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「夢の世界へ突撃!」

 彼女の奇声に驚いた私が思わず振り向いてすぐ、鈍い音が浴室に響いた。思わず私は浴槽から身を出して彼女の様子を見る。すぐに視線を下に向けるとうつ伏せで倒れているのが見え、勢いよく立ち上がったことでお湯も飛び出たためか一通り拭いたはずの身体がわずかに濡れていた。


「ヴぁぁぁぁぁ"!ヴぃぃぃヴぅぅぅ?!」


 拙い発音で彼女へ呼びかけるが、一向に返事も反応も無い。私は浴槽から出て彼女の傍へ近づく。無事を確かめるためにしゃがみ込み浴槽にぶつけたであろう頭に触れようとして、視界に赤が入ってきて手を止めた。


 それは彼女の頭から漏れ出るように流れ出しており浴槽の床を赤色に染め上げる。恐る恐る息を吸えば石鹸の香りに混じって鉄の臭いが届けられる。


(ど、どうしよう。死んじゃうの?ゾンビだけど、頭壊れたら死んじゃう?)


 冷静さを失っても彼女の傷口を確認するため、私はうつ伏せになっている彼女の身体を仰向けにひっくり返した。浴槽の角にぶつけたであろうおでこにはぱっくりと傷口が開いており、そこから血が流れて──いた。


(ひえっ)


 思わず私は目の前の光景にたじろいだ。傷口や血の量に反応したわけではない。そんなものはひっくり返した時点で覚悟を決めていた。だが、目の前で傷口がみるみるとふさがっていく様はアニメや映画のCGのような現実味を帯びない光景だった。


 冷静に思い返せば、私は彼女に会ったときに首筋を引きちぎられていた。角度的に見るのは難しいので触れてみたところ、食われたはずの首筋はもとからそこにあったかのように元に戻っていた。


(すこし、残念かも。)


 特に深い意味は無いよ?いや、本音を言えば初めてを彼女に捧げた?あるいは彼女の初めての女になった?というのは特別な関係的になった感じがする。もしかしたら、彼女にとって唯一無二の存在であることもワンチャンあるかもしれない。そう思うと顔がニヤケそうになるが、硬くなった表情筋に現れることはなかった。

 その記念ともいえる傷が傷跡どころか歯形すらないまっさらな状態になってしまったことは残念のあまりにため息が出そうになる。


 私の願望の話はそこまでとして、この後をどうするかだ。


 彼女は依然として意識を失っているのか感情が伝わってこない。すでに傷口は完全に閉じており目と口が開いたまま天井と向かい合ったまま動かない。傍から見たら死体以外の何物にも見えないのだが、先ほど驚異的な再生力を見せつけられたところなのであまり不安は感じていない。


 むしろ、私以外に動くものが無くなって浴室は静かすぎて落ち着かない。手持ち無沙汰だ。嘘です。完全ノーガードな彼女を前にすると私の中の猛獣がクラウチングポーズをとっている。このままでは大変なことになる。さすがに気絶しているであろう相手に合意なしで襲い掛かるのは犯罪だ。そんなことをすれば彼女から嫌われる。それはすごくイヤだ。せめて、記念すべき初めては恋人同士になって同意取って両親の挨拶などの手順を踏んでからだ。あ、でも、指を口の中に入れるのはイタズラとしてギリセーフなのでは?


(落ち着ついて、私。彼女が起きるのを待つのがベターよ)


 改めて状況を振り返る。浴室で全裸の少女二人。片や意識を失っており、すぐそばにはもう一人がいる。うん、今までの私の所業を考えれば彼女に誤解される恐れがあるかな。全裸待機とかどう考えても言い訳できない。ネット上でたまに見かける文面だけど必要性を感じない。そんなことよりもお互いに服を着させて、甲斐性で好感度稼ぐチャンスだ。


 そうと決まれば彼女に着させる服を探すために浴室の外に足を運ぶ。その前にバスタオルを体に巻いておく。全裸で人の家を歩き回れるほど、恥知らずではない。彼女との家(同棲する関係)になれば話は別だが。


 幸い、彼女は一人暮らしだったようで寝巻らしきものが入ったタンスはすぐに見つかった。その中を物色しながら首が広く、簡単に彼女に着せられそうなものを選び浴室へと戻る。一応、私にも着ることが出来そうなものも探したが、いろいろとサイズが合いそうになかったので断念することにした。


