ミスーレ帝国 ④
『勇者』
それは文字だけを見れば勇ましき者であるが、勇ましければ誰でも勇者を名乗れる訳ではない。かといって、名乗るための試験があるわけでもない。
それでは勇者を名乗るためにはどのようにすればよいのだろうか?
それは分かりきった事実だが、勇者の称号というのは、他人が決めることなのである。
例えば、多少でも魔法が使えれば魔法使いを名乗れるし、寺院で修行をすれば僧侶を名乗れる。剣技が優れていれば剣士だし、戦闘力が高ければ戦士といったように、これらはそれなりのバックボーンがあれば自称でも通用する。
だが、勇者だけはそうはいかない。
卓越した戦闘能力、突出した魔力、パーティを導く統率力、なにより人を引き付ける人望がなければ、勇者を自称しても誰も認めてくれないのだ。
万人に、あの人は勇者だと共感されることで、初めて勇者として成立するのである。
このことは、職違いのシェフの僕だって充分に分かっている事実だ。
そんな、人々の信頼を受け勇者とたたえられた人物が、魔王となろうとは。一緒にパーティを組んでいたペーリーさんの動揺は計り知れない。
「ジークラーが魔王になったなんて、ほんとなんですか!?」
とても信じられないといった面持ちで、再度たずねる。
「ああ、理由は分からぬが、魔王と化しているのは事実なのだよ。更に、はじめに言ったと思うが、この件は、お主たち全員に関係してくるのだ・・」
全員に関係とは?いったいどういうことなのだろう。
「まずは、ライスくん、君は、我が国の帝国第一ホテル、総料理長ブレッド氏に会いに来たと言ったね?」
「ええ、そのとおりですが」
「そのブレッド氏だがね、今は魔王の部下となって、魔族につくしているのだ」
「えっ!どういうことです?魔物に料理でもふるまってるんですか?」
「いや、彼は料理長の他に、鍛冶師という仕事もやっていたのだ。ブレッド氏が君にあげた包丁だが、こんな長期間つかっても刃こぼれ一つしていないだろう。これは彼の技術で作り上げた特別な金属なのだが、この金属を魔物の武器として提供をしているのだ」
「・・その、ブラッドさんは無理やり魔物に連れていかれたのですか?・・」
「いや、これは彼の意思なのだ。そのような内容の置き手紙も発見されている。このことは、まだ一部の者しか知らない極秘事項なのだよ」
ブレッド氏には幼いころに、一度しか会ったことがなかったが、ここにきて、こんな展開になっているとは驚きを隠せない。
「話しはまだまだあるのだ。今度はファンくんと、ガイターくんだ。ファンくんの母親である魔女マース・モケナガン、ガイターくんの父親である魔神ライアーン、この両名が、現在、魔物の島にいることが分かっている」
その賢者の言葉は衝撃過ぎた。まるでその場に爆発物でも投げ込まれたかのようであった。
「ほ、ほんとなんですか・・わたしに母親がいたなんて・・」
「オ、オラも同じ気持ちだ。オラに親父が・・」
ファンさんも、ガイターさんも、顔面蒼白である。それは当たり前だろう。
たぶん二人の心の中には、その人物は、とうにいない者としてずっと過ごしてきたのに、ここにきて名前どころか所在までわかってしまったのであるから。
「さらには、ミルフ。きみの母親も今回の件で、なにか絡んでいるらしいのだ。これについては詳細は不明なのだが」
ミルフは無言であったが、目は大きく見開かれ、その顔の様子は明らかに動揺をしめしていた。言葉を発さなかったのは、ファンさんを母親として慕っている現在、そこで声をあげるのはファンさんに失礼になると考えたのではなかろうか。
その場は、雷雨がおさまったのかのごとく静まりかえった。
その静けさを裂くように、この場に同席している皇帝のソシミール陛下が発した。
「なぜ、この者たちに魔王退治の依頼をせねばならぬのですか?わたくしは、理由を聞かされておりません。この依頼が実施されるのであれば、肉親と戦えと言っているのも同様です。訳をお聞かせ願いますか」




