ファンさんの手料理 ⑥
「え~とですね、おっぱいってなんだか分かります?」
「あたりまえでしょう、赤ちゃんに母親が与えるミルクのことよ」
「それがどのように出来るかはご存じで?」
なぜこんな話をしているのか分からず、僕の言葉づかいが変になってくる。
「えっとね、おっぱいは赤ちゃんが出来ると母親の胸で作られるの。その赤ちゃんは、生まれる前は母親のおなかにいてね、赤ちゃんが出来るためには男女の・・」
ファンさんはそこまで言うと、気がついたように両手で口をハタと押さえ、真っ赤な顔をして僕から視線を外した。
そもそもここはベッドルームで、二人でベッドに腰かけている。なんとも気まずい空気が流れる。
しかし、ミルフに気に入られる料理を作るのに夢中になっていたとはいえ、なんという天然なのであろうか・・
ファンさんは、思いっきり作り笑いをし、僕のほうに振り向く。
「ライス君、いまのなしね」
「え、ええ、もちろんです。じゃあ、もういいですかね・・」
僕のほうも、なんだか恥ずかしくなって、リビングに戻ろうと立ち上がった。
するとファンさんも一緒に立ち上がり、両腕を上げて「失敗しちゃった」と言いながら、背中から後ろに倒れこんだ。
後ろはベッドなので安全であり、ファンさんは照れ隠しのような感じで、わざと倒れたのだが、僕はとっさのことと、先程の動揺があったため、その行為を危険と判断してしまった。
「危ない!」
僕は左腕をファンさんの背中にまわし、倒れないように支えようとしたが、勢いに引っ張られる形で、二人でベッドにもつれ込んでしまった。
そこには、ベッドに横たわるファンさんの上に覆いかぶさる僕がいた。
僕の左腕がファンさんの背の下になっているので、二人の体がピタッと密着してしまっている。
僕たちは、お互いに目を見開いて、この出来事に驚きを隠せないでいたが、ファンさんは軽く目をつぶり顔を傾けると、もぞもぞと僕の体の下に隠れようと動いた。
そのように動かれると、ファンさんのしなやかさと香りが伝わってきて、頭が混乱というか、パニックをおこしている。
「・・ライス君、・・だめ・・」
小さく消えそうな声を発するファンさん。そのファンさんの左手は僕のガウンの袖口をつかんでいる。
もう心臓は早鐘のようだ。頭が真っ白になって、このまま進むしかないと本能が僕にそう命じた。
「ねえ、ライスお兄ちゃん、ママ―、みんなでトランプやろうよー」
ベッドルームの僕たちの耳に、リビングから大きな声で呼びかけるミルフの声が届いた。その瞬間には、僕たちは元のように二人でベッドに腰かけている。
僕は、荒い呼吸を整えるべく、ふ~っと深呼吸をした。ファンさんを見ると上気した顔で僕を見上げている。
「あ、あの、ミルフが呼んでるし、むこうに行きましょうか?」
「え、ええ、そうね。じゃあ」
立ち上がった僕たちに、なんともいえぬ空気が流れる。その時、一瞬だけ僕の手をファンさんがギュッと握った。
「さあ、リビングに行きましょう」
なにごともなかったようにベットルームを出る僕たちであったが、僕の心臓はいまだにドキドキが止まらないのであった。




