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「落ちたー!?」

5/2に2話を加筆しました。まだ読まれていない方は先に読んでいただくようにお願いします。

 秋が近づいてなお、蝉の鳴き声が未だあちこち響く中、ボロボロと涙を流しながら走ってきた私は心と息を落ち着かせるため深呼吸する。日が傾き始め、わずかに気温が下がった空気を肺の中に押し込み体中に行き渡らせる。

 少し間を置いて落ち着いた私はわき目も触れずに折角詰めた空気を肺から絞り出した。


「神様のぉっ!ばかやろぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 涙でぼやける視界に映る真っ赤な空へ、人目も憚らず橋の上で大きな声を張り上げて叫ぶ。少し離れたところから驚いてこちらを窺う視線を感じるが気にする余裕はない。叫んだ理由はただの失恋。これで何回目だろうか。この痛みは何度も味わっても慣れそうにもない。その度に私はこの橋の上で夕日に向かって叫んでいた。

 今度こそは大丈夫だと信じていた。最初の失恋から挫けずに何度も。だが、全ての失恋においてフラれた理由はどれも同じで一言で説明できる。


「女同士で恋愛して何が悪いのよぉぉぉぉぉぉ!!」


 うん。私は女の子が好き。特にかわいい女の子が大好き。当然、いきなり告白は困るだろうから何か月は様子見て脈があるかどうかぐらいは見ていた。夏休み前から文化祭の準備まで距離を詰めていき、最後のフォークダンスの時にいい感じなったので勢いそのままに告ったのだ。まぁ、今回は来年大学受験を迎えるため、心に余裕を持てる最後のチャンスと思って焦ってしまったかもしれない。


 どの子も告白するまでは私とは気さくに話しできたのに、告白するとやんわりとした断りの言葉と共に一歩距離を置いてくる。別に正面切って罵倒されるわけでもなく、こそこそと陰口を言われるようなこともない。ただ、近くにいて恋人になったと噂されるのを避けるかのように親しい友人としてのラインを形成するのだ。


 確かに他の子よりもスキンシップが多いとは自覚しているが、嫌がっている子には手を出していないし、そもそもみんなだって女の子同士でスキンシップ取っているじゃん。解せぬ、私も混ぜてほしい。せめて一歩距離を置くにしてもスキンシップくらいは従来通りにやらせてほしい。


「なんでダメなんだよぅ」


 目に溜まっていた涙が大分落ちたのか視界がもとに戻っていく。しかし、泣いて叫んでも心は全くと言っていいほど晴れやかになれず、見えない重りを頭に乗せられたかのように俯く。橋の下に流れる川は浮かない顔した私の顔を映していた。


 これで10回目ぐらいだろうか。それとも11回目だったか。脈を図ることを覚えてから間隔が空ける期間を延ばして慎重になるのだが、その分ダメだった時の喪失感は大きくなるばかりだ。いっその事、何度もフラれて諦めがついて男の子と恋愛すれば楽になるのだろうか。なぜかはわからないが、男の子を恋愛対象として見ることができなかった。


 別に幼稚園の頃に男子たちに服に虫を突っ込まれて泣かされたこととか、よく遊んでいた男子が小学校卒業して少ししてから音信不通になったことは関係ない。ないったらない。


 とにかく、男性に対して胸がときめくようなことはなかった。気が付けばかわいい女の子を目で追いかけて、すれ違った女の子の仄かに残る香りに惹かれ、親しくなった女の子たちとありふれた日常を謳歌する。


 友達は何度も女の子に告白してはフラれている私と一緒にいてくれるのだから十分恵まれているけど、やっぱり心のどこかで飢えている。いけないと思っていても、より深く強い絆を求めている。目に見えない不確かなものだから特別な関係になりたい。その結果が告白しては撃沈する今の私なんだけど。


 受け入れてほしいと泣き叫ぶ私、こんなもんだと諦めつつある私。矛盾する感情がぐるぐると混ざり合って思考がまとまらない。堂々巡りのような行き詰まった気持ちを吐き出すかのように深いため息を吐いて落ち着かせる。


 フラれたことはショックだけど、その度にヘコんでいるのでそれだけ本気なのだと改めて思う。創作のように本気で女の子と恋愛をしたい。問題は受け止めてくれる人がいないことなんだけど。


 周りには私の個性を認めてくれる子ばかりなのだが、恋愛対象は同性よりも異性が選ばれている。もしも、私が男を恋愛対象と見ることができたのなら、あるいは私が男だったのならこんなにも苦しく思うことはないのかと思わずにいられなかった。


「女の子しかいない世界に行けたらいいのに…」


 非現実かつ自己中心的な独り言を呟くが後ろを走る車の音ですぐに掻き消えた。もう一度、軽くため息を吐いて今度は気持ちを切り替えるとふと空を見上げた。


 叫んだ時には赤かった空は今ではうっすらと星が見えるほど暗くなっていた。思った以上に時間をつぶしていたことに気づいた私は沈んだ気持ちに引きずられるように重い足を動かして家路につこうとした。


「あれ?」


 ずぶり、と足が沈む感覚に襲われる。思わずつんのめり、倒れるのを防ごうとして手をつこうとしたが、地面に触れる前に足と同じように沈んでいく。視線を向けると真っ黒い何かに掌から先が沈みこんだところだった。なんの支えを得られないまま底なしの沼に落ちるような感覚に驚く私をよそに体は倒れていき、助けを呼ぶ暇もなく顔も沈んでしまった。


 次に視界に映ったのは黒い空間、目にもとまらぬ速さで過ぎ去る光のような何か。私の身体は空中に投げ出された感覚を味わっている。手足をバタつかせようとしてもジェットコースターに乗っているときのような風圧受けているかのように思うように動くことができない。


(何よこれ─!?)


