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『私がすべきことは』

 彼女の腕の中に納まったまま、お互いの顔を見つめあっている。どうにも抱き着いている彼女から喜びと好意の感情が洪水のように押し込んでくる。


 使い魔契約をしたことで彼女と私の間に魔力のパスが繋がり、そこから彼女の感情が漏れているようだ。


(いや、なんで?)


 困惑と混乱が私を駆け巡る。まったく理解できない。自分で言うのもなんだが、私は彼女の命を奪った相手だ。さらに言えば見ず知らずの土地にいきなり呼び出した赤の他人だ。どう考えても好意を向ける相手ではないのだろう。


(もしや、噂に聞く非道をされて喜ぶ性癖(マゾヒスト)の持ち主?)


 そんなことはどうでもいい。思考を切り替える。今考えることは今後の方針だ。


(召喚術は成功して呼び出した直後の状況が記憶にない。)


 魔法陣を描き、呼び出す術式を発動させたところまでは覚えている。だが、次に意識を取り戻した時には私は彼女の首筋から血を啜っていた。


(こうなった以上、召喚術は意識がなくなった原因がわかるまでは使わないほうが良い)


 では、どうするのか。思考の海に漂う私を彼女の腕と足は絡みついてくる。先ほどから彼女から漏れ出る感情には喜びと好意以外にも興奮が見え隠れしている。


(もしや女性同士の恋愛を好む、ああもう、思考が邪魔される。)


 自身でも身勝手な物言いだとすぐに思い直すがそれでも、その、少し一人にしてほしいというか、今後の方針についてあれこれ考えたい。

 抗議の意思表明として口を閉じたままゆっくりと肺の中にある空気で頬を膨らませて彼女をにらむ。ちゃんと伝わったのか、彼女の四肢は動きを止める。私の背に回していた右腕を怠慢な動きで離した。


(やっとわかって─)


 そのまま私の頬へと突き刺した。あっけに取られた私の口からは空気の漏れる音が漏れて、指の沈み具合に比例して頬がすぼむ。ぶちんと私の中で何かが切れた。私に非があるのは明白だが、それはそれとして思い通りにいかない現状に不満が噴き出る。


「ヴぁあああああああああ!!」


 思わず暴れだしたが向上した筋力をもってしても、彼女の拘束は振りほどけないままだ。少し考えればわかるが彼女もまた、私と同じく不死者の病に罹っている。ならば、筋力が向上していると考えるのが自然だ。ついでに言えば万年引きこもりの私よりも体格が良い彼女に単純な筋力勝負で抗えないことになる。


 ここはひとつ賢者(セイジ)として知恵の見せどころというところか。おそらくだが、彼女は女性同士の恋愛を好む趣向を持っている。もし、彼女が良心的かつ正常な判断力あれば私にそういう趣味が無いということが伝われば離してくれるかもしれない。仮に伝わらなかった場合でも使い魔のパスを通して不満ぐらいは伝わるだろう。ダメだった場合?貞操の危機になる。


 互いに息を忘れて光を失った目で見つめ合う。こちらの意思が伝わらないのか彼女からは相変わらず歓喜があふれているが、見つめ続けているだけなのが効いたのか彼女から困惑か疑問が伝わってくる。


(タイミングは今)


 彼女に比べて貧弱な腕を床につけて、垂直に伸ばすことでうつ伏せから起き上がりたいことを示す。未だ私の背に乗っている彼女の左腕の力がとても力強く、絶対に離したくない意思を感じてしまう。加えると私が無言の抗議をしている間に両足を絡められている。


 だが、私の懇願が届いたのか、彼女から遺憾の意が伝わると同時にしがみつくような拘束を解いてくれる。彼女をいきなり呼び出した挙句、不死者の病に罹らせてしまった責を受けるつもりではあるが、せめて治療について調べる猶予が欲しい。


(もし、治療する手立てがなければ、彼女が望むことをしてあげよう)


 きっと、それが情けない私ができる唯一の償いだ。あくまでそうなった場合の話だが。


 ようやく彼女から解き放たれた私はゆっくりと起き上がり、立ち上がったところで彼女に手を握られる。まだ何かあるのか、思わず自身に非があることを忘れて彼女を見つめる。


 彼女から伝わってきたのは悲しみと羞恥だろうか。未だに私を拘束し足りないのだろうかと思ったが彼女が下に指を向ける。そこには冷め切った水たまりがあり、嫌な予感をしつつも覚悟して深呼吸を一度。彼女が散らした血の匂いに混じって鼻にツンと刺すような臭い。


 なるほど、尿を長時間放置(アンモ)したときの臭い(ニア臭)。いかに不死者の病に侵されていたとしても、乙女として致命的かつ緊急事態だ。ついでに言えば先ほどまで密着していた私にも言える。考えることはいろいろあるが、今は身を清めることが最優先だ。

 あーうーあーうー呻き声を漏らす奇怪な輩が今更そんなことを気にするのかと言われても私にも乙女心ぐらいはある。たとえ台所が水飲み場以外の役割を無くした生活をしていたとしてもだ。


 彼女の懇願と乙女の危機を把握した私は身を清めるべく浴室に向かうため、彼女の手をぎゅっと握ってまま連れていくことにした。移動するまでの間、彼女からは先ほどの異常な私への好意はなりを潜め、代わりに何か面白いのか愉快さが流れてきた。


