星の瞬く夜に
五月三十日。日付が変わる少し前。
僕は独り、寝静まった夜の街を散歩していた。
今日は気分が良かったのか、気付くと隣町まで足を運んでいた。
けど、特に目的はない。
ただ夜を彷徨う姿は亡霊そのもの。皮肉なことに今の僕は死霊となんら変わらない。『自分』を探して歩いた四月と何も変わっていなかった。
何かがあると期待して。
やっぱり何もないと予感して。
行動理由を作っては夜を歩く。
眠ることのできない僕はそうして時間を潰す。
同居人と過ごす夜は計算が合わなくて苦手だった。
彼女は僕より壊れたはずのに、僕よりも人間らしく成長している。
彼女と過ごしていると、僕の計算は無限に続く螺旋のように途絶えてはくれない。終わってはくれない。消えてはくれない。言葉数の少ない彼女は人間よりも難しい……。
だからか、夜の散歩は僕の日課となっていた。
四月に死霊憑きとなってからというもの、僕は自分というものを失ってしまっていた。
なんで死霊憑きになったのかは覚えていない。いや、そもそも四月以前のことは何一つ覚えていなかった。
記憶に感情、体……それに名前。そのすべてを僕は亡くしたのだ。
今の名前は菖蒲という名の魔女に与えられたもの。菖蒲は僕のように行き場のない死霊憑きを個人的な理由で助けているらしく、七番目に助けられた僕は『ナナ』と名付けられた。あまりに安直な気もするが、同居人の彼女も同じように名付けられていたので、彼女のセンスはもうどうしようもないのだろう。次に名もない死霊憑きを助けたとしたら、そいつは『ハチ』や『ヤメ』とかにでもなるのだろうか。
そんなことを考えながら街を歩いていると、突然、後ろから肩をポンポンと叩かれた。
「────」
何事かと後ろを振り返れば、知らない男が三人。スキンヘッドにツーブロック、それと長い前髪……という個性豊かな頭たち。
そこそこ酔っているのだろう、男たちの顔はほんのり赤く染まっていて息も酒臭かった。見た目の若さからケンカでも吹っ掛けているのかと思ったが、どうやら男たちの目的は違うようだ。
某と男たちを眺める僕に『キミかわいいね』『遊ばない?』『俺たちとイイことしない?』などと、彼らは陳腐な言葉を並べる。
これは、噂に聞いたナンパというやつだろう。
初めて遭遇したそれに、人の感情を知る意味で若干の興味はあるが、あいにくと見た目は少女のそれでも僕の中身は男だ。
そんなものに付き合う道理も義理もなければ、そんな趣味もない。
「そういうの、興味ないんで」
一言、そう断って僕はその場を後にする。
しかし、視界を薙ぐ銀色がそれを阻んだ。
僕に当たらないように軌道を描くそれは、しかし、器用に僕の髪を数本分切り落とした。
軌道の終着点には一振りの刃。
三人のうち一人、スキンヘッドの男が右手にナイフを持っていた。男はサバイバルナイフと呼ばれるそれを手元でカチャカチャと鳴らして遊んでいる。
残りの二人はそれを見て、ニタニタと気色の悪い笑みを浮かべた。
分かりやすいガラの悪さだ。
────なるほど。最近ここで行方不明者が増えているというのも頷ける……。
すると、今度はツーブロックの男がこちらを覗き込むように顔を近づけてきた。
「これでも興味ないの?」
きっと、これは彼らの常套句。
この方法で何人も犯してきたのだろう。
僕を逃がさないよう三人で囲うようにして、男たちはジリジリと迫ってくる。誘導する先は人気のない路地裏だ。
彼らにしてみれば、それは人目のつかない場所で犯行に及ぶつもりだったのだろう。
だが、それは僕も同じ。返り討ちにするにしても人に見られるのは都合が悪かった。
目的は一致していないが、目標となる場所は一致していた。
不思議な間を保ったまま、僕たちはゆっくり路地裏へと移動していく。
そして、僕が男たちを返り討ちにしようと、懐に忍ばせたナイフに手を伸ばした時だった。
その少年が現れたのは。
「いやぁ、道に迷っちゃってさー。待たせてごめんな?」
妙なことを口走りながら、彼は器用に男たちの間に割って入ると、僕の手を握ってそのまま引っ張る。
────今度はツンツン頭がやってきた……?なんてことを考えながら、見た目、自分とそう年の変わらない少年を僕はぼうと眺めていた。
「あはは……そういう訳なんで、なんか俺の連れがすみませんねぇ。それじゃあさようならー」
そう言ってその場を後にしようとした少年だが、全くその場を動こうとしない僕によってその企みは失敗した。
繋がれた手は簡単に離れていく。
そして、急に手が離れたものだから、少年はつんのめって倒れそうになった。……が、彼はそれを何とかして耐えると、今度は何か文句でも言いたげな目をして僕の方を見返してきた。
「ちょっと⁉せっかくの彼氏のフリ作戦が台無しだよ!!」
「誰だよお前。オレの邪魔するならお前もまとめて……」
「いやいや⁉俺は君を助けに来ただけだから!……ん?ていうか、君のこの感じ────?」
「まて、お前のこの感じ……まさか────?」
二人してその場に固まっていると、突然のことでこの状況から置いてけぼりになっていた男たちが現実に戻ってきた。
ツーブロックの男が舌打ちして少年に殴りかかる。
前髪の長い男は激高したように何か叫んだ。
スキンヘッドの男は少年に向かってナイフを振り下ろす……。
それは、一瞬のことだった。
男たちの暴力が触れる寸前。
その刹那。
「────螺旋門」
少年がそう言った瞬間には、彼と三人の男たちはきれいさっぱりその場から姿を消していた。
路地裏に残るはただ一人。
暗い路地裏で、ポツリ佇む僕だけ。
「お前も────死霊憑きだったのか……」
その呟きは闇夜に飲まれ消えていった。
────これが出会い。
あの先輩との最初と最後はよく覚えている。
どちらも星空の綺麗な夜だったから……。
☆★☆★☆★☆
■■連続殺人事件。
第一被害者────氏名……不明。性別……判別不能。年齢……判別不能。死亡推定時刻……五月三十一日午前零時から午前六時。
遺体の損傷、損失が激しく、現場から発見されたのは一部の内臓と血液のみ。
『何かの食べ残しのようだった』との証言は、カラスが遺体を啄んだことが原因であると推定される。