暗黒魔女 ファン・エレート ②
「うわ~!逃げろ~!」
僕のいたマクレチス国の使節団。くだんの大草原を踏破中であった。ところが先頭を進んでいた者たちが、叫び声とともに踵をかえし、最後尾にいた僕の横を通りすぎていく。
この場所からではよく見えないが、狼でもでたのか、それとも・・!
なんだろう、ただならぬ雰囲気に心拍数が上がり、緊張で全身に力が入る!僕も逃げるべきなのか⁉
でも賄いの大荷物を捨てていくわけにはいかないし・・
前方の人たちが続々と後方に逃げ走っていくに従い、目の前の景色があらわになっていく。
若干の距離を置いた位置に、黒づくめの女性。ああっ!やはり魔女だ!その雰囲気で分かる、凄まじい威圧感。出発前に、出会わないよう祈祷まで受けたっていうのに!
僕の目の前には、もう4人の使節団員しか残っていない。ただ、この4人はこの団を警護する目的で配せられた戦士や魔法使い。言葉は悪いが用心棒だ!
「おい!そこの暗黒魔女、ファン・エレートよ!ただちに我々の前より立ち去れい!さもなくば・・ぐぁあああ!!」
戦士が口上を告げ終える前に、魔女が投げキスをするかのように、一度唇に触れた指を戦士の方に向けた。
すると、断末魔の声をあげた戦士が、そのまま固まり石となり、ゴロリと転がった。
「初対面なのに失礼ね」
古より恐れられた、ファン・エレートという名の魔女は、不機嫌そうに髪をかき上げ、僕たちのほうをじっと睨んだ。
魔法使いのおじいさんが呪文をとなえ、手に持った杖より炎を放射したが、魔女の左手に全ての火を吸い取られた。
その手の残り火を魔女がフーッと息をかけて飛ばすと、煙が魔法使いのおじいさんと、その両となりにいた剣士、神父までもを包み、3名とも戦士同様に石像と化し、芋が転げるかのごとくゴロリゴロリと横倒しになった。
ふっとした静寂のあとに残るは僕とファン・エレートの二人のみ。
どういう心境なのか理由はわからないが、なぜか僕の顔をじっと見ている。
ぼ、僕も石の像にされてしまうのか・・・
ところが、少し微笑みを浮かべた魔女が、絶体絶命、緊張で固まる僕に問いかける。
「あなたは、年はいくつなのかしら?」
「じゅ、15です・・」
「ふ~ん、その胸章はシェフのマークよね、15歳で?」
「は、はい・・そうです」
いぶかしそうに僕を見た魔女は、ぴくっと眉をつり上げた。
「あなたの腰に提げてあるその袋、その中身を見せてほしいのだけれど」
「あ、あ、こ、これはですね、僕の昼食用のフライドチキンが入ってるだけで・・」
「・・・」
「こ、このチキンの味付けは、僕の故郷の甘じょっぱい味付けなんで、そ、その、万人用に作ったものじゃないので・・よければ新しいものをお造りしま・・」
「ごたくは結構よ、わたしはそれが見たいの」
僕の言葉をさえぎり、再度の要求をされた。
仕方がない、僕は腰に吊るした布袋の中の、ガゼリの葉に包んであったフライドチキンを取り出した。