 浴室に戻り彼女をお姫様抱っこする形で外へと運ぶ。多分、普通の抱っこのほうが楽なんだろうけど、無防備な彼女と密着した状態で理性と保つ自信が無い。仮称:ゾンビ化したことで筋力にすごく余裕ができたので、それほど苦にならずに運ぶことができた。


(問題はむしろここから)


 目の間の無防備な彼女に服を着させる。お風呂に入る前に彼女とは脱がせ合ったときも理性がガリガリと削れる音がしたが今回は着せるので安心、ではない。先ほどの浴室でもそうだが、彼女は恐ろしいほどの魅力を持っている。少なくとも、私の人生においてここまでの美少女はテレビの中でした目にしたことはない。顔が良すぎる。しかも、全くの無防備状態なので私の理性さんが保てるかがわからない。


 だが、私も日々成長している。脱がせ合った後の洗いっこも密着お風呂も無事に理性を保てたのだ。保てた?から今回の試練も耐えられる。希望的願望を胸に彼女を寝室のベッドへ運んだ。


 風呂で火照っていた身体は時間の経過で体温は下がったが、それでも初めて会ったときに比べて血色が良い気がする。もし、彼女が目を閉じて規則正しく呼吸をしていれば眠っているだけのように見えただろう。


(いざ──)


 ◆ ◆ ◆


 結論から言うと無事に彼女に服を着させることができた。私もバスタオルのままなのは心もとなかったので、たまたま文化祭の出し物のコスプレ喫茶で使っていた衣装を身に着ける。まさか、冗談でブルマ体操着をコスプレとして提案したら押し付けられるとは思わなんだ。むしろ私が見たかったのに。どこからか私のサイズぴったりなブルマ体操着を持ってきた男子一同は殴るべきだった。なお、下着はつけていない。着けていたのはあれ(アンモニア臭がする)だし、予備なんてあるわけがない。潔く諦める。


 無事に私たちの着替えが終わったところでどうするべきか。ベッドにいる彼女は依然として起きる気配が無い。何とかして時間をつぶしたいけど、ここはメイビー異世界。超便利な文明の利器の代名詞たるスマホが使えない(圏外)ことは彼女に噛まれる前に確認済み。


 それはそうと、彼女の寝顔(開眼状態)は撮っておこう。その内、充電が尽きてしまうだろうが、魔法っぽいのがあるから充電できることがあるかもしれない。体感的にさっきまで日常生活を送っていた私が異世界にやってきたのだ。何事も備えあれば憂いなし、あるいは塞翁が馬だ。充電できたところで、できるのは暇つぶしなぐらいだが。


 寝顔撮影を終えたあと、ベッドで気持ちよく眠っている彼女の瞼を閉じてふと思った。仮称:ゾンビになってから疲れが感じなくなってしまったが眠ることはできるのだろうか。

 睡眠をとる必要性は感じないが、暇つぶしの手段としてはこの上ない。何せ、体感時間的に一瞬に近い時間で数時間はつぶすことが出来るのだから。


(そうと決まればベッドに突撃!大丈夫、これは検証だから!ベッドも一つしかないから一緒に寝るのはしょうがないよね!!)


 私は取り繕うのやめた。一緒にベッドでイチャコラしたいだけだ。手を出さなければ問題ない。というわけでそのままベッドイン!幸いにも一人用ベッドなので非常に狭く私は彼女と密着しなければならない。 勝ったな。


 彼女を包み込むように抱きしめ、同じ布団の中へ潜る。風呂に入っていたときはぬくぬくだった身体は湯冷めして体温を失っているが、それでもただ待つよりも大きな充足感を感じる。


 やはり、未知の場所で一人ぼっちになるのはとても心細い。仮称:ゾンビになってから彼女が起きている間は気にならなかったが、彼女が意識を失ってからそれが顕著になった。右も左もわからない私にちゃんと向き合ってくれていたのを先の静寂で嫌というほど味わった。もしかしたら、この家の外には他に人がいるかもしれない。けれど私は彼女と傍に居たい。


 まぶたを閉じた彼女がいつ目覚めるのかわからない。もしかするといつまでたっても目覚めないかもしれない。だけど、なぜか不安は感じなかった。理由はわからない。彼女の感情を感じるようになったのと同じように無事を感じているのだろうか。こう、ファンタジー的な力で。


(あと、何となくだけど呼ばれている気がする)


