考察。猟奇的殺人
「ゲームセンター?」
僕の疑問に菖蒲は小さく頷く。
「ああ、偶の息抜きにはちょうどいいかと思ってね。それにたしか、ナナはまだこういった場所に行ったことがなかっただろう?」
「まあ、ないけど……」
以前がどうだったのかは知らないが、僕はゲームセンターに限らずカラオケやボウリング、バッティングセンターなどといった娯楽施設に行ったことはない。感情を失ってしまっている僕が行ったところで楽しめるはずがないのだ。
菖蒲は当然そのことを知っている。だというのに、菖蒲は僕にゲームセンターに行かないかと提案してきた。
それが、なんとも妙だった。
「……僕が行く意味あるの?」
「うーん、そこはイーブンだね。何も無ければナナが行く意味はほとんどないし、君はUFOキャッチャーで一喜一憂することもないだろう?たぶん、時間とお金が無駄になるだけさ。けど、ちょっとした出会いがあるかもしれない。そしたら、ナナにとって意味はあるはずさ」
「ちょっとした出会い?」
「ま、私の勘が当たっていればの話だがね」
言って、菖蒲は読み終えた資料をクリアファイルごと僕に投げ渡した。
読めということなのだろう。僕は仕方なく数枚に及ぶ文字列を追っていく。
『内臓』『不明』『啄む』『不明』『不明』『不明』『不明』『猟奇的』『不明』────。
────情報は少なかった。
詳しく記載されていたのは、発見された遺体の状態くらい。といっても、見つかったのは一部の内臓で、遺体の情報もほとんど不明だったが……。
「どう思う?」
資料を読み終えると、菖蒲がタイミングよく問う。
僕が資料に目を通している間に、コーヒーで一息ついたのだろう。空いたグラスはシーナが受け取ってお代わりを注いでいた。ついでに僕の分も準備するあたり、シーナは随分と気を利かせるようになったようだ。
そんなシーナの様子を某と眺めながら、得た情報を整理していく。
「どうって言われても……これじゃあ、何も分かっていないことが分かったとしか言いようがない」
「そうだとも。今回の件はね、まだ何もわかっていないんだよ。そもそもだ。ナナは今回の件、分類するなら何にするかい?」
言われて、少ない情報から考察する。
ふつうと呼ばれる一般的な殺人事件と今回の件を比較していく。
僕にできるのは計算だけなのだ。会話も感情も、行動も────。すべて計算して人間らしく振る舞っているに過ぎない。
だから、僕が答えを導くのにそう時間はかからなかった。
「猟奇的殺人、もしくは愉快犯による殺人事件……かな。内臓だけ見つかるっていうのは不自然な気がする。ふつう、死体をバラす理由は死体を隠すためだ。なのに、内臓だけ取りこぼすなんていうのは間抜けが過ぎるだろ?
……だから。今回の件は、隠すために死体をバラした訳じゃない。むしろ、もっと別の……例えば、『みつけてほしかった』みたいな理由だと思う」
「ま、現状なら妥当な考えだね。資料でも猟奇的殺人事件として扱っているのだからその辺りに問題はない。けど、今回の件は〝明らか〟に異常な遺体が発見されているにも関わらず何もわかっていない。ここが妙なところだ。
わかりやすいゴール……つまるところ、変死体だね。それと、わかりやすいエピソード……例えば、首だけ持っていく殺人鬼────。ゴールとエピソード、この二つが揃ってはじめて猟奇的殺人事件としてことは成り立つのさ。猟奇的殺人事件であれば、ゴールが。愉快犯による殺人であればエピソードがそれぞれ際立つ。
今回は条件が揃っていないのに、警察は猟奇的殺人として扱っている。これは妙だろう?」
「でも、変死体は────内臓だけは見つかっている。ゴールが決まっているんだから、エピソードなんて後からどうにでもなるだろ」
「その通りだ。だから、今回は私たちで勝手にエピソードを作ろうじゃないか」
「は?」
あまりな菖蒲の言葉に。つい、素っ頓狂な声が漏れる。
「なんだい、ナナが今言った通りじゃないか。エピソードなんて後からどうにでもなるものさ。それに、だいたいのエピソードは勝手にメディアや警察が作ったものだよ。当人にとっては大事な理由でも他人からすればそんな理由理解できないし、どうでもいい。事実とは異なっていても、狂っていれば狂っているほどウケがいいんだから、エピソードだけは独り歩きしてしまう……よくあることだよ。
────と、いうわけで。私の作ったエピソードについてだが。聞きたいだろう?」
余程自分の作ったエピソードに自信があるのか菖蒲はほの暗い笑みを浮かべている。今は幼女にしか見えない姿をしていても、かつて『魔女』と呼ばれた菖蒲だ。
そんな彼女の考えたエピソードがどんなものか気になったのだろう。僕を差し置いて、タイミングよくコーヒーを淹れ終えたシーナが「聞きたい」と答えた。
────それはよくある話だった。
犯人は日頃から軽犯罪に手を染める人間で、単独でも集団でも色んな犯罪をやってきた。
それが犯人にとっての武勇伝となり仲間にもてはやされることとなる。はじめは小さなことで満足していたが、仲間たちは次第に慣れてしまい満足できなくなっていく。
それが嫌だった犯人の犯行は次第に大胆になり、派手になっていく。
行きついた先が殺人だった。
そして、さらに先を求めた結果────。
────それはよくある話だった。
犯人はいじめられていた。犯人が強く出ることができるのは小さな動物だけ。
はじめはストレス発散だった。何かを少し傷つけるだけで満足していた。
けれど、次第にそれでは足りなくなっていった。もっと上の刺激を求めるようになっていった。
手慣れた犯人の対象は動物から変わっていく。
殺人だけでは留まらない。
犯人の快感はバラすところにあるのだから────。
────エピソードはいくつもあげられた。
条件は二つ。
場所は戸倉。
バックボーンに軽犯罪。
────それだけ。
ときどき、僕やシーナの意見を交えながら、それはパターン化していった。
菖蒲がまとめる頃には、日もすっかり傾いていた。
「犯人は被害者だろうと加害者だろうと日頃から犯罪に近いところにいた。段階を踏んで今回の件を起こした……というところかね。思ったよりもつまらないが、こんなものだろう。何か疑問はあるかね?」
「ボクはとくになし」
「わたしも」
「さて。随分と遠回りをしてしまったがね。これがちょっとした出会いに繋がる理由さ」
「ちょっとした出会い……」
少し考えて思い出した。
いつの間にか犯人のエピソードを考えていたが、そもそもはゲームセンターどうこうが話題の始まりだった。
「ああ、ゲームセンターなんて軽犯罪に手を染めた奴の溜まり場だからね。そこに行けば犯人の手掛かりがつかめるかもしれない。なんなら、犯人と出会えるかもしれない……だろ?」
「言いたいことは分かったけど、そもそもゲームセンターってそんな場所なの?」
「え、違うの?」
素だった。
菖蒲にしては珍しく少し取り乱した様子で確認してきた。
それに答えた。……というよりも菖蒲にトドメをさしたのはシーナだった。
「菖蒲の時代とは違うと思う」
これが効いたのか分からないが、菖蒲はあの手この手での僕をゲームセンターに行かせようとした。