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湯けむりの中で ⑥

 僕は久しぶりに厨房に立って、朝食の支度をしていた。

 コック服に、コック帽で身を包むと、料理をする身がひきしまる。

 料理というものは食されて一瞬で消えてしまうが、それを作るための下準備というものは時間と手間暇をかけ、しっかりと行なわなければならない。

 大きなホテルやレストランには、前菜担当や焼き物担当、様々な専門のシェフがいて、コース料理を分業している。デザート専門のパティシエという職名は有名であろう。

 トップには総料理長がいて、その下に補佐がいるのだが、その補佐である自分は、あまり人任せの分業という形態は好きではなく、肝心の部分は自分で手掛けている。

 今もそうだ。今は朝食用のパンをつくるため生地をこねているところだが、主食であるパンの出来が悪いと、料理すべてがぶち壊しになるため、重要なパン生地づくりは絶対自分で行うのだ。

 生地をこねていると、弾力のほどよさを手で感じることができる。

 今日のパン生地の出来は素晴らしい。こんな素晴らしい弾力ははじめてだ。匂いもいい。僕の五感を揺らすような素敵な香りだ。

 だが、ハッとする。なぜ、焼いてもない生地からこんな香りがするんだ?そもそもこれはパンの匂いじゃないぞ・・

 そう思ったせつな、今の朝食づくりが夢であったことに気付く。

 あ~、夢を見てたのか。だんだんと睡眠から覚せいする自分。だが、様子がおかしい。

 先ほどの夢で見た、いい匂いが消えていない。不思議に思い目をパッと開けてみた。

 目の前には、ほほを赤らめ、恥ずかしそうにしているファンさんがいて、バッチリと目があった。

 えっ!なんで!なんでここにファンさんが?

 このいい香りってファンさんの香り・・

 そこで気づく。あれ?夢で見たパン生地の弾力がまだ手に残っている?

 僕はおそるおそる弾力の感触のある自分の右手を見てみた。すると、その手はファンさんの胸にかぶさっていた・・

 おそるおそる右手を離し、なにかを言おうとするが震えて言葉がでてこない。目の前のファンさんは少しづつシーツを引き上げ、その中に埋没して姿をかくした。

「ごめんなさい!」

 悲鳴に近い謝罪の声がやっとでて、僕は目をつぶってバッと回転し、ファンさんに背をむけた。

 だが、今度は左手に、なにやらの感触。先ほどのパン生地がへこんでしまったような感覚がして、うっすらと目を開けていくと、目の前にはペーリーさんの赤くなって怒っている顔が・・

 僕の左手は、まさかのまさか、ペーリーさんの胸にピタリとかぶさってしまっている。

「ギャー」

 すさまじいペーリーさんの悲鳴が響きわたり、僕の手を払って、自分の腕で胸を隠す。

 このファンさんとペーリーさんの対応の違い・・まさに静と動。なんて悠長に解説してる場合じゃない!

 思わずベッドから飛び起き、謝罪の言葉をなんども繰り返す。

 なんでこんなことに!?状況を見る限り、ファンさんとペーリーさんの寝ていたキングベッドに、僕が入りこんだようだ。それも二人のあいだに割って入って。

 つたない記憶の糸をたどると、そう、露天風呂で湯にのぼせてフラフラになった僕は、元々寝ていた長ソファに戻らず、無意識でベッドに入って横になったんだ。

 その後、厳しい事実究明のための尋問が皆よりなされ、心よりの謝罪をした。

 ファンさんは、これからは気をつけようねと言っていただけたが、ペーリーさんからは、夜ばい男のレッテルを貼られ、ひとつ貸しだからねと、厳しいお裁きがされたのであった。



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