黄金の騎士
その後、俺は村に魔物の討伐完了を報告して、町へ戻ることとなった。行きと比べて雰囲気はとても良く、俺はフィーナと肩を並べ、色々と話をした。
「フィーナは立場上、騎士なのか? 普段は鎧を着ているけど」
「騎士団には所属していないよ。王族から庇護を受けている人間ってところかな」
「……役職とかは持っていない?」
「私は首を振ったの。人の指揮とかできるわけないって。だから、立場としては勇者とかに近いかな」
「なるほど、な」
聖女という存在がどのように扱われるのか……王族から認められた存在ではあるため、待遇は良いだろう。でも、権力などは所持していない。
政治なんてものがまるでわからない俺からしても、懸命な判断だと思う……と、ここでフィーナは俺に話を向けてきた。
「アレス、明日からどうするの?」
「特に予定はないけど……十日後の戦いに俺も参戦するのなら、その間は能力の検証を続けるんじゃないかな」
「そっか……提案なんだけど、明日以降一緒に訓練をしない?」
「……場所は?」
「ゼルシア城の中で」
大丈夫かなあ、と心の中で呟く。フィーナの周りには、きっと聖女として存在する以上近寄ってくる人間が多数いるはずだ。その中で突然、幼馴染みという間柄で俺が接近すればどうなるか。
国の上層部には俺の能力を話してはいるけれど、逆に言えば事情を知らない人間だって多いわけで……と、返答に迷っていると何を考えているのかフィーナは察したようで、
「別に、アレスがいたからといって何も変わらないと思うよ」
「だといいんだけど……俺としては、フィーナの迷惑にならないかと考えたんだ」
「迷惑? どうして?」
「だって、俺が突然城にお邪魔して、何で俺を招いたのか……それが非難であれば、矛先がフィーナへ向けられる可能性だってあるし」
「大丈夫。そんなことは絶対ない」
「仮にあったとしても、問題にはならないでしょう」
と、フィーナに続きパトリが声を上げた。
「アレス様に対して、国側は好意的ですから」
「そっか……なら、そうしようかな」
ゲイルはどうするんだろう、と思っていると彼は俺へ笑みを浮かべ、
「ついていくぞ」
「できるのか……?」
「魔人と戦うためのメンバーに組み込まれたくらいは、国と仕事もしているからな」
なるほど、そのコネで入ると……彼の素性についても気になったが、話の本筋からは外れるので、やめておこう。そのうち、機会があれば話のネタにでもしよう。
「それじゃあ、明日からは……あ、宿とかはどうすれば?」
「招待する形にするから、城の中で過ごしてもらえればいいよ」
なんだかトントン拍子に話が進んでいくか……国としては貴重な戦力ということで抱えたいのかもしれないけど。
「あー、そうだ。聖女様、ちょっと尋ねたいことがあるんだが。先のダンジョン攻略について、疑問が――」
ふいにゲイルが口を開くと、彼女は頷き彼の隣へ。二人が並び歩くこととなり、その後方を俺とパトリが進む。
綺麗な姿勢で歩む彼女に対し、俺から話しかけることは……何を言えばいいのかわからないし、沈黙が生じていたのだが、
「……アレス様、ありがとうございます」
唐突に礼を言われた。何事か首を向けると、微笑を浮かべる騎士の姿があった。
「これまで、聖女としての役目を果たしてきた……しかし、此度の戦いは苦難に満ちたものになる。魔人との戦い……非常に危険なものでした。あのまま戦っていれば、フィーナ様はもしかすると――」
「俺はただ、偶然力を得て、フィーナを守りたい一心で戦っただけだ」
俺は騎士パトリにそう答えると、頭をかいた。
「だから正直、たいしたことはしてないよ……それにさ、俺がこの力を得たのは、フィーナを守るため女神様が遣わしたのかもしれない」
「そう……でしょうか」
「あのタイミングで、突然力を……ってことだから、そんな気もする」
もしかするとフィーナを守ろうとしたなら、俺以外の誰かがこの力を得ていたかもしれない……俺に宿って良かったのか不明だけど、少なくとも彼女を守り、戦うことで報いようとは考えている。
