暗黒魔女白書 ③
「これ、水だけど飲んでね。水分不足は体に悪いからね。でも、冷たい水は体に障るから、さ湯にしといたよ」
そう言われて、わたしは自分ののどがカラカラなのに気づく。
手にとったコップのさ湯をコクコクと喉をならし飲み込む。全身に水分がしみる感じがする。美味しい。
水を飲み干すと、わたしは彼の目を見つめた。
「大変お世話になりまして、有難うございます。わたしファン・エレートといいます」
「そう、たいしたことはしてないので気にしないで。それよりも、君はふもとの街の人だよね。誰か心配されているだろうから、君の状況を説明してこようと思うんだけど、どなたに声をかけてくればいいのかな?」
「・・・」
「どうしたの、ほら泣かなくて大丈夫だよ。泣くと体に悪いからね、元気にならなくちゃ」
今まで、ガイター以外から、こんな優しく声をかけてもらったことなどなかったわたしは、何故か感極まってしまい、声をあげて泣いてしまった。
そして、泣きながら、わたしの今までの境遇を、目の前のレーカー・オーモリ―という男性に語っていた自分がいた。自分が魔法こそ使えないものの、魔女と人間のハーフであることも、包み隠さず話した。
うん、うんと、わたしの話しを聞いてくれているレーカーさんは、少し目に涙をにじませて、でも最後にはニコッと笑って言った。
「ファンさん、きみはこの山小屋に来たゲストです。きみが元気になるまで、ぼくがお世話をしましょう。早く体調をよくして、これからの人生が輝くようにしようね」
見ず知らずのわたしに、魔女だといつもさげすまれていたわたしに、こんなことを言ってくれる人がいるなんて・・ああ、心が震えているようだ。
「有難うございます、レーカーさん。まだ、体が思うようでないので、少しのあいだお世話になります」
「ぼくのことはレーカーでいいよ、ファンさん」
「わたしもファンでいいです、レーカーさん」
キョトンとお互いを見たわたしたちは、それが可笑しくて二人で声をだして笑ってしまった。人とこんなふうに笑い合えるなんて、いつ以来なのだろう。心の霧が晴れるような気持ちだった。
山小屋で静養する自分に、レーカーはとても親身に接してくれた。
まだ体が思うように動かないわたしに、「ほら、あ~ん」と言われ、おかゆを食べさせてもらったときは火がでるほど恥ずかしかったけれど、その中に嬉しさと楽しさが沸き上がり、ずっとこのままでいたい、なんて考えたりもした。
彼はあまり故郷のことは話さなかったけれど、ある日、フライドチキンを作ってくれて、その時はうれしそうに、「これはぼくの故郷のラクサ村で伝わっている味付けのフライドチキンなんだ。これが大好きでね、美味しいかい?」と笑って言った。
その時のレーカーの嬉しそうな顔が忘れられなくて、そうして一緒にたべたフライドチキンがとっても美味しくて、わたしの心に刺さるくらい印象に残ってしまった。
話を聞くに、緑ヘビに咬まれた毒で、わたしの命はほんとうに危なかったらしい。だから、これからはヘビには気をつけなさいと、頭をなでられながら言われた。
彼は薬草の知識が豊富で、様々な調合をし、解毒から傷の治癒にあたってくれたおかげで、わたしの命が助かったのは明白だけど、そのことは一言もいわなかった。奥ゆかしくて、恩にきせるようなことを絶対に言わない。そんな人だった。




