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死霊憑きにつき。  作者: 五月七日 外
死霊憑きはあの夏をもう夢見ない。
8/23

春野侑希

 その日、僕はある人と会う約束をしていた。

 待ち合わせ場所は喫茶店。いつもの、菖蒲の店ではない。僕の家から二駅ほど離れたところにあるチェーン店だ。

 お昼時を越えたからだろう、数十分前までの喧騒さはどこへやら。世間話に花を咲かすマダムや家族連れの客はすっかり消えてしまい、店内に残るのはパソコンと睨めっこする学生や読書を楽しむ人くらい。物静かな喫茶店の雰囲気に戻っていた。


 カランカラン────と、来客を知らせるベルが鳴る。

 アイスコーヒーも空になっていたのでタイミングがよかった。注文は彼女と一緒にしよう。……そんなことを考えていると制服姿の少女と目が合った。

 一応、軽く手をあげておく。


「連れがいるので……」


 店員との短いやり取りを済ませ、彼女は僕の方へと真っすぐ歩いてくる。僕の正面に座ると、鬱陶しそうに後ろ手に縛っていたゴムを解いた。

 時間が結構ギリギリだったのだろう。着替えも出来ていないし、首元にはうっすらと汗が浮かんでいる。


「暑い……」

「夏だから」

「そうだけどぉ」


 席について早々。そんな愚痴をこぼす彼女を僕はずっと観察していた。

 全体的に線は細いが陸上で鍛えられた体にはバランスよく筋肉がついており、日焼けした小麦色の肌は健康そのもの。短く切りそろえられた黒髪は走るため。彼女の心の強さを示すかのようなつり目は鋭さこそあれ、そこに威圧感はない────と、目の前の少女の姿は見れば見るほど……どこからどう見ても〝春野瑞希〟だった。


「えっと……先に注文済ませちゃっていい?」

「どうぞ」


 僕もそのつもりだったので、彼女の提案に乗る。

 二人ともアイスコーヒーを頼むと、しばらくしてから店員がトレイにのせて運んできた。

 彼女は苦いものがダメなのか、砂糖とミルクを入れてからストローを口にする。

 一息ついたところで、僕の方から話を切り出した。


「で?結局君は誰なんだ。昨日のアレは君にとって夢みたいなものなんだろ?」

「そうですね……」


 思慮するように、目の前の誰かはアイスコーヒー片手に空を眺める。

 昨日の……とは、本馬陸上競技場での出来事のことだ。

 僕は昨日、春野瑞希を殺すつもりで能力を使用した。しかし、そのときに見たモノから彼女をいま殺すのは早計だと判断していた。その場で事情を聞ければよかったのだが、「明日話しますから」とだけ告げられ、まるで夢でも見ていたかのように春野瑞希は僕たちの前から姿を消してしまったのだ。

 そして今朝、待ち合わせ場所と時間を記したメモが菖蒲の店の入り口に挟まっていた。


「色々あるけど……まずは私の名前から」


 言って、彼女は鞄から生徒手帳を二つテーブルの上に取り出した。

 一つは春野瑞希のもの。

 そして、もう一つ。

 春野瑞希に似てはいるものの、華奢で肌の白い少女が写った顔写真。それは……


春野侑希(はるのゆうき)。春野瑞希の妹です。ナナ()()とは同じクラスだけど……覚えてないよね」


 ……彼女、春野侑希のものだった。







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