暗黒魔女 ファン・エレート ①
ここはマクレチス国の西端にある大草原。
青天白日、見渡す限り緑の草が生い茂る中、僕はこの地を横断し、地平線の先にあるであろう、隣国のアリーダ王国まで歩いて行く途中。
トラブルがなくても横断に10日はかかると言われる広大な土地なので、それなりの用意が必要となる。
ロバにひかせている荷車には大量の食糧が積んであって、本当なら三十人近くになる集団の賄いになるはずだった。
だけど、僕以外の人物は集団を離脱となり、今は2人で隣国へと歩を進めている状況だ。
いま2人と言ったけど、2人という言い方が合っているのか分からない。僕は、となりを歩く人物?をチラリと横目で見た。
僕の視線を感じたのか、それとも彼女?が既に僕を見ていたのか、そんなことはどうでもいいが、とにかくお互いの視線が絡んでしまった!
「今日の夕飯はなにを食べさせてもらえるのかしら?」
僕のとなりを歩く魔女がニコリと微笑み話しかけてくる。
う~、背中がゾクゾクする。
そう、となりを歩く人物とは魔女!
その魔女の細おもての顔は、あまりにも美しく、つややかな黒髪がその美しさを一層際立たせている。
華奢に見える体つきで、黒いドレスに黒いロングコートを身にまとい、頭にはとがり帽を冠している。
魔女が持っているはずの杖のたぐいを手にしていないが、彼女いわく、杖は魔女が魔法を使う際の触媒であるが、彼女ほどの大魔女になるとそんなものは必要ないらしい。
はた目には、ただ美人と同行しているように見えるかもしれないけど、実際彼女からは黒いオーラというのか、近寄りがたい危険な空気が吹き出しているのがわかる。美と闇が表裏一体と化している。
古来よりこの草原を横断するものにとって、この魔女と遭遇することは、死を覚悟すべき事案であった。
暗黒魔女、ファン・エレート。彼女の名前だ。
隣国のアリーダ王国との交流が鈍化しているのは、ひとえに彼女がこの地を所在場所としているのが原因なのだ。
現に僕のいた集団は、アリーダ王国との親善を図るための使節団だったのだが、母国を出発し、この大草原を横断中に彼女と遭遇。おおかたは逃げ出し、それ以外の者は石に変えられ、シェフの僕がただ一人残った次第である。
そう、僕の職業はシェフ。アリーダ王国へ向かう使節団の賄いを担い、現地の交流会では我が国の料理を晩餐に添える役をすることになっていたんだ。
でも、彼女に遭遇してしまった。
だけど、なぜ僕は厄災を受けず、こうして生きていられるのだろうか?理由はよくわからない。・・それは・・2日前のことだ。