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死霊憑きにつき。  作者: 五月七日 外
死霊憑きはあの夏をもう夢見ない。
5/23

考察。春野瑞希について

 ナナカと別れたあと、シーナにああ言った手前、学校を見て周らないわけにもいかず一応、校内をあらかた見周ったり帰り際に見知りの刑事にばったり出くわしたりと、かなり時間を食ったため店に戻る頃にはすっかり陽も落ちかけていた。

 シーナは家に帰ったらしく店内には僕と菖蒲だけだ。

 相変わらず客足の少ない喫茶店だな、と内心毒突く。

 一つ不思議だったのは、菖蒲は僕に屋上に行かないよう忠告なんてしていないということだった。

 あれは確かに菖蒲の声だと思ったのだが、菖蒲が嘘をつく必要もなければメリットもないし、僕はもうすでに屋上に行ってしまっている。深く突っ込んで「つまり、ナナは私の忠告を無視する奴ってわけだね?」だなんて小言を言われるのも面倒だ。

 本当はナナカについて聞きたかったのだけれど、屋上の件についてはあまり深入りしないでおいた。

 しばらく適当に時間を過ごす。

 その間に着替えも済ましておいた。上には無地の黒いTシャツに下はジーパン、スニーカーと……シーナ同様、僕の服装も基本はシンプルだ。僕もシーナもこういう格好だから、菖蒲の店のバイト生ということにして店内で過ごすことが多い。客もほとんどこないし結構便利ではある。

 シーナに関しては、案外好きで店の手伝いをすることが多いからバイト生というのもあながち間違いではないけれど……。


 ────結局、客が一人も来ることなく閉店時間になった。


「今日も楽だったわー」


 二十一時キッカリ、出入り口につけた木製プレートを開店から閉店にひっくり返す菖蒲。楽をしたいと言うわりにサボらず閉店時間をきっちり守るあたりに彼女の人間性が見える。

 外灯と店内の使わない照明を落とし、菖蒲は僕の隣……いつものカウンター席へと座る。

 シーナがもう帰ってしまっているので、互いのテーブルには菖蒲が淹れたコーヒーが置かれていた。すっかり冷めきってしまったそれで一息つくと、菖蒲の方から話を切り出してきた。


「で、どうだった?」


 地につかない足をぶらぶらさせながら、菖蒲が問う。

 どうとは、校庭で見たアレについてだろう。僕たちをわざわざ学校に行かせてまで会わせたのだから。


「正直わからない。感覚的には死霊憑きだと思う。だけど……」

「今までとは違う。だな?」


 菖蒲に拾われた言葉の続きは僕の考えを的確に当てていた。

 肯定の意味を込めて頷く。

 僕が今まで出会ってきた死霊憑きの数はせいぜい十数体といったところだ。決して数は多くないが同じ死霊憑きどうし、会ってしまえば相手が死霊憑きかどうかくらいわかっていた。『殺人鬼』や『未来視』のときみたいな特殊なタイプの死霊憑きもそこに違いはなかったはずだ。

 だから、僕の感覚に頼って言うなら、今日のアレは死霊憑きかどうかすら怪しかった。

 アレは死霊憑きというより……。

 僕の脳裏に、歪なカタチの〈生命〉が過っていた。


「これで三人分……。どうも彼女を死霊憑きと考えるのは些か早計かもしれんか……だが……」


 呟きながら、菖蒲は悔しそうに指の爪を噛む。まるで、何かに急かされているように。

 こういう感情的な行動は彼女にしては珍しかった。


「三人分?それは、ボクとシーナに後は誰だ?」


 僕の問いに、菖蒲は自身を指さした。


「そんなの()に決まっておろうに」


 菖蒲の一人称が変わっていた。

 僕の見習う方法で、彼女はもう魔女のそれへとスイッチを切り替えている。


「妾の方法で調べると彼女は死霊憑きだ。そして、シーナによると彼女はシーナと同じものは使っていないし、常時力を使い続けるタイプでもないらしい」

「そこはなんとなくわかる。アイツは光っていなかったから」

「昼間だぞ?」

「ボクには関係ない」

「そっか、君は魂の色がよく見えるんだったな」


 菖蒲が小さく呟く。

 その横顔は、僕の知らない誰かのことを思い出しているようだった。


「ま、とにかくだ。ナナにわざわざあの子に会ってもらったのは理由があってだね」


 そう言ってる途中で菖蒲が指を鳴らした。

 パチンと、子気味よい音が店内に響く。

 と、同時。

 虚空からパラパラと何枚かの紙が落ちてきた。

 カウンターの上に散らばった文字ばっかりのプリントたち。素人目に見てもそれは何かの資料だった。

 目が拾う文字列の中には『ひき逃げ』『意識不明』『春野瑞希』など、いくつかの情報が転がっている。その情報に、帰り際で刑事から聞いた話がリンクした。────なるほど。まどかさんはこの事故を担当してたのか。

