暗黒魔女 ファン・エレート ④
「ねえ、あなた今から何もしないで帰っても心残りじゃない?となりのアリーダ王国って行ったことあるの?」
「い、いえ、・・今回が初めての訪問のはずでした・・」
「それなら、このままアリーダ王国へ行きましょうよ。せっかくだから見聞を広めるの。ついでにわたしも旅の道連れ、ご一緒してあげる」
えっ!えっ!えっーーー!
「だ、だめですよ!それはマズいです!」
「あら、どうしてダメなのかしら?迷惑そうな顔して!」
はっきり言って迷惑以外のなにものでもない!口には出せないけど。だいたいアリーダ王国に着いたらどうするんだよ!暗黒魔女つれてきちゃいました~、なんてことになったら大騒ぎになるの目に見えてるよ!
「ライス君も一人っきりになっちゃったし、この先、山犬でもでたら困るでしょ、あなた弱そうだし」
一人っきりになったのは、あんたのせいだろ!人ごとみたいに!でも、弱いのは事実です・・や、山犬か・・こわいな・
「あ、あのですね、アリーダ王国に行くのはいいんですが・・」
「そう!じゃあ決まりね、善は急げ。早速行きましょう!」
暗黒魔女なのに善は急げってなんなんだよ、そもそもこの草原を出るところまでご一緒にって言おうとしたのに、僕の言葉をさえぎっちゃって・・
「あの~、さっき石にされちゃった人は・・?」
「あら、いきなりわたしに無礼なことした人達が気になるの?ライス君やさしいのね~」
な、なんか、こわい・・
「大丈夫よ、いま解除の呪文をかけておくから。1年後くらいには目が覚めるわ、ふふっ」
暗黒魔女、ファン・エレートは愉快そうに微笑んだ。
これが2日前の出来事。この日からアリーダ王国へ2人で向かうことになったのであった。
あれから4日が経過した。
ファン・エレートいわく、明日には大草原を抜け、アリーダ王国の領地に入るだろうとのこと。
なので、今作っているディナーがこの大草原での最後の夕飯だ。
道中は彼女のせいで全く気が抜けず、今頃になって疲れがどっと出る。
気が抜けないのは魔女という存在の威圧だけではない。それよりも食事の時が非常に緊張させらるのだ。
とにかくテーブルマナーが優雅さを感じさせるほど完璧。食事のコメントも、するどく的を得ている。
僕もシェフとして料理の評価は気になる!が、なにゆえ旅用の食材のため、どうしても生鮮食品の類がいまひとつだ。
「このサーモンのポワレ、見事ね。新鮮さの不足を補うため、ソースにふた手間加えてあるわ。これ以上のソースは考えられないわね。でも、ポルガートワインをソースに使うのは反則よ~。あれは飲むためのものよ、ソースに使ったなんて聞いたら、ブドウ農家の人へそ曲げちゃうわ」
と、造脂の深いことを、にこやかに言われると、身がギュッと引き締められるような心持ちになる。
満天の星空の下、屋外用の簡易なテーブルとイスに納まり、僕の用意するコースの料理をファンさんが食している。かがり火に照らされ、ナイフとフォークを美しく操る様子は貴婦人さながらだ。
「ライス君が、なぜ絶対味覚を持つシェフって言われてるかよく分かったわ。あなた料理を作るとき、一切の味見をしない、つまり材料の味をすべて理解していて、それらが合わさるとどんな味になるのかが分かっている。絶対音感の味覚バージョンね」
「ええ、そんなところです。でも、まだまだ修行中ですよ。実は今回、使節団のシェフとして手をあげたのも、色々な土地の料理の味を勉強したかったんです」
「ふふっ、夢があっていいわね」
明日はいよいよアリーダ王国だ。使節団員としての入国じゃなくなってしまったし、一週間ほど街に滞在し、レストランや料理屋を周ってから帰るか・・僕がそう思うと、荷車を引くロバが返事をするかのごとく、小さくヒヒンと鳴いた。