第3話 違和感
ハンスたちがこの小屋にたどり着いて、はや一週間経った。朝起きるとベリーを食べ、本館の前にある池で洗濯をする。
「お水が湧いてるところがあって良かったね、お兄ちゃん」
それからは周囲の探索だ。幸いにしてこの一週間まだ雨が降っていないが、半分朽ち果てた小屋では雨に濡れてしまうし、これから冬になれば、寒さを凌がなければならない。それにベリーがいつまで食べられるのかも分からない。やることは山積みだ。
「ああ、斧やクワがあればなあ……」
ハンスがつぶやく。彼は木を切ったり、畑を耕したりするのには慣れていたが、それには道具が必要だ。小屋にあったものは小屋同様に古びていて、たとえ柄を替えたとしても使えそうにはない。鉄の部分も錆びていてぼろぼろだ。
「迷子になるといけない、その柵から外へは行ってはいけないよ」
お屋敷の敷地はとても広いので、柵の中を探索するだけでも一苦労だ。それに、柵の外には暗い森が広がっている。とても足を踏み入れる気にはなれなかった。
お腹が空いてくると、またベリーを口にした。よほど栄養価が高いらしく、ハンスもグレーテもすっかり健康になってきた。一週間前までの痩せこけた体が嘘のようだ。
お腹がいっぱいになった二人は、少し昼寝をすることにした。眠るのはいつも小屋の中だ。森の動物に襲われたりしたら大変だ。あんなボロ小屋でも、家の中だと安心できるのだ。ハンスはドアを開けて小屋に入ると、隅のほうで横になった。
「ねえ、お兄ちゃん。ドアって不便よね。だってわたし背が届かないんだもん」
「うん? いきなりどうしたんだい?」
「ドアって不便よねってこと。ドアが出来たら、開けないとおうちに入れないじゃない。あーあ、前は壁のすき間からおうちに入れたのになあ……」
その言葉に、ハンスははっとした。ドア? そうだ、最初に来たときにはこの小屋にはドアなんてなかった。ドアどころか、囲う壁すらなかったのだ。それなのにいつの間にか壁に囲われ、ドアも出来ている。それに、屋根もきれいに小屋を覆っていた。
「壁の道具……!」
壁に掛かっていた道具が、いつの間にか新品のようになっていた。しかも家にあったものより、何だか一回り小さい。まるでハンスのためにあつらえたかのようだ。
「そうだ、最初に来たときは池もなかったよね。それなのに、今は高く吹き出す水まである……!」
何かが起こっていた。それこそ、母さんが寝物語に聞かせてくれた魔法のお話のような。魔法なんてものは、お話の中だけだと思っていたのに! ハンスは身震いした。ここは魔法使いの家かもしれない。何かを「代償」に、このお屋敷は立派になっているのだ。
「……でもまあ、どうせほっといても死ぬ運命だったんだ。たとえぼくらの生気を吸ってこのお屋敷が成長していたとしても関係ない。生きられるところまで生きてやるんだ」