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※注意
暇な時間にパッと作っている作品ですので、誤字脱字は多々あります。
日差しの暑さに雪のような肌が焼ける。
山頂からは見渡す限り一面の緑が地面を覆い、遠くでは空の青色と混じり合っている。
風はなく、鳥の囀りさえ耳には届かない。
そんな区切られた世界の中、木陰の下で膝を抱えた少年がいた。
年のころは10に満たないだろう。村人らしくみすぼらしい服を着ていたが、どこか品のある佇まいはその容姿ゆえだろうか。世界に溶けるてしまいそうな白い髪。なよなよしさのない秀でた眉に、宝石のような赤色の瞳。
天使のようだ、と誰かは言った。それ程に彼は美しい人であった。
風が少年の髪を揺らす。同時に木々の揺らめく音が鼓膜を揺らした。
ああ、みんな生きているのだ、と年甲斐もなく少年はそんなことを思った。
「おーい! レンー!」
誰かの声がした。年端もゆかぬ幼い少女のような声だった。
レンと呼ばれた少年は声のした背後を振り返ろうとして、突然視界が暗くなった。
「だーれだ!」
そんな元気な声と背中にもたれかかるような重み。レンは頭に浮かんだたった一人の少女の名前を口にした。
「アン」
「大当たりー!」
嬉しそうにアンがそう言うと同時に、視界が開けた。
少女へ目を向けると、笑顔でバンザイと手を上げていた。
レンと同様に10歳に満たないであろう年頃。快活な笑顔と、ポニーテールの髪が印象的な少女であった。
レンは大げさに喜ぶ彼女に思わず笑顔になる。
「こんなことするのはアンだけだよ」
「そんなことないよー。わたしお母さんにされたよ?」
「アンのお母さんは…、しそうだな」
「でしょ?困るなぁレン君。わたしを子供扱いしてもらっては」
勝ち誇った顔で自身の胸に手をあてるアン。
子供扱いも何も、僕たちは正真正銘の子供なのだがとレンは思ったが、それを口に出さない程度にはレンは大人なのであった。
「ごめんごめん。アンは立派なレディだったね」
「よかろうなのです。ですが、罰を与えます。悪いことをしたので。
なので、罰としてわたしとどんぐりを拾うこと」
「どんぐり?いいけど何に使うの」
「コマにして遊ぶの」
「子供じゃん」
「子供じゃないから!レンよりはたくさん大人だから。ほらほらこんなところにずっといないで、はやくいこうよ」
アンが急かすようにレンの手を取って立ち上がらせる。
手を引いたアンのその力強さに、レンは目を開いた。
「アンまた力強くなったね」
「え、うん。まあ、お母さんのお手伝いとかで鍛えてるからね。男の子のレンよりはずっと強いよ」
むんと力こぶを作ろうとするアン。未だ子供らしくほっそりした腕であったが、レンの腕よりは随分と逞しく育っていた。
お互い子供ではあれ、既に女と男の成長の違いがでてきている。身体も、心も。
「アンが強くなってくれたら村も安心だね」
「任せて!村のみんなはわたしが守るから」
頼もしい笑顔を見せる少女に、レンは眩しいものも見るように目を細めた。
広大な自然を背にしたアンとその自然全てを、ずっと見ていたくなる。
(幸せってこういうことをいうんだろうな)
災害も争いもなく、何一つ欠けていない完成した浮世。
豊かで穢れのない自然、帰るべき家、将来の伴侶。ここには少年が求める全てがあった。
これ以上得るものもないだろうが、これ以上望むものだってない。
「ああ」
レンは山と空の境界のその向こう、はるかの地平をじっとみつめた。
どうかこのまま、愚鈍で平凡な人生であるりますようにという願いをこめて。
「もう、レン何見てるの?はやくどんぐりを拾いにいこうよ」
「うん、そうだね」
アンに手を引かれて、レンは歩き出したのだった。
★☆★☆
「猪や熊が出ると危ないので、レンはわたしから離れないように」
うっすらと木漏れ日の刺す、どんぐりの木の下で、アンはレンの手を握りながらそう言った。
彼女の左手には剣、右手にはレンの手が握られている。
「あー、うんわかったけど、これだとやりづらいかも」
レンは握られた手をあげてアンに意見する。心配してくれるのはありがたいが、木の実を拾うとなると片手では作業がやりづらい。せめて手の届く範囲で作業せてもらう程度にとどめたいところだ。
「なるほど」
と、彼女は納得した様子でうなづく。
意気込み過ぎて少し空回りしていまったようだ。レンは微笑ましい彼女の行動に笑みを浮かべた。何はともあれ、分かってくれればいいのだ。