 無事に浴室についてまずしたのは魔道具の確認。幸いなことに風呂場の魔道具は今までと変わりなく魔力を込めると稼働した。なので、私たちは力加減が難しい不器用な手を動かして衣服を脱がせ合う。母親以外に脱がされた経験が無いので何とも言えない照れ恥ずかしさに悶えながらも手を動かし続ける。


 彼女の薄手のブラウスと胸下着(?)を脱がしてすぐに分かったが、私に比べて豊かな得体を持っている。思わず視線を直下に移すが、そこあるのは足元がよく見える程度に控えめなモノだ。


(胸は飾りだ。賢い者にはそれがわかる)


 虚勢を張ったが嫉妬心を読み取られたのか、彼女から照れが送られてくる。思わず不愉快な気分になるが男性が大きさに惹かれるのは事実だ。弟子だった彼も豊かな得体に視線をよく移していたからわかる。納得はしないが。


 無事に浴室に入ったのは良いがここはそれほど広くないため、二人が入れば密着に近い距離を詰めることになる。彼女から邪な感情が漏れ出ているので全力で警戒しつつ、魔力を温水管─壁から生えたような見た目の火と水の魔石を取り付けた管状の魔道具─に注ぐ。すると、赤と青の魔石がわずかに光ってすぐ、管を伝って下に向いている穴から流れ出す。流れ出た温水の落ちた先には桶があり、わずかな時間で湯気を出しながら溢れるほど注がれた。

 桶に十分な量のお湯が溜まったことを確認した私は管の向きを変えて、流れ出る先を浴槽へと切り替える。桶に溜まったお湯で手を濡らした後、石鹸が滑らないように慎重に掴んで掌で泡立てていく。


 一通り泡立ちが整ったので彼女に手渡す。先ほどから私の頭が警鐘を鳴らしているが彼女の善性を信じているので問題は起こらな──


(手をワキワキさせてこちらを見ている。これは、貞操の危機?)


 ◆ ◆ ◆


 身を清め合い、何事もなかったかのように湯船につかる私たち。小柄な私であれば十二分に間を取れる浴槽も二人が入れば密着せざるをえない。貞操の危機がちらつくため不安があるが、湯船に浸かるまでにこれといったことはないので肌が触れ合うことは気にしないことにした。


 閑話休題。


 久しぶりに浸かる湯は人肌に近い温度を保ち、冷え切っていた体を温めていく。熱が体の芯にまで伝わるにつれて、体が揉みほぐれていく。決意してから寝食が不要なことを良いことに研究に没頭し続けていたが、時には気分転換も必要なのだと改めて感じる。


(もっとも、次があれば、だけど)


 湯船に浸かるきっかけとなった事象で私の決意が揺らぎ始めている。これ以上の被害を食い止めるどころか新しい犠牲者を出してしまった事実は心に重くのしかかる。


 同じ湯船に浸かる彼女はまだ私に対して悪感情を出していないようだが自身が異形の身体になったことはどのように思っているのだろうか。


 非道を罵られるのも、怒りをぶつけてくるのならまだ良い。私に非があるのだから彼女には責める権利がある。だが、絶望に吞まれ心が折れて呻き声を上げるだけの置物になってしまったとき、その光景に耐えられるのだろうか。視界の片隅にそれを映しながら今までと変わらずに解決を目指し続けることができるのだろうか。


 正直に言うと、諦めてしまいたい。この先も同じような過ちを繰り返し、その度に彼女と同じ被害者を増やしてしまうどころか、治せないままだった場合はどうすればいい。


(いっそのこと、彼女へ寄り添うことで贖罪とするなどと言い訳して諦めたい)


 身体は湯船に温められているにも関わらず、心は冷え切ったままだ。気持ちに引きずられるように重く感じる体は自然と湯の中に沈んでいく。


(そういえば、溺死は試していなかったな)


 口元が沈んだあたりでふと沸き立つ死への渇望。先の見えない希望を追い求めて苦痛に苛まれるのなら、ここで楽になりたい。ゆっくりとゆっくりと身体を滑らせ文字通り、全身を湯船の底へ沈めようとした。


 だが、そんな浅ましさ窘めるように後ろから2本の腕が私を抱きしめて、そのまま引き上げられる。誰のかの仕業かなどと問う必要はない。また私が沈んでいかないようにと彼女は腕に力を入れて抱き寄せる。


 密着した肌からは私と同じように温められた彼女の肌が感じ取れる。互いに同じ湯船に浸かっているのだから体温も同じはずだ。だと言うのに、人肌をわずかに上回るはずなのに、不思議と私の身体は人の温かさと認識していた。


 召喚した直後は私が彼女に縋りついて体温を貪っていたが、今は彼女が私を抱きしめて互いに体温を感じ取っている。心音はないが、私は人であることを思い出させた。


 不死者の病に立ち向かう決意のまま動いていたが、一人でいる時間が長すぎたのだろうか。疑似的とは言え人肌にここまで心動かされるとは。照れ恥ずかしいが、今まで冷えてきっていた心にわずかに火が灯る。


(もうしばらくだけ甘えさせて。もう少しだけ、頑張るから)


 私の思考に応えてくれるかのように彼女は私をより強く抱きしめてくれた。

 まぁ、力強すぎたのでとても痛かったので抗議の感情が出てしまった私は悪くないと主張しておく。


GW中に筆が進まなかっちめ、失踪しそうなのでなけなしの書き溜めをブッパします。

感想書いていただけると踏ん張れそうなので書いていただけると幸いです。

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