2001年9月15日「ちょっとずつ光が見えて」
海外に来たら、日本人なんて二種類しかありません。
英語をしゃべれる人と、英語をしゃべれない人。
しゃべれるって言っても、とっさのときに中学生レベルの日常会話が出るかどうかでなんとかなるもんだなぁ、って思いました。
私は……言いたい事、なんとなく伝えられるようにはなりましたが、相手の言ってることがまだまだ分かりません。
いえ、伝えることも……
昨日、博物館から帰るとき、タクシーをお願いしたのです。
係員さんに、ぷりーず たくしー、って。
そしたら……ペプシが出てきました。
タクシーとペプシ。
断る事もできず、にっこり笑って「さんきゅー」って受け取ったんですが。
私の発音、そんな悪かったかなぁーとちょっと落ち込み。
今日も、買い物に言って、ミルクを探してました。
店員さんに聞いてみたんです。ふえあー いず みるく? って。
そしたら、鏡売り場に案内されました。
……ミラーとミルク……
しくしく。私、ぜんぜんまだまだです。
今日朝、空港に様子を見に行ってみました。
空港、とっても混んでます。
大丈夫かなぁ。やっぱりまた不安になります。
空港からホテルはそんなに遠くないということなので、歩いて帰ってみることにしました。最近ずっとしっかり歩いてません。いつも、移動はタクシー。私、旅行に行ったら徹底的に歩く人なのにこれじゃいけないと思って。
カナダの空は、広ーいです。
日本より、ぜんぜん。四方をぐるっと見回すと、地平線がみえちゃうくらい。
すぐそばに、遮るものが何もない。だから、広く広く空だけを見ることができます。
それに、ずうっと好い天気でした。青い青い空。
空が見えていると、気持ちも晴れて、なんだか元気になってきます。
意味もなく楽しくなって、るらるらー、と車の全然走らない道路を歩き続けてホテルに帰りました。
今日は、なんと現地のボランティアの方々が、私達をピクニックに連れていってくださるそうです。せっかくの観光がこんなことになってしまった私たちを気の毒に思って、って。
ギムリってとこに行きました。ウィニペグのあるマニトバ州は、ものすごく湖が多くて。地図で見てもすぐ分かる、おーっきな湖のほとりです。
車で、1時間ちょっと。
おーっっきな、湖です。
海みたい。でも、波が立ってなくて静かです。
おだやかです。
ぽやーっと立ち尽くしていました。
うみねこ(鳥の方)が、いっぱいいます。あと何故かてんとう虫がやたらといます。
お弁当、広げてくださいました。
なんと、日本米でにぎったおにぎりと、奈良漬け! うわー、おいしっ。昨日のお寿司より全然おいしー。
外にも、魚をすり潰して手作りした、かまぼこみたいないそべ焼きみたいなのとか。
ホテルにこもってる人の中でも、まだ会ったことのない人もいらっしゃってます。
みなさん、おにぎりおいしそうに食べてます。
見てるだけでおいしい気持ちになってきます。
若い人(男性)は、結構無茶な人も多いです。アメリカ入って、なんとしてでもニューヨークに行く、とか。
逆に女性では、まいっちゃってて3日ほとんど何も食べられないとか、眠ってないって人もいたり。
それでもこんな、奇麗な湖が見えて。
こんな親切な方々にお会いできて。
それは、良かったなぁって思います。
ただやっぱり、不安が頭から離れなくて十分に楽しむことができません。
今日も行くとき、朝、飛行機が出なくて、予約してた人が非工場から戻ってきてチェックアウトしなおしていたってお話を聞きました。
ああ、不安はずっとついてまわります。
またいつか、不安なく、ゆっくり観光でこの湖を見てみたいなぁーって、思いました。
ここには、いっぱい動物がいるそうです。りす、アライグマ、ビーバー、くまも。
カナダだなぁー。
そして、帰ってから。
飛行機はおおむね飛んでいる。日本からの情報だと、空港はかなり正常に近付いているって聞いてほっと一安心。
今日も、夕食を食べに連れていっていただくことになりました。
今日も、豪華日本料理。
鉄板でステーキなんか焼いてるとこなんです。火をぼおっとつけたり、パフォーマンスしちゃってるじゃないですか(汗)。
うあああ、私、なんだかおごっていただいてばっかの形になってすごーく申し訳ないですっ。
でも、なんだか高そうなとこばかり連れて行ってくださいますしそしたらなんだか手が出ないものですし……
おごっていただくのって、気詰まりだし申し訳ないなーって思うし、そんなに好きじゃないんです。
でも、一緒に帰る方々だから、なるべくいつも一緒にいた方が情報も分かるしいいかなって思ってお供させていただいてました。
そして結局……アメリカに行くより、おいしくって豪華な夕食ばかり、いただいちゃっていたのでした……
明日は、多分飛行機が動くだろうって希望が皆を明るくさせます。
帰れるといいな。明日、飛行機…飛ぶといいなぁ。
当時のレポートはここで途切れています。
無事に帰ることができたら気が抜けて途端に書かなくなってしまったようです。
なので20年ぶりに続きを書いてみました。
以後は、当時のことを思い出して書いた部分です。