そうしてアンはレンの手を放し、剣を右手に持ち替えると、左手でレンの手を握ったのだった。
「よし!」
「よしじゃないよ、アン」
「え?」
「え?、じゃないよアン。これじゃ何も変わっていないじゃないか」
レンの言葉に、アンは左手を見た後、右手をみて、
「?」
レンの顔を見て首を傾げたのだった。
結局何も分かっていなかった。当然といえば当然だろう。
「ごめん、僕の言葉足らずだった。手をつないだままだと作業がし辛いから放してくれるとありがたいんだけど」
「ええー。わたしは危ないから繋いでいたほうがいいと思うな」
「でもこれじゃどんぐり拾えないよ」
「それは困るね」
「でしょ、じゃあ放してよ」
「うん、わかった!」
物分かりがいいアンあっさりと受け入れ手を離した。
「やっぱりやめた!」
そして直ぐに手をつなぎなおしたのであった。
「アン…」
「危ないから!」
「いや」
「危ないから!!」
「…、わかったよ。せめて剣は持たずにアンも拾ってね」
「わかった!」
返事はいいんだけどな、と困ったようにレンは笑った。
仕方がないので、手はつないだまましゃがみ込む。地面には沢山のどんぐりが落ちていたので、適当に選べば支障はないだろう。
「こんくらいの大きさのどんぐりを見つけてね」
アンが手をいっぱい広げて、キラキラとした目でレンをみた。
「それはもうどんぐりじゃないだろ」
「でもお母さんが見つけたことあるって…」
「うーんあるのかもしれないけど、そのどんぐりじゃコマにはできないんじゃないかな」
「なるほどなー。じゃあふつうのどんぐりにしよ!」
「そうしようそうしよう」
レンはそう答えながら地面に転がったどんぐりを数個ひろう。
「もうレン、どんぐりは適当に選んじゃダメだよ」
「そんなの変わるものかな」
「全然違うよ。お母さん曰く、そこそこ丸なやつが最強だって」
「全部そこそこの丸だよ」
少なくとも、見渡す限りのどんぐりは、全部丸いどんぐりである。
「アンのお母さんがどんぐりコマが上手なの?」
「うん。お母さんはどんぐり魔王だから」
「どんぐり魔王…」
ダサい。という言葉をすんでのところで押しとどめた。
「魔王って、山のずっと向こうにいるっていう恐い王様のこと?」
魔物という人を襲う凶暴な動物を使って人間を滅ぼそうとしているらしい、ということだけレンは大人たちから聞いていた。村の近くにも魔物はでることがあるが、実際に見たことはなくどんな生き物であるのかは想像するしかない。
「それとは違って、世界中の全部のどんぐりの王様なんだって」
アンは拾ったどんぐりを空にかざして片目をつむって見つめた。
それで一体何がわかるんだろう、とレンは純粋に思った。
「ふーん。なんで魔王なの。悪いことをしそうなイメージはないけど」
「わからない」
「お母さんはなにか言ってなかったの?」
「お母さんもわかんないんだって」
「なんでわからないんだよ…」
大方設定を考えるのが面倒になったからであろう。
大雑把というか豪胆というか、アンの母親はいろいろと自由な人なのだ。
「おーい!」
誰かに呼ばれる声がして、二人は立ち上がり、声のした方向を向いた。
数十メートル程離れたところから手を振る人の姿が見える。
アンもその姿を見つけると、ブンブンと手を振り返していた。
「アンの知ってる人?」
「全然知らない!」
「そっかー」
人見知りしない彼女であるが、人を疑わない性格は少し心配になる。子供らしいと言えばらしいのだが、見ず知らずの他人が手を取り合えるほど優しい世の中ではないことは村の大人たちから教えられてきたことだ。
レンは遠くから歩いてくる2人の人間を観察する。
1人は30歳程のシスターの衣服を着た女性。温和な笑みが印象的な大人である。
そしてもう一人は動きを重視した最低限の鎧と、腰に剣をさした少女だった。年は15程であろうか。肩の辺りで切り揃えられた綺麗な金髪が印象的だった。
「アン、知らない人だから一応気をつけてね」
レンは小声でアンに言った。
「うん。レンはわたしが守るから安心してね。絶対に手は放しちゃだめだよ」
「頼りにしてるね」
そう言うと、2人が握る手に力がこもった。
「こんなところでどうしたの?」
近づいてきた女性にアンは笑顔で迎えた。
突然襲い掛かられても対処でき、逃げられる距離を保ちアンは2人の女性と会話することにする。まともに戦っては勝てないだろうが、枯葉や木の根で地形は悪く逃げることは十分可能だ。物心ついた頃から遊んでいるため地形は完璧に把握しており、森中の移動だって慣れたものだ。
