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6÷2(1+2)

作者: 凪沢渋次

6÷2(1+2)


この式の解は二つある。

ある人は「1」だと答え、別の人は「9」だと答える。

そして、どちらの人も、もう一つの答えがあるなんて、夢にも思わない。

それどころか、自分の答えこそ絶対だと、相手の言い分を全力で否定するのだ。


Side-A


「どうしてこんなに残業してるの?」


バカ上司がPC画面から目を離さずに、落胆と侮蔑をかけ合せたような声だけをこちらに投げてくる。


業績の悪化の影響から、全社的にノー残業を掲げていることはもちろんわかっている。

しかし、仕事が終わらないのだ。「途中で投げ出せばいいのに」とでも言うつもりなのか?


「みんな最大限の力でやってくれてます。決して、ダラダラやっていて、残業になったわけではありません。」


バカ上司と言うものは、いつだって“現場”を知らない。“現場”が今、どれほど大変な状態で、そこで我々がどれだけ必死に働いているのかが、少しも理解できていない。


「何にそんなに時間が掛かるの?」


ほら見たことか。やっぱり何もわかっていない。


コロナのせいで既存の商品流通がストップし、新たなサービスとしてネット販売をスタートさせることになった。それは会社の決めたことだった。

うちのチームにその仕事が振られたのが先月頭。業績回復のため「とにかく急げ」とのお達しだった。


「ネット販売用のWEBの立ち上げです。普段の業務にプラスして、WEB製作もやっているんですから、当然残業にもなるでしょ?」


空しさは怒りに変わり、思い切りバカ上司に投げ返してやったが、それにも気がついていないようだ。


「どうしてプロに頼まないの?」


出た。我々の仕事を根底から否定する言い分だ。

そもそも、経費がないから内製で、と言い出したのは会社の方だった。

それならばと思って、本来別の業務に当たってくれていた数人に、急遽WEBの製作に時間を使ってもらうことにした。

たまたま一人、前の会社でWEBデザインをやっていたことがある者がいたので、その彼を中心にチームを作り、すぐに簡易的な販売フォームを作ってもらった。

そこまでは、思ったよりも早くに出来たのだが、やはり、いざ本格的な販売のための運用をしようとすると、様々な問題が発生してきた。

その都度、手直しをし、検証をしたりと、結局、かなりの時間がその仕事に割かれることになった。

ある程度形になったところで、進捗を伝えようとバカ上司に投げたところ、その返事が3日経っても返ってこなかった。返事がないのならこの方向でいいのだろうと、オープンの準備に入っていたが、まさにオープン直前というタイミングで、会社からの「待った」がかかった。大きな修正の指示が出てきたのだ。しかもそれは、根本的なデザインの変更で、販売フォーム自体にはあまり関係のない部分の修正だった。


デザインだけの問題なら、今後徐々に変えていくので、とりあえず販売フォームだけでもオープンにしませんか?と、煮えくりかえるハラワタをぐっと抑えて申し出たが、その申し出は見事に一蹴された。会社の顔ともなるべく販売フォームのデザインをコロコロ変えるわけにはいかない、というのが主な理由だった。

確かにごもっともな意見ではある。しかし、では最初に言っていた、「とにかく急いで」の部分はどこへ行ったのか?

急がなくていいのだったら、こちらももっとじっくり考えて、何度も上司とすりあわせてから進めたかった。


不毛な数回のやり取りの結果、「とにかく急いで」は残したまま、デザインの変更が決行となり、そしてチームは、連日残業をすることになったわけだ。


「プロに任せた場合にいくら掛かるか、残業代でいくら掛かるか、ちゃんと計算した?」


プロに任せた方がいい、なんてアイディアは、当然ながらとっくに出ていた。しかし、そこは経費節減のためなら、出来ることは自分らでやろうという、とても前向きな、会社のことを考えての判断で、努力と工夫で必死にがんばってきたわけだ。それを「プロに頼めばよかった」と言われたら、まるでこちらがただ残業したかっただけだ、とでも思っているのだろうか?


「なるべく経費をかけないで、というのは最初に決まっていたことなので、プロに頼むと言う選択は外してました。」

「これだけ残業してたらね、結果、プロに頼むのと同じくらい、経費がかかってるわけじゃない。」


こいつには何を言ってもダメそうだ。


「例えばですけど、残業無しで、WEBが遅れに遅れて、その分売上が経たなかったとして、それは会社的にどうなんですか?」

「もちろん、今は売上アップが最大の課題ですよ。でも、10万円の売上を得るのに10万円かけてちゃしょうがないわけでしょ?売上確保と同じくらい経費のことも考えなきゃ。」


経費、経費、経費・・・そんなことはわかっているのだ。やるべきことをやっているだけなのになんでこんな子供扱いされないといけないのか。


「例えば、定時でみんながタイムカード切って、その後働いてたら、それはありなんですか?」

「まあ、そうしてくれてる人もいるけどね・・・。」


「してくれてる」。そうなのだ、つまり、今、このバカは確実に“サービス残業”を強要しようとしているのだ。こいつがと言うより、こいつより上にいる誰かに、そう指示されているわけだ。うちはいつからブラック企業になったのだろう。


「つまり、売上は上げたい、残業はしないでほしい、でもハイクオリティのWEBをなる早で作れと、その答えが全員に“サービス残業”をしろと言うことなんですね?」

「そんなことは言ってないよ!」


急にバカの声が大きくなった。サービス残業はNGワードのようだ。これからは頻繁にチラつかせてやろう。


「会社が無くなったらね、社員は収入手段を失うわけだよ。結局困るのは社員なの。経費のことばかり言うのもね、これは会社のためなんじゃなくて、社員みんなのためなんだよ。」


