暗黒魔女白書 ⑨
必死の思いで足を動かし、なんとか教会にたどり着いた。
頭はおかしくなりそうなのに、体には得体の知れない力が満ちあふれている。
たまたま外にいた神父にレーカーのことを問うと、教会の裏にある物置のなかに、レーカーとガイターがいると、吐き捨てるように言われた。
物置・・なぜそんなところに・・
なぜ教会の中の医務室に入れてもらえないのか聞くと、魔に属するものは、教会に入る資格がないという。
こんなところでも、わたしたちは差別を受けなければならないのか・・
レーカーは、じめっと湿気のある物置に、放置されたように床に横たえられていた。
どうして・・どうして・・どうして・・
国のために兵にとられ、人生の最後がこの仕打ち。
あまりにひどい扱いに、涙すら出てこない。
レーカー、ごめんなさい・・わたしなんかと知り合わなければ、死ぬことなどなかったのに・・
地獄だ・・この世の中は地獄だ・・
物置の奥のほうで、傷だらけのガイターがうなっている。先ほどの神父は、ガイターは失明してると言っていた。
ガイターもごめんなさい。わたしがレーカーを守ってなんて言わなければ、あなたは無事だったと思う。きっと、わたしとの約束を果たそうとしてくれたんだね・・
その時のわたしは、もう限界だった。限界の先になにがあるか分からないけれど、もう駄目だと悟っていた。
苦しそうにうなるガイターの隣にそっとすわり、わたしはつぶやく。
「ガイター、わたしね・・戦場から戻った村の男たちに乱暴されちゃったの・・あいつら、レーカーとガイターを敵の真ん中に残してきたって笑ってるのよ・・わたし・・大勢に服を脱がされて怖くて怖くて・・それでね、目覚めちゃったんだ・・魔女の血が・・」
「気がついたら男たちの死体が目の前に散らばっててね・・わたしもうダメ・・」
わたしの言葉が伝わったのか、ガイターは苦しみながらなにか言っていた。
ごめんなさい。ほんとうのわたしが最後にそうつぶやいた。
(レ・ヴェーセルヴォイス・ヴァヴァリアヴァス・ゲレーメス)
わたしの左目よ・・ガイターの視力を再起させたまえ・・
その呪文を終えたとき、左の視界が瞬時に無くなった。と同時に、わたしの中のなにかが、むくりと起き出した。そのなにかは獣のようにうめき声をあげる。
憎い、憎い、この街が、この国が、人間どもが憎い!壊す、壊す、全て壊してやる!
ああ、これが魔女、魔女の血なのだ。その魔女は、まるで夜叉のように怒り狂っている。ほんとうのわたしは心のすみでじっとして、表に出て来た魔女の行いを、じっと傍観するのみであった。