 散らばった資料を整理しながら流し見ていると一枚の写真に目が留まった。


「彼女の名は春野瑞希。ナナと同じ高校に通う三年生の生徒で陸上部のエース。人当たりもよくてクラスの人気者だそうだ」


 誰かさんとは大違いだな。なんていう余計な小言を挟みながらも菖蒲の説明は続いていく。


「二日……いや、三日前か。部活終わりに妹と一緒に帰っていたところを姉妹もろとも車に撥ねられたらしくてね。彼女は擦り傷くらいで済んだが、妹の方は当たり所が悪くて意識不明の重体。しかも運転手はそのまま現場から車で逃走ときた。捕まるのは時間の問題だろうが、まだ運転手は捕まっていない。それでまあ……色々とショックが大きかったんだろうね、タイミングも悪すぎたし無理もないさ。彼女が出る予定だった昨日のインターハイは欠場した。────と、ここまでは別にいいんだ」


 別によくは無いんだけどさ。現実問題という意味でね……と付け足すと。

 一呼吸分、間を開けてから菖蒲の説明は再開した。

 きっと、ここからが本題だ。


「昨日だよ。彼女はひょっこり登校してきたらしい。そりゃあ、顧問も他の部員もみんなビックリだろうね。とても学校に来れる状況じゃない人間がやってきたんだからさ。

 そこでだ。彼女は顧問に一言言ったんだが、ナナはなんて言ったと思う?」


 菖蒲の問いかけに少し考えてみる。

 僕は春野瑞希の気持ちも分からなければどんな感情を抱いていたのかなんて分からない。死霊憑きとなって人間的な気持ちや感情を失ってしまった僕が感じられるはずがない。

 だけど、計算することはできる。

 彼女の置かれた状況は知っているのだ。

 だったら、理屈で彼女が言いそうな言葉くらいは導き出すことは出来る。

 ────いつだって僕はそうやって誰かと会話をしているのだから。


「たぶんだけど……『インターハイに出たい』じゃないの?」


 僕の答えに菖蒲はわざとらしくほほうと言いながら相槌を打つ。


「はて、その心は?」

「春野瑞希は本当ならインターハイに出ているんだろ。ボクにはそれがどれくらい大きな目標かとか、どれくらいの熱意をもって練習してきたかとかは分からないけど、春野瑞希にとっては相当大きなものだったはずだ。勝手なイメージだけど、そうじゃないとインターハイなんてものは普通出られないと思う。

 それでも出られなかったていうのは、事故のことが原因だ。つまるところ、自分だけが無事だったことへの疑問?いや、嫌悪感かな。よくわからないけど『なんで自分だけが助かってしまったんだ』みたいな妹に対する後ろ向きな気持ちが強いから、妹を差し置いて自分だけ前向きな行動をとれなかったんだと思う。だから、欠場を決意した。そこまでが、昨日の前……だから、二日前までの春野瑞希の考えだ。

 ……で、僕の答えの理由についてだけど。春野瑞希が動き始められるとしたら気持ちが元に戻ったってことだと思う。経緯なんてものは分からないし、理解できないけど、何かしら自分の中で今回の件について決心がついた。だから、元の自分に戻れた。だったら、後は元々の目標のインターハイに出たいっていう気持ちが前面に出るんじゃないかな?」


 継ぎ接ぎだらけの理屈だが、自分の中では納得できるくらいに計算した結果がこれだ。

 答えは『インターハイに出たい』で、途中式が今言った理由だ。

 僕としては人間らしいいい答えだと思う。

 ────と、菖蒲はそんな僕の言葉を聞いて頭を抱えていた。


「まったくー、君はまだまだ人には程遠いね」

「ん……どこがだよ」

「いやあ、答えは至極真っ当でいいと思うよ。答えなんて無いんだからさ。でも理由の方がダメダメだ。もう少し『なんとなく』とか『勘』を入れないと……。ナナ、君の理由はあまりに人間らしさを追及しすぎている。かっちり嵌まりすぎているとも言えるね。もう少し適当にすることを学ぶといい。ま、取り敢えず期待通りの回答をありがとう」


 妾も似たような答えを想像していたからね。と、菖蒲は僕を惑わすような後付けをする。

 菖蒲はこうやって、時折僕にとっては難しいことを言うのだ。

 散々ダメ出ししたくせに、答え自体は一緒だなんて言っている。答えに重きを置きすぎとでも言いたいのだろうか、もしくはもっと過程を楽しめ……とか。

 おそらく、この辺りを理解できないのが僕が死霊憑きになって失ってしまったものなのだろう。

 菖蒲の言葉にそんなことを考えていた。

 すると、僕にとってはすっかりどうでもいいことになっていたが、春野瑞希が何と言ったのか、菖蒲が答え合わせをしてくれた。


「彼女はね、こう言ったんだよ」


 そうわざとらしく前置きをした菖蒲から、僕は春野瑞希の言葉を聞いた。


「今日の練習メニューは何ですか?」


 僕には春野瑞希が理解できなかった。





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