泣いた赤い鬼 ⑩
赤鬼は村人の命を絶ち始めた。
ある者は殴り飛ばされ、別な者は叩き潰され、更に違う者は引き裂かれた。
女、子供も容赦なく壊された。
ひん死の鬼が、まさかこんなに急に回復をすると思っていなかったのだろう。この村の人々は戸惑い固まって、逃げる機を完全に逸し、鬼にされるがままである。
そんな村人が流す血の海を縦横無尽に暴れ回る、その姿はまさしく鬼であった。
僕はこの惨劇を直視していることが出来ず、あまりのおぞましさに胃がこみ上げて、木の陰で吐いていた。
3分もすると辺りが静寂となった。
どうやら村人は、全ての者が鬼の手でほふられたようだ。
「ペーリー、大丈夫だか!?」
ガイターさんの大声で、僕はハッと我に返った。
そうだ!ペーリーさんの安否はどうなった!
僕は、ペーリーさんの寝ていたハンモックの方向をキョロキョロ眺めると、彼女の声が聞こえてきた。
「ガイターさま~、あたしここです。変な殺気がしたんで、ここに避難しました・・」
声は、ハンモックを吊り下げている木の、上のほうから出ていた。
だが、力を使い果たしたようで、果実が落ちるがごとく、木の上から落下し、下にいたガイターさんの腕の中にスポッと収まった。
ペーリーさんは、まだまだ回復は充分ではないが、薬草が少し効いたのか、ちょっとは動けたようだった。
先ほどからの緊張の場面の連続に、ペーリーさんの無事が確認できたという安堵感が絡まって、僕は気がストンと抜け両ひざをついてしまった。
僕の目の前では、回復の魔法が切れたとみえる赤鬼が、地べたに腰をおろし、ハーハーと荒げた呼吸をしている。
その赤鬼のそばに、ファンさんとガイターさんが近づいて話しかけた。
「なぜ、こんなことを?」
「・・・・」
「ま、おめにもなんか理由があんだべ?」
「・・・・」
なぜ、赤鬼が村人を虐殺したのかを聞こうとしたが、答えようとはしなかった。
その時、僕の頭にハッと浮かんだ。
そういえば鬼に肩を触られたとき、僕の能力である、「心に刻まれた味を知る力」で、この鬼の心にある食べ物が分かっていたんだっけ。そして、僕は能力で知ったものを、ここに持ってきていた。
「あの、赤鬼さん、これをどうぞ」
これをあげたからといって、なにがどうなるのかわ分からない。ただその時は、そうするのがよいと思っただけだった。
赤鬼は僕のほうをじっと見ると、僕が渡した竹筒を受け取った。
竹筒の中身は、ペーリーさんに飲ませる薬草液を作るための、米酒の残りだ。
薬草液を作るところを赤鬼は見ていたから、中身については察していただろうが、震えた手で、その竹筒の栓をスポッとぬくと、米酒を口に流し込んだ。
ゴクリゴクリと米酒が、鬼ののどを通りすぎる音が聞こえる。
すると、赤鬼はクシャっと顔をゆがめ、涙を流し、その涙がドバっとあふれると、
「うおー!う、う、う、うおー!」
と、雄たけびのような声をあげ、大泣きをした。
ひときしり泣いた赤い鬼は、次第に落ち着きをとりもどすと、僕たちに、呪われた村の秘密をおずおずと語り出した。