すると、アンとレンの警戒を察したのだろう、シスターと旅服の女性は声の届く程度の距離で止まる。
「この辺りに村はありませんか? そこにいるシスターに用事があるのですが」
落ち着いた声でシスター服の女性が言った。
「シスター?」
「メリーさんのことじゃないかな。あの人一緒の格好してるし」
アンの質問にレンが答えた。
レンは日がな一日飲んだくれている、聖職者とはまるで思えない女性を頭に浮かべた。
レン自身は何度も話をしたことがあるのだが、アンはあまり神様というものに興味がないらしく、教会に顔を出したことがなかった。
何の仕事をしているのかもよく理解していないだろう。
「メリーさんのお友達ですか?」
「お友達、というよりお仕事の仲間ですね。お仕事をしに今日はここへきたのですよ」
「なるほどなー」
全然理解できていない様子でアンは返事をした。
「レン、どうしたらいいの?」
「教えてあげていいんじゃないかな。メリーさんの知り合いらしいし、問題を起こしてもお母さんたちがなんとかしてくれるよ」
自分たちではどうしようもない。知らないふりを通しても彼女たちは勝手に探すのだろうし、村だって辺境にあるというだけで特別閉鎖しているわけでもないのだ。
それに、困っているのであれば助けてあげるべきだろう。
「わかった。――――――村はあっちにあるよ!」
アンは西の方角へゆびをさす。
ここからは木々に隠れて何も見えないが、十分ほど歩けば村へたどり着く。
「ありがとう。そちらへ向かいますね」
シスターは丁寧にお辞儀すると、隣りの少女へ「行ってみましょう」と促した。
「畏まりました、シスターベル。――――ご協力ありがとう」
金髪の少女は2人にそう礼をして歩いて出ていった。
その洗練された動きは見惚れるくらい美しく、レンは生まれて初めて綺麗な女性というものを見た気がした。
その背中をアンとレンはボーっと見送って、木々に隠れて見えなくなった頃にアンが口を開いた。
「カッコイイ人だったね」
「うんそうだね」
レンはどちらかというと綺麗という印象を受けたのだが、アンは違ったようだった。
これが男女の感性の違いだろうか。
「わたしもあんなふうになれるかなぁ」
願うようなその言葉。彼女にしては弱々しく、自信なさげに呟いた。
「きっと大丈夫だよ。僕はアンのこと信頼してる」
「レンは優しいよね。ずっとずっとさ」
「どうだろう。僕だって変わってしまうかもしれないよ。他の男の人みたいに女の子が嫌いになって辛く当たるようになるかも」
それが一般的な男の性格といわれている。女は汚らわしく、男は尊いもの。
女は常に男を求め、男はそれを侮蔑するのが世の常だと教えられてきた。村に同年代の男の子はいないが、大人の男性にもそういった光景が時折見受けられる。
レンにお菓子を振る舞うことはあっても、アンにはあげないとか。なんでそんなことをするのかと、責めるように聞いたことがあるが、それが常識なのだと窘められた。レンも傷ついた様子もなく『当然だよ』と笑っていたことを覚えている。
ずれているのは自分なのだろう。幼いながらも彼はそう理解する。きっと感覚や考えが人とは違うのだと。
まだ子供だから、と大人の人達は納得しているが、レンは自分が大人になった時を思うと不安になる。今はいいのだ。子供なのだからと微笑ましく受け入れられている。しかし、大人になって分け隔てなく女性に笑顔を振りまいていたら、どう思われるのだろうか。卑しいやつだと軽蔑されるのだろうか。気味の悪いと敬遠されるだろうか。
そんな起こりえる未来を考えると、不安になってしまうのだった。
「わたし、頑張るからね。誰にも負けないくらい強くなって、頭だって良くなって、これからもレンをずっと守れるように。
いつかレンがわたしを嫌いになったって、わたしだけはレンの味方だって。胸を張って言えるように」
遠くを見つめ、真剣な眼差しで彼女は誓う。
そんな頼もしい言葉に、レンはつい顔がほころんでしまう。
そうだ心配なんていらないのだ。自分には彼女がいる。いつも勇気を与えてくれる、世界一の味方が。将来は僕一人のものじゃない。いままでもこれからも二人でずっと紡いでいくのだ。
「うん、これからもずっと頼りにしているよ」
「任せて!」
強く強く手を握る。決して離れないように。
果てのない未来まで繋がっていられるようにと。
「じゃあまあ、どんぐり魔王様のお眼鏡にかなうどんぐりを探そうか」
「そこそこ丸いやつね」
「だから全部丸いんだって」