「アレス様のお考え、わかりました」
そしてパトリは俺へそう告げた。
「フィーナ様をよろしくお願いします」
「うん、こちらこそよろしく」
彼女を守るため……騎士パトリと俺は、意思を一つにしたのだった。
ゼルシアへ戻る途中は和やかな空気で進んだ。俺は明日から忙しくなるな、と思っているとゼルシアの城壁が見えてきた。
「帰ってきたな。とりあえず城に招かれるなら、宿を引き払わないと」
町に入った後の算段を立てていると……前を歩いていたゲイルが何事か呟いた。
「……ん? あ、聖女様。城門前に騎士団がいるんだが」
「の、ようですね」
応じたのはパトリ。しかもフィーナの前に立って、なんだか警戒している。
「見覚えがありますね。フィーナ様、いかがしましょうか?」
「たぶん、私が町を出たことを知って待っていたんだよね」
「おそらくは」
「どういう一団だ?」
俺の疑問に対しパトリはやや間を置き、
「端的に言えば、次の戦い……つまり『刃の魔人』との戦いで戦列に加わる騎士団です」
説明の間に、全容が見えてくる。騎士団……城門付近にいる者達で全員かは不明だが、結構な人数が門の前にたむろしている。で、その主役とも言うべき人物は明瞭にわかった。なぜかというと、白銀の鎧の中で一人、黄金の鎧を着る人物がいるためだ。
「聖女様に挨拶を、ってわけか。それにしたって物々しいが」
どこか呆れたように呟くゲイル。俺も同意見だが……相手が聖女である以上、相応の態度をとる必要があるとか思ったのかもしれない。
「城にはせ参じ留守だったので、帰るのを待っていたということでしょう。さすがにあの方々にはフィーナ様の魔法も通用しないでしょう。いかがしますか?」
「一度、話をしておくべきだと思うけど……」
そうフィーナが応じた直後だった。突如、何事かに気づいた黄金の騎士が、ゆっくりとした足取りで俺達へ近づいてくる。
「……気づいたようですね」
「この距離から魔法を使ってもなお察するというのは、結構な実力者だな」
ゲイルが言う。確かにとパトリは頷いたが、
「私とフィーナ様で対応しますので、後ろに」
「俺達の説明はどうする? さすがに親交を深めていたじゃあ、向こうも混乱するだろ」
「フィーナ様が司令部から指示を受け町周辺を調査……それに同行した調査員の冒険者、ということに」
パトリがそう応じた時、いよいよ黄金の騎士がやってきた。フィーナもここで魔法を解除。そして、
「お初にお目に掛かります、聖女フィーナ」
騎士が挨拶をした。うやうやしく一礼するその所作は、優雅かつ華麗。
顔つきも精悍でありながら、驚くほど整っている。風に流れる金髪は絵に描いたように美しく、容姿については文句の付け所が一切ない。
正直、黄金の鎧なんて下手すれば悪趣味になりそうなのだが、彼のような人物が着るとむしろ嫌み一つなく似合っている……少なくとも最初の印象は、パーフェクトだ。
「魔人討伐に向け、加勢に参りました。アジェン=フォルバーと申します」
その名前は、聞き覚えがある。確か魔物を始め魔に関わる存在を打ち破るために、代々退魔の能力を研究する一族だ。その功績により国と大きく関わることを許され、数代前に王族と縁を結ぶことができた。結果、目の前のアジェンは王家の血を継いでいる人物だ。
継承権はそこまで高いわけではないはずだが、王族と交わったことでこのエルーシア王国において多大な権力を有する家柄なのは間違いない。
それは彼が率いる騎士団を見てもわかる……私兵であるのに関わらず、配下の装備はゼルシアで常日頃魔物の警戒に当たる騎士と比べても強力な装備だった。
「城を訪ねたところ、不在とのことでしたから、配下の一部と共に、ご帰還を待っていました」
柔和な笑み。非常に爽やかで、不快感がまったくない……アジェンの目にはどうやら俺やゲイルの存在は映っていないか、視界に入っても無視しているようで、視線は完璧にフィーナとパトリへ向けられていた。