 うまく言えない感覚的な話だけど、黒い空間で意識を失う直前に感じたそれを信じて私はより強く彼女を抱きしめ目を閉じる。思ったよりも寝つきが良かったのか、意識が遠のく感覚と浮遊感を味わいながら、多分だけど夢の世界へと私は落ちた。


 ◆ ◆ ◆


 次に意識が戻ると私は見覚えのある光景が映っていた。アスファルトの地面、並び立つビル、登下校の途中なのか私と同じ学校の制服を身にまとう女子生徒。黒い穴のような何かに落ちた時の橋の上に私は立っていた。一瞬、元の世界に戻ってきたのかと錯覚したが、すぐに夢の中だと気が付いた。


 目の前に歩く女子生徒の中にはすでに卒業した人や別の学校の子が混じっている。これは自慢なのだが、私が一度覚えた女の子の顔を忘れることがない。ついでに言うと彼女たちの仕草が性格と一致しないし、しゃべっている内容もかみ合っていない。さらに言うならば歩行者天国でもない道路の上を集団で練り歩くなど自殺行為の極みでしかない。


「あーもう、帰りたくなっちゃうなぁ」


 私が目の前の光景に二度と戻れないことを実感したからこその郷愁。自然と口に出た言葉は目の前の少女たちの発音とは違って正しい文章として耳に返ってきた。手を胸に当てれば少し前に失ったはずの鼓動が胸の中から響いてくる。どうやら、夢の中であれば仮称:ゾンビ状態から抜け出せるようだ。


「でも、どうすればいいのかな」


 辺りを見渡せば見覚えのある光景だが、ところどころ違いがある。例えば私が小学生の頃に閉まった店と高校に入ってからの開いた店が並んでいたり、ビルのすぐ隣に親しい友人の一軒家が建っていたり、極めつけは私が通っていた小中高学校が一つの敷地の中にぎゅうぎゅう詰めになっていたのは思わず吹いてしまった。正門どこだよ。


 多分だけど私にとって記憶に焼き付いているのが優先的に出てくる感じかな?言うなれば私博物館?この辺りをぐるっと回れば私の思い出が覗き放題だね。そんなことよりも私は本当に夢の中に呼ばれたのだろうか。だとしたら、眠る前に聞こえた呼び声はやはり彼女のもので、この夢は彼女も見ている光景なのだろうか。その割には私が知る物が多すぎるのだが。


「まぁ、その辺ぶらぶらしてみようかな」


 私は有言実行のできる女だ。早速ぶらぶらすることにする。何も手掛かりがないなら歩き回るしかないわけだし。ちなみに女子生徒たちに抱き着こうとしたけどすり抜けて顔から地面に激突する羽目になった。解せぬ。視覚と聴覚に刺激を与えられるのだから触覚もあってしかるべきでしょ。夢なんだから融通利かせてほしい。


 とりあえず、橋から下り街中を歩いてみる。幸い、この夢は思ったよりも狭く、小一時間ほどで最初に立っていた橋の近くまで戻れた。次は対岸に行こうとしたところで見えない壁のようなものに阻まれた。壁の向こうにも街並みは続いているが、よく見ればぼんやりとして建物であることはわかるが私の記憶に結び付くものはなかった。


「むぅ、当てが外れたかな」


 私が街中を歩き回ったのには理由がある。最初は彼女の生活様式がファンタジーっぽいからビルとか珍しいかなと思ったんだけど、私は彼女の家から出ていないから街並みがわからないんだよね。もしかしたら、超すごい文明圏の可能性もあるわけだし。歩ている途中でそのことに気が付いたけど、彼女が自身の見知らぬ街に居たらまずどこなのかを把握することから始めるかなと思いそのまま強行した。結果は何の成果も得られなかったけど。


「ふぅ」


 見えない壁に阻まれて対岸に回れないとわかったから今度は適当な建物にと思ったが、さすがに小一時間歩いて当てもなく入るのは外れだった徒労感が半端ない。彼女の場所がわかれば飛んでいくのだが、一向に手掛かりはつかめていない。一息付けるために私は橋の手すりの上に腕を載せてもたれかかる。顔を前に向ければ、そこから見える景色はあの時のように燃えるように真っ赤な夕日だった。


 失恋した直後であれば思わず叫んでいただろうが、この世界に来る前に散々叫んだ後だ。いつになるかはわからないが、次の恋に破れるまでは世話になることはないかな。


「でも、私はあの子をどう思っているのかな」


 出会いこそ殺されたような関係だけど、何かしらの事情があったと思う。じゃないと私の顔を見て悲しそうな感情を漏れ出すことはない。お漏らししたことを伝えた時は嫌悪することなく浴室まで連れてきてくれたり、その後のお風呂でのセクハ─もとい、湯船で抱きしめた時も照れくささは伝わったが嫌がるそぶりは見せなかった。


