恐怖の一夜 ⑧
吸血鬼が死んだのを見計らったように、倒れていた女性たちが少しづつ立ち上がった。
だが、様子が普通じゃない。
みんな充血したような赤い目で、シャーっと声を上げ、うろうろ動き出したかと思うと互いに体のあちこちを噛みつき合っている。
「やはり駄目だっただ。吸血鬼さ噛まれでも、そんな時間たっでなければ吸血鬼が死んだとき元にもどっこどもあんだけど、これは時間たちすぎてで、完全に感染してヴァンパイア化しちまっただ。もうどうしようもねえだ・・」
ひ、ひどい・・ひどすぎる・・目の前の惨劇に言葉を失う。
するとファンさんはつかつかと壁のほうへ歩き、飾りで立てかけてあった剣を手に取った。
「・・ファン、オラがやるだよ・・」
「いいの、ガイター、わたしがやる。二人とも、外に出て!」
いまからなにがおきるのか察しがついた。
ライスっち行くべ、とガイターさんに手をひかれ、広間のドアから飛び出た。
剣をふるう音と、ギャッという断末魔の悲鳴がかすかに響いてきた。
屋敷の玄関を抜けた僕とガイターさんは、ただ、ボ~っと立って、残酷な役目を担ったファンさんを待っていた。
やがて、コツコツと屋敷から足音が聞こえ、ファンさんが姿を現した。悲しい瞳をたずさえ、口をキッと結んでいた。だが、そのまま僕たちのそばまでくると、ううっと小さな嗚咽をあげ、顔を手で覆い座り込んでしまった。
ガイターさんは泣いているファンさんを見つめると、
「うがーー!」
と雄たけびをあげ叫んだ。
その叫びと同時に、ガイターさんの体がボコボコと膨れあがり、6~7mはあろう巨人へと姿を変えた。
ガイターさんが魔神といわれるゆえんの姿だ。
その巨人は怒りの表情で、吸血鬼の館をガンガン殴って、すさまじい勢いで破壊していく。石造りの壁があっという間に砕け散る。
そのとき、壊された屋敷のすきまから、白いたくさんのなにかが、天にふわふわとのぼっていくのが見えた。
ガイターさんはそれを見つめるとハッとし、こぶしを打ち込むのをやめた。
僕はあわててファンさんの胴に手をまわし、強引に立ち上がらせた。
「ファンさん!あれを見て下さい!」
僕の言葉に、涙顔で、その白いものを眼で追っている。
それは、吸血鬼に哀れにもてあそばれた女性たちの霊だった。
皆、安堵の表情を浮かべ空に消えていく。
そこに、はじめに僕たちに会って、解放してと言っていた女性がいたのが見えた。笑顔でなにかを言っている。ああ、間違いない。
「ファンさん、あの子、あの子がありがとうって言ってます。ファンさんのおかげで解放されったって喜んでます!」
ファンさんは泣き顔でその子をじっと見つめた。そして、その子の霊に手をふると、涙を手の甲でぬぐい、少しだけうれしそうに笑った。
ひときしり手を振ると、ぼくたちのほうへ振り向いて、悲しさと嬉しさが同居したような顔で言った。
「じゃあ、行きましょうか」
そこに、チチチチっと夜明けを告げる小鳥の声が聞こえた。
間もなく夜が明ける。
こうして恐怖の一夜は終わりを遂げたのであった。