もっともらしく、トドメのように、バカはいつものセリフを吐いた。

「会社のタメではなく、社員のタメ」

もちろん100%ウソだとは思わない。そういう面もあるのだろう。しかし、“サービス残業”を強要している時点でどう考えても論理的矛盾がある。


これでまたやる気を失った。今日も帰りの電車で、もう一つ別の転職サイトに登録することにする。



Side-B


「みんな最大限の力でやってくれてます。決して、ダラダラやっていて、残業になったわけではありません。」


また無能社員が何か言っている。

誰も「ダラダラやっていた」とは思っていない。ダラダラやってて残業になるなんて、いったいどれだけダラダラしてたんだって話だ。

どういう理由であれ、残業はしないで欲しいのだ。


業績悪化で、今、会社のふところ事情は大変なことになっている。

そのことはもう何度も全社員に伝えている。それなのに、まだ自分事として理解していないようだ。

今、がんばった分の売上は、早くても翌月以降に入金される。しかし、今月の経費は今月出ていく。その狭間で銀行の預金が底をつけば、それはつまり倒産ということになる。


コロナになって、最初に業績が落ちた際に、緊急の融資として新たに2000万円の借り入れをした。それ以前からの足すと、会社には全部で5000万円近い負債がある。

まずは売上を元に戻すことだが、そんなに都合良く、急に売上が上がるはずもない。だからこそ、すぐにできる対策として経費の節減という目標が出てくるのだ。

そして、とりわけ簡単な対策として「残業をなくす」が上がっているのだ。


「普段の業務にプラスして、WEB製作もやっているんですから、当然残業にもなるでしょ?」


さも当たり前のように、無能社員は言ってくる。

無理をさせているのはもちろんわかっている。不慣れな作業で大変だったことも理解できる。

普段の業務にも時間がかかり、新たな仕事にも時間をかけていたら、それは残業になるのは当然なのだ。だから、再三にわたって、時間の使い方の見直しを問うてきた。普段の業務で業績が上がらないから、新しい仕事が必要なのであって、つまり、普段の業務にかける時間を減らして、新しいことをやる、と言う発想が出てきてしかるべきなのだ。

そしてさらに言えば、WEB製作に、これほどの時間がかかるとわかった段階で、別の方法を検討してほしかった。馬鹿の一つ覚えみたく、頑なに最初の方法に固執して、しかも、ある程度進むまで進捗も見えなかった。そうなるとこちらとしても判断のしようがない。

そして、ある程度進んでしまったものを出されても、もう、そこからは修正がしにくい状態になってしまう。「修正がしにくい」からそれでいいや、とはいかないわけで、やはり、会社の方針、カラーというものにはある程度従ってもらわないといけない。だから結局、大幅な修正が発生してしまう。もっと早い段階で進捗がわかっていれば、こんなに時間はかからなかったはずだ。

そして社員として理解しておかないといけないことは、どこまで行っても、会社とは“経営者”のものであって、社員の好き勝手をやらせるためのものではない。

そこを勘違いして、「社員のことを考えていない」とか「会社さえ良ければいい」というあげつらうのは、会社員として、いや社会人とても浅はかだ。


「どうしてプロに頼まないの?」


あくまでもいろいろな選択肢があったはずだ、という提言をしたまでだ。

それでもきっと、無能社員はこう言うのだろう、「それでいいなら最初からそう言ってくれよ」と。

「こっちは経費のことを考えて、自分らでやった方がいいと思ったからやったんだ」と。

それもそうなのかもしれない。

しかし、やはり、考えが足りていない。経費は、人が動けば必ず掛かる。いかにここを抑えるかがポイントなのだ。

もう、今までどおりの発想で考えていては、追いつかないほど、世の中の方は猛スピードで変化していっている。どんどん考え、どんどん変化していかないと、世の中のスピードに対応できなくなる。実際、それが今、目の前でも起っている。1ヶ月前の指示をそのまま愚直にやっていてはダメなのだ。それをいちいち指示待ちしていたらどんなにいいチャンスも逃げていってしまう。現場がフレキシブルに変化していかないと間に合わないのだ。


「つまり、売上は上げたい、残業はしないでほしい、でもハイクオリティのWEBをなる早で作れと、その答えが全員“サービス残業”をしろと言うことなんですね?」


無能社員は、すぐにこの言葉を使いたがる。“サービス残業”と言うキラーワードを出せば、こちらがビビり、すぐに主張を取り下げると思っている。


本当にわかっていないのだ。経費の中で、残業代はもちろん、人件費がどれだけのパーセンテージを占めているのか。サービス残業をしろと言ってるのではない、残業をするなと言っているのだ。どうしてそれがわからないのだろう。


「会社が無くなったらね、社員は収入手段を失うわけだよ。結局困るのは社員なの。経費のことばかり言うのもね、これは会社のためなんじゃなくて、社員みんなのためなんだよ。」


こんなこと、本当はもう言いたくもない。

みんなのためなのだ。社員50名を残らず養うためなのだ。

まずは残業を止める、その次は家賃を抑えるために会社の規模を縮小するしかなくなる。そしてそれでもダメなら、今度はリストラを強行しなくてはならない。そのときの対象は、申し訳ないが、やはり無能社員からになる。


会社の内情を把握し、それに見合った働き方をしてくれている社員は、規模を縮小しても引き続き働いてもらうことになる。それは“サービス残業”をしているから、ではなく、どれほど、会社のことを“我が事”として心配し、行動しているか、という尺度なのだ。


それがわからない者はおそらくどの会社にいても使い物にならないだろう。

転職サイトにでも登録して現実を見たらいい。

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