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死霊憑きにつき。  作者: 五月七日 外
喰人鬼嗤う嗤う
20/23

血は雨に流れ、死霊憑きは嗤う

※第一章よりも残虐になる可能性があります(食べる、切断など)。苦手な方はご注意を。


 ────影が蠢く。


 夜なのに星空は見えない。

 どんよりと重たい雲が空に広がっていた。今にも地に落ちてきそうなそれは、代わりに大量の雨を降らす。

 雨は塗装されたアスファルトを黒く濡らし、小さな川を形成しては流れていた。


 ────雨は降り続ける。

 人は建物の中へと消えていった。


 ────雨は降り続ける。

 びちゃびちゃと濡れた地を弾く。


 ────雨は降り続ける。

 路地裏に咲いた、一輪の赤い華を濡らしていく……。



「────ぅ、あ────はぁはぁ────────」


 人通りのない、暗い路地裏に死霊憑きはいた。

 生暖かいケモノの吐息が肉にかかっている。垂れ流しの赤い唾液がそれを濡らしていた。

 焦点の合わない目は何も見ていない。

 死霊憑きは、ただ目の前にある大きな肉の塊に(かじ)りつくだけだ。

 そこに人としての尊厳はもうない。

 本能と、抗いようのない衝動に駆られるまま、死霊憑きは食事を続けていく。


「ぁ────?」


 ピタリ、と死霊憑きはその動きを止めた。

 肉の一部が何かに弾かれたようにビクンと跳ねたのだ。

 死霊憑きはもう一度同じところに(かじ)りつく。

 すると、先と同じように肉の塊はビクンと跳ねた。

 理由は簡単だ。肉が生きていたから跳ねたのではなく、筋肉に繋がる健の部分を死霊憑きの歯が弾いたから。新鮮な筋肉が刺激によって収縮を起こしただけ。

 それを、ケモノならば面白がってもう一度齧ったのかもしれない。怪物ならばより酷い方法を思いついたのかもしれない。

 しかし、死霊憑きは齧る場所を変えるだけで、そのまま食事を続けた。

 そこには何の感情もない。もしあるとするならば〝食べたい〟ただそれだけだ。


 死霊憑きは、食事に手や足を使わなかった。使うのは己の(あご)と口、生えそろった歯のみ。

 骨があろうと、その骨ごと()み砕く。咀嚼(そしゃく)して肉を嚥下(えんげ)する。

 大きさなんて関係ない。(かじ)りつき、引きちぎっていく。ぞぶぞぶ、と奥へ奥へ潜りこんでいく。

 途中。流れ落ちた赤い液体は、勿体ないとばかりに(すす)った。

 途中。顔、口、体が汚れていったが、そんなこと死霊憑きは気にしなかった。


 はじめは……臭いのキツさに、しばしば口が止まった。

 はじめは……味のキツさに、しばしば吐き戻した。



 ……けれど。

 今はもう、味なんてしない。

 ────の匂いなんて忘れてしまった。



 肉の最奥にそれはあった。

 まるで大切な宝物のように、死霊憑きは初めて手を使ってそれをすくい上げた。

 肉の触感は他のとは違う。

 柔らかくて暖かい。

 それが一体なんなのか。

 そこには何が宿るのか。

 意味するモノを死霊憑きは知らない。もう、理解できない。


 死霊憑きに今あるものは本能と、抗いようのない強い衝動────〈渇き〉だけだ。



 ────〝食べろ〟



 本能は告げる。

 しかし、死霊憑きはそれを躊躇していた。



 ────〝食べろ!〟



 衝動が死霊憑きを襲った。

 今までで一番大きい。

 強烈な〈渇き〉に死霊憑きは抗えなかった。


「ヤ、ダ……ダベダ……グ、ナンデ────ナイ」


 最後の抵抗は届かなかった。

 何が自分を止めようとするのか、その理由すら分かっていないのだ。自分が何者なのかさえ今は考えられない。

 それだけ〈渇き〉は強かった。

 人だったモノが耐えられるはずなどなかった。

 だから……。


 死霊憑きは滲む視界の中、それに(かぶ)り付いた。


 味なんてしない。

 匂いなんて忘れてしまった。

 何を〝食べた〟のかなんて、死霊憑きはもう理解しない。


 口元は溢れる血で真っ赤に染まる。

 ボロボロと零れ落ちるそれを、死霊憑きは大事そうにそっと抱きしめた。

 けれど、それは迫る衝動のまま、すぐに自分の口へと運ばれた。


 ────齧りつく。

 ────咀嚼する。

 ────嚥下する。


 繰り返し、繰り返し。繰り返す……死霊憑きは一時間かけて肉を平らげた。



 ────雨は降り続ける。


 血は雨に流れる。

 死霊憑きは雨に濡れる。

 その姿は泣いているようにも見えた。


 しかし、血の滴る真っ赤な口元は醜く歪んでいる。



 雨の中、死霊憑きは嗤っていた。






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