 17年間の人生でも経験したことのない出来事で私は恐怖のあまり、喉を震わせ何かを叫んでいる。だけど、口から吐き出したはずの自分の声は耳に届かず、それどころか呼吸も出来ないことにようやく気付いた。


 恐怖を紛らわせようとした行動の代償は窒息という形で襲い掛かる。初めから息ができないことを理解していればもう少しは持ったのだろうが、すでに絶体絶命の状況になってしまっている。


 息苦しさは死の恐怖へと変わり、人生を振り返るような走馬灯が脳裏を焼く。死にたくない。夢なら覚めてほしい。


(嫌!こんなわけの分からないまま死ぬなんて嫌!まだ恋を受け止めてくれる、心の底から愛し合える運命の相手とも出会ったことも無いのに!)


 身体の中の酸素が途絶えたことで意識は次第に遠のいていく。黒い空間も走馬灯すらも見えなくなる直前、誰かが私を呼ぶ声が聞こえた気がした。


 ◆ ◆ ◆


 死んだかと思ったら生きてた。正直わけがわからないけど、意識があるからとりあえずはよしとする。木製の見知らぬ天井を見上げたまま、起きたばかりの頭を必死に動かして状況を整理する。


(たしか、黒い空間で意識を失って、気が付いたら不思議な部屋にいて、目の前に人の死体が─)


 人の死体。その単語がよぎった時、脳裏に首筋を嚙み切ったモノが鮮明に映し出される。命の危機を感じ取り思わず身震いを─?


(あれ?体がなんか変?)


 全力で記憶を思い出したことで先ほどあった命の危険が頭によぎる。今まで経験したことが無いほど恐ろしい目にあったばかりというのに体は緊張を感じず、心音が跳ね上がることもない。


(そういえば、あの子ってゾンビっぽかったような?)


  B級ホラー映画みたいに腐っているわけでもなかったが、明らかに色白すぎる。アニメで言えば吸血鬼とか腐っていないけどゾンビみたいな感じ。噛まれると同族になることがお約束みたいな。


 何を言っているのか私も頭がおかしくなったと思うが、身体は冷たくなり、鼓動は全く動いていない。暫定的に私も彼女と同じ仮称:ゾンビになったと考えよう。試しに息を止めたら全然苦しくならなかったし。


 幸い、思考も明瞭だし、五感は少し鈍く感じるがちゃんとある。目を動かした限り身体もゆっくりとだが自身の意思で動かせそうだ。もどかしく思いながらも胸に視線を送ると、毛玉のような何かが私の胸に顔を埋めて呻き声を震わしている。


 嘆くような、悔いるような、恨んでいるような、私の胸を締め付ける声。呻き声でなければ可憐さを想像できるそれは私に何かを伝えたいのだろうか。状況は全くわからない。ここはどこなのか、この子は何者なのか、なぜ私を仮称:ゾンビになっているのか。


 あれこれ考えてもしょうがない。わたしは一旦思考を打ち切り、行動で示すことにした。


 ぎこちなく動く腕を慎重に動かし彼女の頭に叩きつけないように頭にのせる。少し硬めの髪の感触を掌で確かめ、慎重に頭の天辺から後頭部へ撫でる。

 2,3回撫でたところで彼女の呻き声は小さくなり、顔をこちらへ向ける。噛まれる前にも見たが私よりも年下であろう彼女はすごい美少女だ。渇ききった瞳や顔色の悪さ、半開きの口から漏れる呻き声、全くと言っていいほど動かない表情などが全く問題にならない圧倒的顔面偏差値。


 華やかに笑顔を向けられたら心臓が止まる自信がある。もう止まっているけど。落ち着こう。そんなことよりも私は笑顔で彼女を落ち着かせる一言を。


「ヴぁぁぁぁ…ヴぃぃ…」


 あ、私も呻き声になるんかーい。あーもう、あの子が動かない表情そのままなのに雰囲気が暗くなった気がする。もしかすると私も彼女と同じく表情筋が死んでいるのだろうか。なでなでを決めて好感度を獲得しようとした私の目論見は崩れ去ったので、もう片方の腕で彼女を抱き寄せ誤魔化すことにした。


 なんだかよろしくない未来しか見えないが、まぁ何とかなる。どんよりとした気持ちはまだ残っている。しかし、腕の中にいる彼女はかわいいのでそんなことは些細な問題だと思うことにした。



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