたな……。
「その人物は……スベン王子と、側近であるエザ=マディア率いる私設騎士団だ」
「面倒だな」
頭をかきながらゲイルが言う。
「元々、別な騎士団が出ようとしていたのか?」
「ああ。スベン王子ではなく、別の方が率いる騎士団が……しかしスベン王子が立ったことで、そちらはご破算となった」
「両方来るって選択はない?」
俺が質問すると騎士エッドは肩をすくめた。
「スベン王子と私設騎士団はかなり癖が強くてね。元々準備をしていた側は、身を引いた。下手ににらまれると面倒ごとになるから」
「ずいぶんと遠慮した言い方だな」
腕を組み、口の端に笑みを見せながらゲイルは言う。
「はっきり言えばいいんじゃないか? とにかく攻撃的で、場合によっては味方さえも巻き込む無茶苦茶な騎士団だって」
そのコメントに、騎士エッドは声もなく苦笑する。
……俺も、名前くらいは知っていた。スベン王子……王位継承権第二位であり、体格にも恵まれ武芸において王族で右に出る者はいないという実力者。そうした力と家柄から様々な人材を私的に登用し、独自に騎士団を作った。魔物討伐などの実績を作り、いずれ自分が王に……という目論見なのだと国内では噂されている。
王子の側近であるエザという人物だが、こちらは元勇者であり、功績から王子に騎士団の団長にと任命された人物だ。俺は直接会ったことはないが、実力はあるし勇者として功績も十分だが、その能力によって高圧的な態度をとるとかで、結構敵が多い。
さらに酒癖が悪いし、自分が中心でなければ気が済まない性質で喧嘩が絶えなかったらしく、もめ事が多く勇者時代に出禁になった酒場は数知れず。正直、人気的な面でもあまり高くない……騎士として活動する現在もその評価は改まっていない雰囲気だ。
「……ともあれ、此度の戦いは聖女フィーナとスベン王子が主役になるだろう」
やがて騎士エッドは俺達へ告げる。
「場合によっては、味方同士でいざこざが起きる可能性がある」
さらに、重い言葉を口にした。
「そして王室側としては、次の戦いを重要視している」
「どういうこと?」
フィーナが首を傾げ問うと、騎士エッドは言葉を選ぶように、
「スベン王子の部隊は色々と問題があるとはいえ、その実力は国内屈指だ。実はスベン王子と、別に部隊を率いようとした方の主張、どちらの策をとるか国王含め重臣は悩んでいる。魔王城へ攻撃を仕掛ける場合、どちらの策を採用するか……それは今回の戦いに掛かっている、ということだ――」




