第1話 朽ちた小屋
暗い森の中を、子どもが二人歩いていた。
「お兄ちゃん、お腹がすいたよう……」
「グレーテ、がまんするんだ。兄ちゃんが食べるものを見つけてやるからな」
そうは言ったものの、ハンスにはまったく当てはない。彼は十歳で、妹のグレーテはまだ五歳だ。
「父ちゃんも母ちゃんも迎えに来てくれなかったし……」
森のそばに、彼らの村はあった。普段遊んでいる穏やかな森も、奥深くまで行くと、様子は一変する。木々は生い茂り、日が差さないから真っ暗だ。いや、もうすでに夜なのだろうか。
ハンスは、自分たちが口減らしのために捨てられたことに、薄々気がついていた。
何年も続く不作により、餓死者もかなりの数出ていた。一家で心中したところもある。彼らは殺されなかっただけましなのだろうか。
「お兄ちゃん、もう歩けないよう……」
グレーテはとうとう座り込んでしまった。
「よし、じゃああの木の陰で今日は休もう」
無事に次の朝を迎えられるか。ハンスは森の獣たちのうなり声を聞きながらそう思ったが、普段からあまり食事ができていない上に、今日は一日歩き通しだった。彼自身も限界が近かったため、木の陰に倒れ込むようにして眠ってしまった。
次の日、二人とも奇跡的に無事だった。昨日は置いて行かれたと気がついてから、森の出口を目指して歩いていたが、歩けば歩くほど道に迷い、どんどん森の奥へと入っていった。今日もまた、歩き続けるのだろう。餓死するのが先か、森の獣たちに食われるのが先か。
森の中は、朝になってもやはり暗かった。当てもなく二人でさまよっていると、グレーテが前方を指さして叫んだ。
「お兄ちゃん、あっちを見て! あっちは明るいよ!」
「ほんとうだね、グレーテ」
ハンスはにこやかに言った。確かに光が見える。しかし、森の出口というわけではなさそうだ。しかし、それを言うのは気が引けて、ハンスはグレーテの手を引いて光の方へ歩いて行った。
「お兄ちゃん、小屋よ。小屋がある!」
「本当だ、何でこんなところに……」
森の奥深くに、少し開けたところがあって、そこには小屋があった。小屋といっても、ほぼ朽ち果てていて、かろうじてそれと分かるぐらいだ。
「ここは倉庫だったのかな? ほら見て」
「本当だ、クワやスコップがある」
そのほかにも農具が壁にかかっていたが、小屋と同じようにすべて朽ちていた。
「お兄ちゃん、ここをわたしたちの新しいおうちにしようよ」
空腹と疲れのことを忘れたかのようにはしゃぐグレーテを見て、ハンスもうなずいた。
「そうだね、ここをぼくたちの家にしよう」
暗い森の中で見つけた、光のさす明るい場所。ここでいつまで生きられるか分からないが、人間は光の中で暮らすのがいちばんいいのだと、ハンスは思った。