 圧倒的顔面偏差値ゆえに舞い上がってしまったが、我ながら節操なしだとも思う。言い訳をしておくと、失恋やゾンビ化に加えて恐らく帰れないの三連コンボを食らって思った以上にショックを受けていたようだ。それで縋りつくように甘えたしまったが、彼女は私を嫌悪するようなことはなかった。


 それが、とても嬉しくて思わずスキンシップを取ってしまう。もしかしたらだけど、私の恋を彼女は受け止めてくれるかもしれない。今度こそ最後の恋にして、特別な関係になれるそんな期待を抱いてしまう。相変わらず、顔の良い子にはチョロい私である。


「すごい勢いであの子にハマってるわ…」


 吐き出した言葉で懲りずに恋したことを自覚して思わず、片手で目を隠して真上へと顔を上げる。さすがに数時間で攻略されるとか本当にチョロすぎない私?今気づいたけど名前すら知らないんだよ。


 だけど、私は彼女に何をしてあげられるのだろうか。いや、その前に私が彼女にどうしてほしいのだろうか。ぶっちゃけると私に負い目を感じているのであれば、責任を取って相思相愛な関係になれば大体は解決する。けれど、それはあまりにも彼女をないがしろにするとも思う。別に私の利益を最優先してほしいわけじゃない。


 うまく言えないけど、私を幸せにするなら彼女にも幸せになってほしい。んー、責任のために彼女をもらうのは流石に釣り合わないと言うべきか。ならどうすればお互いに幸せな結果になるのか、あるいは納得できるようになるのか。


「あーもー、一旦保留!!」


 私は深く考えるのをやめる!とにかく、今は彼女の傍に居たい!できることならイチャイチャもしたい!そのためにも彼女との絆を深める!これで良し!!


 そう意気込んだところで、何となく顔から手をどけて橋の下りの方向を見てみる。気が付けば見えない壁の向こうにあった街並みと道路は消え、代わりに木々が生い茂った道と奥にレンガの街並みが見えた。


 その道の手前、ちょうど私がぶつかった見えない壁の向こうに彼女がいた。玉のような汗をびっしょりと垂らし、必死に肩で息をする様には思わず駆け出して撫でてしまうほどの愛嬌がある。そんなものを見て私が我慢できると思っているのか──!


 迷わずに足に力を込めて駆け出して彼女の元へ向かう。両手を突き出して彼女を抱きしめる準備をする。あ、あの子が顔を上げてこっち見て、びっくりした表情をこちらに向ける。ようやく無表情以外の彼女の顔は想像した以上の衝撃だった。だが、私は止まれな──!?


 ドンと鈍い音を立てて見えない壁が私の行く手を阻んで思いっきりぶつかってしまう。あまりにも衝撃的だったために見えない壁の存在を失念していた。その結果、私は彼女の前で無様な変顔を晒す羽目になった。そんな様子がおかしかったのか、思わずといった雰囲気で彼女は吹き出す。そのまま、ずっと我慢していたものが決壊するように彼女はお腹を抱えて笑い続けている。それにつられて私も笑みを浮かべる。


 良かった。彼女はちゃんと笑えるんだ。いろんな感情や思いを感じることはできていたが、彼女が嬉しそうな感情を感じたことが無かったから不安だった。推測だけど、彼女はつらいことも、悲しいこともたくさんあったんだと思う。そして、私に対しても負い目を感じて、自分の手でなんとかしようともしている。


 それはとても苦しいことかもしれない。もしかすると挫けてしまうかもしれない。それでも、楽しいことや嬉しいことがあれば素直に受け取ってほしい。私に負い目を感じて償いのために自分を犠牲にするくらいなら、同じ時を過ごして喜びを分かち合いたい。


 あなたの犠牲なんていらない。そんなものよりも、あなたと共にいる時間をほしい。


 この気持ちは自棄から来ているのか、それとも本心かどうかなんてわからない。それでも私はこの世界の何か、神様的な何かに祈る。どうか、彼女が幸せになれますように。


 それはそうと、この見えない壁はどうやったら取り除けるかな。今気が付いたけど音もシャットダウンしているからおそらく天使であろう彼女の笑い声が耳に届かない。キレそう。



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