第11話 「外」の世界へ
「ねえ、あれからまた、計算し直してみたのだけれど……」
お屋敷の規模がかなり縮小されてから二、三日経ったある日。グリゼルダが紙をくわえてやってきた。
「少し……というか、ずいぶんと期間は短縮されたのだけれど。まだまだ足りないわ。わたくし自身も猫の姿になって、魔力を自分でも溜められるようにはなったのだけれど。もう、あの勇者ときたら! ほんと性悪よね!」
そしていつものように、ほおを膨らませた。ひとしきり悪態をついたあと、グリゼルダは急に不安そうな顔になって、ハンスたちの足下にやってきた。体をすり寄せながら、彼らの顔を見上げる。
「……だから、あなたたちの寿命を全部使ったとしても、わたくしの復活は成就できないわ……。わたくしのこと見限るのなら今のうちよ? ……もっとも、わたくしの全知識の伝授が終わってからという選択肢もあるのだけれど」
ハンスとグレーテは二人で顔を見合わせ、吹き出した。
「ははははは! せ、先生の知識をすべて吸収しようとしたら、それこそぼくらの人生だけでは終わらないですよ! 心配なさらないでください。ぼくは好きでここにいるんですから! グレーテはどうだい?」
「あたしも先生のこと大好き! ……でも先生は猫ちゃんの姿より、元の人間の姿に戻りたいんでしょ? 復活をあきらめないで、できることをやったらいいと思うの」
「あ、あなたたち……!」
グリゼルダは生来人付き合いが苦手で、自分の殻に閉じこもりがちであった。封印されてからは本当に一人で、実際の研究が出来ないことを除けば、それはそれなりに楽しんできた。考えることはできていたから。
そして今、自分のことをこんなにも慕ってくれる幼い二人の存在は、グリゼルダにとって予期せぬものであり、そして初めてのことであった。昔身の回りの世話をさせていた使い魔たちの代わりとして使い始めた彼らだったが、使い魔とは違って、反応が返ってくるのは面白かった。
使い魔たちは自分に従順であったが、それだけだった。まあ、そのように作ったからなのだけどと、グリゼルダは彼らのことをしみじみと思い出していた。もしあの子たちに人間のような感情を与えていたら……と、そう考えてもみたが、いいえと、かぶりを振った。もしかしたらうまくいったかもしれない。でも、この子たちだからこそ、こんな気持ちになれたのかもしれないのだ。
「? 先生、どうなさったのですか?」
いきなり頭を振ったグリゼルダに対し、ハンスは心配そうに尋ねた。
「ううん、何でもなくってよ。ちょっと昔のことを思い出しただけ」
「なら良かったです。そうだ、先生。一つ提案があるのですが……」
「何かしら?」
グリゼルダは、流れそうになった涙をむりやり引っ込めると、ハンスを見上げた。
「魔力を集める対象を増やしたらいかがでしょうか?」
「対象を増やすですって?」
首をかしげるグリゼルダに対し、ハンスは続けた。
「はい。今はぼくとグレーテの二人だけから魔力を吸い取っています。この人数を増やしていけば、今の二倍三倍のペースで溜まるのではないでしょうか? 人数次第ではもっと……」
「却下ね。ここにはわたくしの『本体』がいるの。どこの馬の骨ともしれない人間を招き入れるのはごめんだわ」
「どうしてぼくたちのことは入れてくれたんですか?」
「な、た、たまたまよ! たまたまそんな気分だったわけ! ……まあ、しいて言うなら、わたくしが封印されてから、初めて会ったのがあなたたちだからかしら。何百年も誰も来なかったし、あなたたちを逃したらまた長いこと誰も来ないかもしれないじゃない! で、薄汚れているし、今にも死にそうだし、死んだら寝覚めが悪いし、まかり間違ってもわたくしを害しそうにもないしで迎え入れたってわけ」
長々と早口でしゃべったあと、まあ、あなたたちは当たりだったわけだけど、と小さく付け加えた。ハンスはいつも通りのグリゼルダの様子に少し苦笑し、ふと真面目な顔になった。
「ぼくたちが初めての来訪者……。どうしてここは何百年も見つからなかったのでしょうね? ぼくたちの住んでた村は森のすぐそばにあったんですけど、ここには子どもの足で一日足らずでたどり着けたんです。たしかに森の奥は危険だって父さんは言ってたけど、あの当時日照りが続いていて、結構みんな森の中まで食べ物を探しに行ってたはずなのに……」
「あら、あなたたち、森のすぐそばに住んでいたのね? そうね、わたくしが封印される前、たしかにここの周りには大きな森があったわ。でも、森の外に行くこともあったし、人里だってあったわ。そうね……考えもしなかったけど、今まで人っ子一人来なかったのはおかしいわね……」
考え込むグリゼルダ。ややあって、パシッと尻尾で床を叩いた。
「百聞は一見にしかず! わたくしは猫の姿でも魔力を集められることだし、わたくしの時代とどう変わったか見物にいきましょう。最新の魔法研究も気になることだし。そうなれば善は急げね、さっそく明日出発よ!」




