英雄の誕生
敵の目論見は、町の人を利用して俺の動きを制限しようとしている。突然現れた『刃の魔人』に対して、人々は恐れおののいて逃げ惑っている。中には凶悪な存在に腰を抜かす人まで……この混乱は、すぐに収まりそうにない。
そんな周辺の状況とは裏腹に、俺の頭の中は冷え切り、また同時に沸々と怒りが生まれていた。どんな方法を用いても望むように戦う……これが魔人であり、魔王の配下だということは理解できる。だが、それでもなお……こんな卑怯な手を用いる目の前の存在に、怒りしかなかった。
『どうした?』
魔人は問い掛けてくるが、俺は無言で魔力を高める。
何をすればいいのかは完璧に理解できていた。これまで見てきた悪魔の動きと技法、それを頭の中でかみ砕き、自分が持つ技術や魔力に落とし込み、全てを統合して……次の一撃で、決める。
『まあいい、では……始めようか』
そんなことを言っているが、目線でわかる。俺を狙うと見せかけて近くでへたり込んでいる町の人へ攻撃する。だから俺は……相手が動き出すよりも先に、足を踏み出した。
ドンッ! と一つ音がした。それが地を蹴った俺の発したものだと気付いたのは、眼前に『刃の魔人』を捉えた時だった。
『何っ!?』
俺の動きに対し魔人は驚愕。回避しようとしたみたいだが、刹那――
「はああっ!」
声と共に振り下ろした斬撃は魔人の左肩へ入り……斜めに一閃。見事体を両断した――
『フ……フハハハハハハ!』
地面に倒れ伏した魔人の哄笑が響き渡る。体を両断されたというのに、その声はこれまでと変わらないものだった。
「……まさか、その状態でまだ戦えるなんて言うんじゃないだろうな」
『さすがにそれは無理だな……そう経たずして消えゆくが……まさか、最後の最後でこのような結末を迎えるとは、思いもしなかった』
その言葉は、憎たらしいくらい晴れ晴れとしている。
『よもや、自らの技術すらも利用されて……とはいえ、我が命は強者を求めていた。この結末は最初から定められたもの。故に、後悔などない』
「……言いたいことはそれだけか?」
『貴様は、あの御方へ挑むことになるだろう。しかし……あの御方は我が力など見向きもしないほど強い。果たして、その力でも倒せるのか――』
魔人が消える。残されたのは俺と、犠牲者ゼロの町並み。
救うことができた……息を大きく吐き、剣を鞘に収めた時、俺に駆け寄ってくる存在が。
「大丈夫かー?」
どこかのんきな口調のゲイルだった。
「ゲイルさん、そっちは――」
「騎士も勇者も無事だよ。並走しながら斬り合っていたし、間に合うかとハラハラしたんだが、まさか倒しきるとは」
彼の言葉と同時、多数の騎士や兵士が町の中へ入り込んできた。混乱した事態の収拾を図るのと、他に敵がいないかの確認をするためだろう。
その中で、俺は……ふと自然を転じれば、フィーナと従者である騎士パトリが近づいてきた。
「……怪我は?」
彼女の問いに俺は首を左右に振った。
「攻撃も食らっていない。ごめん、心配かけたよな……」
「正直、単独で戦うのは危険だったけれど……やむなく、だったからね。でも、無事で良かった」
微笑を見せる彼女。それに俺はどう返答しようか迷い……やがて、歓声が聞こえてきた。
それは聖女であるフィーナを称える声……ではなく、どうやら俺に向けて放たれているようだった。
「……無茶苦茶な形ではあるが」
と、ゲイルが声を聞きながら俺へ言った。
「町の人々が認めたってことだ……新たな英雄の誕生、ってさ」
英雄――確かに、俺のやったことは『刃の魔人』を一撃で……とすれば、そんな風に言われるのはおかしくない。
