第10話 足りない魔力
グリゼルダがなぜ猫の姿をとるかの説明が抜けていました。申し訳ございません。最初の段落を付け加えました。
「いいこと? これからわたくしは猫の姿になるわ。魔力を溜めてわたくしの封印を解くのよ。魔力の無駄遣いなんてしていられないわ」
そう言うと、グリゼルダは黒猫の姿になった。「本体」が封印されている今、長時間元の姿の幻影を出すことは魔力の無駄遣いになる。というわけで、使い魔である猫に自身の意識を宿らせることにした。そして、ハンスたちを魔法使いとして成長させ、魔力を搾り取って自らの復活を目指そうと画策した。封印を解くには膨大な量の魔力がいる、それこそ、封じた勇者が使った魔力以上の。いきなり猫になった彼女に、ハンスは驚き、グレーテは大喜びだ。
それから、グリゼルダによる教育が始まった。今まで文字に触れたことがなかったのだが、彼らの吸収は早かった。今までの分を取り戻すかのように、どんどん学んでいったのだ。魔術のほうも、さらになじみはなかったが、着実に成果を上げていった。最初は打算のみでやる気のなかったグリゼルダも、面白いように吸収していく二人に興味を覚え、熱心に指導するようになっていた。そして何回か目の春を迎えたある日のことである。
「ちょっと! 計算してみたのだけれど、このままだとわたくし復活までの魔力が溜まるまでに、あなたたちの寿命が来そうだわ!」
「え、そうなんですか先生? もう少し訓練する時間を増やしたほうがいいでしょうか? そうだ、睡眠時間を削れば……」
十五歳になったハンスは、困ったように言った。ただでさえ真面目な彼は、ほうっておくと、いつまででも集中して本を読んでいる。
「これ以上時間を増やすことは出来ないわ。それにちょっとやそっと増やしたくらいで、どうこうなるものでもないし。ああ、まったくあの勇者ときたら! よっぽどわたくしのことが憎かったようね、こんな念入りに封印をほどこすなんて!」
グリゼルダは、フーッと毛を逆立てた。怒りっぽい彼女のそんな姿を見るのはハンスたちにとって日常茶飯事だったが、今から死ぬまで頑張っても彼女が復活できないと聞いてしょげてしまう。なんといっても、彼女は自分たちに食事と住む場所、それに知識を与えてくれた恩人であるし、その恩義には報いたいと思っていたのだ。もっとも、彼女のほうもハンスたちのおかげで不完全な形ではあるが復活できているし、生活全般の面倒を見てもらっているので、それなりどころか、かなりの貢献はしているのではあるが。
「あなたたちが仮に百まで生きるとするでしょう? そうすればだいたいあと九十年ってところね、二人で百八十年……無理だわ、このままのペースだと、半分どころか五分、いえ十分の一も溜まりやしない!」
「ええっと、あたしたちも先生みたいに不老不死になるっていうのはどうですか?」
大きな目を見開きながら言うグレーテに、グリゼルダはため息をつきながら答えた。
「不老不死ね……。そんなたいそうなことは、それこそ人外にしかできないわ。わたくしには無理。それに……いいことばかりではないわ。知り合いが亡くなっても、世の中に飽きてしまっても、ずっと生きていかなければならない。死にたくても死ねないのよ。もっとも、わたくしはまだ人生でやりたいことがたくさんあるから好都合なのですけれど!」
三人で、額を付き合わせて考える。三人寄ってみても、特に良い考えが思い浮かばない。グリゼルダの数ある蔵書の中にも、劇的に魔力量を上げる方法の記述は見当たらなかった。
本来魔力量というものはじっくりと時間をかけて上げていくもので、出発地点に個人差があったとしても、上がるペースについてはほぼ一定であることが判明していた。
空気中に含まれる魔素は体内に取り込まれ、蓄えられる。その蓄えられたものが魔力であり、吸収排出を繰り返しすることにより、蓄えられる量自体がじわじわ増えていくのだ。
「このお屋敷内に巨大な魔法陣を書くのはどうかしら? 魔力吸収の効率を上げるのよ」
自分の中にいる者の魔力を吸い取りながら、お屋敷は自身を維持していた。そして、その余剰分がグリゼルダに送られ、彼女の復活を手助けしている。
「それに魔法の術式を小さくびっしり書いて。ああ、もっと効率的な式を考えついてからのほうがいいですね」
「そうね、既存のではなく新しい術式を……」
専門的な話をしだしたグリゼルダとハンスを見て、グレーテはお茶をいれに行った。ああなると、あの二人は周りが見えなくなるし、自分はまったくついていけない。グレーテは十歳、学問では兄のハンスにまったく敵わないのだが、純粋な魔力量ではグレーテのほうが優れていた。
お茶をいれて戻ると、二人は大きな紙に何やら式を書き散らしていた。
「二人とも、お茶をどうぞ」
「ああ、ありがとうグレーテ」
お茶を飲みながらああでもないこうでもないと話し合う二人を見ながら、グレーテは彼女なりに考えてみることにした。猫のグリゼルダもかわいいけれど、人間に戻ったグリゼルダにも会ってみたい。そう思ったのだ。
「ああ、もう! たしかに理論上効率はかなり上がったけれど、まったくもって足りないわ!」
「そうですね……時間をかけてじっくり考えるしかないようです。お屋敷の中にいる以上、ぼくたちの体から漏れ出る魔力はすべて先生の復活のために使われているのに、それでも足りないなんて!」
ハンスのその言葉に、グリゼルダは一瞬考え反論した。
「いいえ、すべてではないわ。お屋敷は自分自身を維持するのに、まず魔力を使うもの。その残りがわたくしのところに流れてくるのよ。ここって広いでしょう? 維持する魔力も……」
そう言いながら、グリゼルダははたと、ある大事なことに思い至った。
「お屋敷の規模を小さくすれば良いのではないかしら?」
その、当たり前といえば当たり前すぎる提案に、ハンスたちはうなずいた。
「ああ、そうだったのですね。確かにこのお屋敷はぼくたち三人には広すぎますもんね……。図書室と台所と寝る部屋さえあればいいのでは?」
「……そうね。この際、贅沢は言ってられないわ。ちょっと間取りを変更しましょう」
そもそもわたくしが封印される前も、それくらいしか使っていなかったのだし……。そう小さくつぶやくグリゼルダの声を、ハンスたちは聞こえないふりをしてあげた。




