湯けむりの中で ①
「いや、これはこれは、ほんとに有り難いことでございます」
バシフ村に到着した僕たちは、盗賊がこの村から巻き上げたというお金を返しに、村長と面会している。
村役場にて、村長は至極丁寧に対応してくれているが、あまり村ではお金に困っているという感じでなくて、返したお金も寄付につかわせていただきましょうと言っていた。
そもそもこのお金は、盗賊などが来た時に、村人が襲われるのを防ぐため、すぐに差しだして、盗賊に去ってもらうようストックしておいたものだという。
村の家々も、壁に高価なレンガを使っていて、生活が潤っているのが見て取れる。
こんな山あいの村で、どうしてこんなに豊かなのか不思議だったので聞いてみると、この村から2時間ほど歩いた山中に村営の温泉ホテルがあって、そこの利益がかなり出ており、村全部がその恩恵を受けているということだった。
「そうだ、あなた方も、せっかくこの村にお金を届けにいらしてくれたんだし、一泊して、温泉につかって、疲れをいやしていかれたらいかがです。お金を届けてくれたお礼ということで、無料にしておきますから」
と、有り難い申し出をしてくれる。
「え~、ほんとですか?お風呂も川で水浴びが続いたし、温泉つかりた~い」
と、ペーリーさんが無邪気に言う。
「ええ、今は午後3時だから、2時間歩いて夕方には到着できるでしょう。では、こちらがワシの紹介状になりますので、受付けで見せて下さい」
「ほんと、こちらにはお金をお渡しにまいっただけなのに、逆にお気をつかわさせてしまいすみません。ですが、せっかくですので、有難くご厚意に甘えさせていただこうと思います」
ファンさんが丁寧に頭を下げると、
「いえいえ、こんなことしかできませんが、どうそ、ごゆっくりしてきて下さい。これでなかなか人気のある宿でして、まあ、よかったら他で宣伝でもいただければ」
と、村長は笑顔で答えてくれた。
思わぬところで、幸運を授かった僕たち。現地へ行く道は山道らしいので、荷馬車を役場で預かってもらい、徒歩で行くことにした。
村からその宿というのは一本道だそうで、迷子になることはないらしい。民家のある場所を抜けると、農地が広がり、更にそこを抜けると、道は山へ吸い込まれるように続いている。
山の中の道は砂利道ながらよく整備されていて、山の自然を楽しみながらも、温泉ホテルまで行く客が、苦にならないよう考えられている。
山の中に入ってから、30分ほど歩いていたときだった。
突然、となりを歩くファンさんが、僕の首に腕をまわし抱きつき体を預けてきたので、僕はとっさにファンさんを抱えあげた。
その体勢のまま、ファンさんは地面を見ると、「ヘビが・・」と、小さい声で言う。
ああ、ヘビが怖かったのか。全然、悲鳴をあげないので、なにがおこったのか分からなかった。
そういえば、前にガイターさんに聞いた話しでは、ファンさんはヘビに咬まれて死にかけたことがあったそうだ。それでヘビがトラウマになっているのかもしれない。
「あ~、これは山ヘビの子供だべ、毒はねえヘビだぁ」
と、ガイターさんがヘビを捕まえ、森の中にポイッと放り投げた。
ファンさんはほっとした顔で、僕のほうを振り返った。
女の人をこんな風に抱っこするのは初めてで、華奢で軽いんだなと思ったが、なによりファンさんの顔をこんな間近で見て、改めてその美貌に圧倒されていた。
白くてきれいな肌に吸い込まれるような瞳、整った鼻に、キリっとしながらも、やわらかそうな唇。それらを引き立てる美しい黒髪。
僕の時間の流れが止まったような気持になった。