ただ、魔人を倒せるだけの力を持っていることは、恐怖される可能性もある。場合によっては、力の大きさから疎まれて実害が……と、フィーナが俺へ近寄ってきた。どうしたのかと思っていると、
「絶対に、そんなことはさせないから」
「心を読むなよ……」
「読まなくても、顔に書いてあるよ」
そこでフィーナは俺から離れ、パトリへ指示を出した。
「私達は城へ。後のことは騎士に任せる、でいいよね?」
「はい」
従者が頷くと同時、馬を駆る騎士達が慌ただしく動き始めた。人々をとりまとめる兵士の声、英雄の誕生だと騒ぐ町の人、そして騎士と話を始める商人……魔人が出現したのとは異なる形での混沌。そうした中、俺はフィーナの案内に従って城へと向かう。
国側は俺のことをどうするのか……俺は多くの人の前で魔人を倒した。この噂は瞬く間に広がるだろう。それによる影響は――
「……大丈夫?」
フィーナが俺に問い掛けてくる。英雄、などと言われてプレッシャーを感じているのかという意図なのだと察し、
「正直、戸惑っているけど……俺の役目は変わらないよ」
魔王を倒すために国に力を貸す。そして、フィーナを守る……その思いだけは決して変わらない。
俺のその気持ちを理解したかはわからない。でも、戦うという意思はしっかりと伝わったようで、フィーナは再度笑みを見せる。
「これからよろしく、アレス」
「ああ」
返答と共に、町の大通りを歩む……こうして、俺の新たな冒険者人生が始まった。
魔人を打倒した俺の情報は、予想通り町から町へ駆け巡った。名も当然広まり、ゲイルの話によると俺のことを元々知っていた人は、目を丸くして驚いたらしい。
「どういう理屈で強くなったのか、全員が首を傾げていたぞ」
そんなことをゲイルが言う。ただそれは俺も同意で、
「もし遭遇したらどう説明すればいいんだろうな……?」
「本人もよくわかっていない力だからな。ま、適当に言えばいいんじゃないか?」
そんな風に言いながら、彼は水を一口飲んだ。
――俺とゲイルは今、ゼルシアの町に存在する城に滞在し、食堂で朝食をとっていた。魔人との戦いから数日経過し、その間俺はこの城から一歩も出ていない。
対するゲイルは情報収集とばかりに率先して城外に出て、色々と動いていた。主な目的は俺の存在をどう評価しているか。現時点では、町の人も冒険者達も好意的に感じているらしい。
「ちなみに『炎の魔人』を倒した……というか、聖女様と共に倒したっていうのも噂で広まっているぞ」
「……誰が喋ったんだ?」
「わからん。あ、俺じゃないからな。ここについてはたぶん、事実を知る王室側が意図的に情報を流したんだろ。次の戦いでも聖女様と組ませたいと」
なるほど……俺はここで、ゲイルへ質問する。
「確認だけど、ゲイルさん。俺がフィーナと幼馴染みってところは……」
「少なくとも情報を漁っても出てこないな。でもまあ、時間の問題だろ」
「そこが知られたら厄介かもしれないけど……」
「そうか? ま、他ならぬ聖女様自身が動いているし、なおかつ王室側もかなり好意的に見ている。問題はないだろ」
「王室としては、俺の能力は不気味だろうけど……」
「あんまりそういう話は出てこないな」
「本当か?」
「たぶん聖女様も同じ事を言うと思うけど、考えすぎじゃないか?」
そうだろうか……? ただまあ、不安がっていても始まらないのは確かかな。
「ちなみに俺は城内から出ていないけど……大丈夫そうか?」
「あー、魔人を倒した目撃者は多いし、町に出たら出たで騒がれるかもしれないな」
マジか……受け答えとかできなさそうだし、とりあえず今は城の中に留まっていようか。
そんなことを考えていた時、俺達の席に近づいてくる人が。そちらに目を向けると、見覚えのある人物だった。




