強襲
半ば無視されている状況に対し、俺は内心で安堵していた。変に説明を求められたら、面倒ごとになりかねないと考えたためだ。
いくら魔人を打倒できる力を得ていても、俺には功績がなさすぎる。もし他者に認められるようになるためには、多少なりとも時間が必要だ。今の段階で前に出るべきではない。現状ではフィーナにも迷惑が掛かるだろうし、ここは尋ねられる前に先に町へ入るべきか。
「……遠路はるばる、お越し頂きありがとうございます」
騎士アジェンの言葉に対し、フィーナは定型のような返答を行った。
「アジェン様のお力は、間違いなく『刃の魔人』を打ち破るために必要なものとなるでしょう……明日、改めて作戦会議を開きます。お待ち頂いたところ申し訳ありませんが、ひとまず今日のところは――」
「相変わらず迷惑千万だな、お前は」
ふいに、アジェン一行の後方から声がした。見れば、騎士が多数いることから近づいてくる一行が。
「聖女フィーナ、こいつは基本自分のことしか考えていない奴だから、構わなくていいぞ」
俺にとっても見覚えのある人物……勇者オルトだった。彼の後方には以前俺に突っかかってきた戦士の姿もある。
「……ほう、魔人を目の前にして逃亡した勇者が何かのたまっているな」
そして火に油を注ぐようにアジェンは言う……結果、一瞬で空気が悪くなった。
二人はどうやら知り合いらしいけど……オルトは俺を見て何か言うかもと思ったが、どうやら彼やその仲間も俺やゲイルのことは無視するらしい。
その中で当のフィーナについては……騎士と勇者に視線を送っている。自分が仲裁に入るべきか、それとも見守るべきか悩んでいる感じだろうか。
「……なんというか、取り入ろうとする人間が多いって話だな」
ふいに、ゲイルが俺へと小声で告げた。
「聖女様に近づいてさらなる名誉を得ようとしているのか、それとも他に何か理由があるのか……」
そこから先は語らなかったが、何を言いたいのかはわかる。
「……君は、どう考える?」
「俺? そうだな……会話をした感じ、フィーナは比較的自由に行動している、聖女であるから何かに縛られているわけでもないし、地位を得て雁字搦めになっているわけじゃない。どうするかはフィーナ自身で自由に選択するだろ」
「信頼しているな」
「別にそういうわけじゃないけど……まあ、フィーナに迷惑が掛かるようなら、俺も何かアクションを起こしたいところだけど」
それがフィーナを守ることに繋がるなら……と、ここでパトリが俺達を一瞥した。視線でなんとなく、先に町へ戻っていて欲しいと訴えている様子だった。
「先に帰れってことみたいだな」
ゲイルも同じように汲み取った……そこでフィーナを見る。相変わらず無言で口を開くタイミングを窺っている。ただ表情に困惑とかはない。たぶんだけど、慣れているんだろう。
なら、俺は出るべきじゃないな……ということで、
「行こう」
「ん、了解」
ゲイルが返事をした直後、俺達は歩き出そうとする。なんだか口論になりそうなアジェンとオルト達の横をすり抜けようとして……あることに気づく。
町へ向かおうとする冒険者が、俺達の横を通り過ぎようとしていた。そこで俺は引っかかりを憶える――いや、それは冒険者の姿がおかしいというわけではない。
何か、違和感がある……それが何なのか理解するよりも先に、冒険者が動いた。フィーナの横を通り過ぎようとした瞬間、その腕がブレた……刹那、瞬きをする時間で剣を抜き放ち、彼女へ向け振り抜いた。
何が――俺は半ば本能で動いた。その最中、フィーナもまた事態を察し剣を抜こうとしたようだったが、俺の方が早かった。
俺が放った剣がフィーナへ向けられた刃を……受ける。するとキィン、と一つ音がして相手の刃が弾け飛んだ。その段階に至り、騎士達も、勇者も、周囲にいた者達が状況を把握した様子。
「貴様……!?」
冒険者が何者かわからないまま、反射的にアジェンが剣を抜き相手へ振り下ろした。彼の剣閃も鋭く、その動きには隙がない。
さらに勇者オルトやその仲間もまた続く……が、彼らの攻撃全てを、冒険者は驚くほど俊敏に後退し、避けきった。
「……見切る人間がいるか」
冒険者は一つ呟くと、この場にいる人間を一瞥した。
「どうやら、少しは楽しめそうだ」
舌なめずりさえしそうな雰囲気で、冒険者は言う……いや、もはや冒険者などという表現は必要ない。理由は……身の内側にあるどす黒い気配を、隠そうともしなくなったためだ。
「魔王の配下か」
騎士アジェンと取り巻きの騎士が前に出る。さらに勇者オルトとその仲間も……フィーナはその後方にいて、俺やゲイルもまた同様だった。
「まさか人間に化けて聖女フィーナへ仕掛けるとは……」
「あのタイミングでは、援護が入らずとも防がれていたな。聖女……肩書きとは裏腹に、剣術についても極まっているようだ……これは相手をするのが楽しみだ」
その言葉の瞬間、冒険者風の格好をしていた姿が一変した。突如その肉体が膨張するとと同時に、漆黒の体躯が姿を現す。途端に俺達の上背を超える背丈となり、さらに鎧を身につけその手には、身長に合った長剣が握られている。
なおかつ頭部には角が二本生え、顔には目しか存在していない……いや、口や鼻がないというより、目から下を仮面か何かで覆っているような感じだった。
その姿を見て、誰もが悪魔を想起させる……ただ、それだけではない。鎧と剣、その二つで目前の存在が何者なのか、理解できてしまった。
『自己紹介は必要か?』
くぐもった声が聞こえる。それに応じたのは――フィーナだった。
「あなたは『刃の魔人』ですね」
『人にはそう呼ばれているのだったか。ああ、その通りだ』
そう――これまでの人生において遭遇したことなど一度もないが、感じられる魔力がはっきりと告げている。間違いない、突如出現した敵……それが本来、次に攻略するダンジョンの主である『刃の魔人』であった。
「なぜ、こんなところにいる?」
もっともな疑問が勇者オルトの口から出た。すると、
『敵情視察だ』
あまりにも簡潔な答えがもたらされた。
『同胞が敗れたのだ。それが聖女の手によるものだというのであれば、どれほどの実力なのか確認するのが必然だろう? まあ、それを我自身の手で、というのは意外かもしれないが――』
魔人の瞳がわずかに歪んだ。もしかしたら、笑っているのかもしれない。
『――あの炎を破ったその技、是非とも見たいと思ったからこそ、はせ参じたというわけだ』
……俺も、噂レベルだが『刃の魔人』のことは知っている。こいつはそもそも、魔王から生まれた存在ではない。元は人間……人の身より魔王の配下へ墜ちた存在だ。
なおかつその異名も厄介だ。魔王の兵器にして、戦闘狂……そもそもこいつが魔人になったのは、強者を求めてだ。未来永劫、強き者と戦い続けたいという願いにより、魔王の軍門に降った。
『さて、ここにはなかなか面白い人間がいる。無論、人間のことは調べ上げている……勇者オルトに、騎士アジェン』
期待するような雰囲気を発し、魔人は名を告げる。
『先ほどこちらの剣を防いだ剣士の素性はわからないが……我が欲を満足させる相手がいるのかどうか、まずは試してやろうではないか』




