2019.8.21 -2-
夜飯の用意をしているとシーナが帰って来た。
時刻は二十一時半を少し回った頃。
きっと、菖蒲の店を最後まで手伝ったのだろう。シーナはお気に入りのエプロンをつけたままだ。
「今日はオムライス?」
部屋に入るとき、台所をちらりと見たシーナがそう言った。
「うん。久しぶりに食べたくなって」
「……そう。わたしも食べていい?」
「もちろん」
短い会話を終え、シーナは部屋に入るといつもの場所に座った。ベッド横の窓際のスペースだ。
律儀に膝を抱えた体育座りの格好で、シーナはオムライスができるのを待つ。
表情の変化もなければあからさまな態度にも出さないので、かなり分かりにくいがシーナはこれでも喜んでいるみたいだ。
オムライスはシーナの好物である。彼女自身なんでオムライスが好きなのか知らないみたいだが、人間だったころの名残りだろう。
人間のとき好きだったものを死霊憑きになっても好きでいることはよくあることらしい。
シーナは、どんな人間だったのか。
そんなことを考えていると、あっという間にオムライスは完成した。
皿に盛り付けたオムライスをコタツ代わりのテーブルの上に置いていく。
それを見て、シーナがスプーンを二つ用意した。手の平から。
「「いただきます」」
食事の挨拶は大事だと菖蒲にキツく言われているので、今では二人とも挨拶してから食べるのが当たり前になっている。たぶん、その意義は理解していないけど。
しばらく静かな食事の時間を送った。
僕の家にはたいした家具がない。
生活する上で必要最低限のものしかなく、生活感もほとんどない。今ある家具もそんな僕たちに呆れた菖蒲が買いそろえたものだ。
当然、テレビもないので食事中は静かに終わることがほとんど。
今日もそうかと思っていたが、シーナがふいに話かけてきた。
「わたしは……怒ってる」
互いにスプーンがとまる。
シーナはじーと僕の方を見つめていた。
シーナの蒼い瞳が僕の姿を捉えている。
なんで怒っているのか当てろとでも言うのだろうか。
心当たりはある。だが……それで外すわけにもいかない。そのときは許さないとシーナの表情に出ていた。
さて、どうしたものか。
……と、僕が悩んでいると先にシーナが口を開いた。
「なんで、ナナは一人で戦ったの?」
「それは……」
「わたしは、ナナと一緒が良かった。前のときだって、あんな目にあったけど一緒だったから別に良かったのに……。でも今回のは嫌。わたしだけ無事でナナだけがボロボロになるなんて嫌。なのに……」
「ごめん。ボクにもよくわからない。でも、なんでかシーナが傷つくのは嫌だったんだ。その傷だって……あ────」
言って。僕は思い出していた。
あの夜、シーナの右頬に傷ができたときに言われたことを。
そして、僕は今日ようやくその答えを用意したことを。
「なに?」
「あのさ、話が少し変わるんだけど、シーナは春野侑希と春野瑞希についてどう思った?」
何が言いたいの?と訝しんだ様子のシーナだったが、少し考えてから答える。
「たぶん、うらやましいと思った……ナナは?」
「ボクも似た感じだと思う」
春野侑希は姉をインターハイに出場させるために、自身と春野瑞希の存在を入れ替え死霊憑きとなった。
しかし、彼女の能力は入れ替わりなどではなく姉の夢を再現することだ。叶うはずのない夢をあの競技場で具現化し再現していた。
そして、不運なことに春野侑希がその事実に気付いた時にはすでにインターハイは終わっていた。
〈渇き〉によって記憶を喪失していた春野侑希は、そんな簡単なことにも気付けず、自身の能力によって同じ日を繰り返していた。顧問が疑問に思っても仕方がない。彼女はインターハイ前だと思って、姉の代わりに練習に顔を出していたのだから。
間違いなく今回の出来事は春野姉妹にとって不幸な出来事だ。それは、彼女たちが人間に戻ったことで変わることのない現実となった。
それでも、あの二人がうらやましいと思う。
「あの夜、死霊憑きに成るとき二人が言っていたんだ……『私を殺して』って」
「春野侑希じゃなくて?」
「ううん、春野瑞希も言っていた。一度〈干渉〉したからかわからないけど、ボクにはわかる。あのとき二人ともお互いのために自分が死のうとしていた。本能で理解したんだ。どちらかが死ねば、〈魂〉が過剰に含まれた状態から元の〈生命〉に戻れるって……。結局は、春野瑞希の方が先に死霊憑きになったけど」
「お姉ちゃんだから?」
シーナがポツリと呟く。
それに少しばかり驚いてしまった。
僕は二人に〈干渉〉したから春野瑞希の考えや想いも知っている。
シーナはそれを知らないはずなのに、僕と同じ考えにたどり着いていた。
やはり、一度〝乾ききった〟はずの彼女は今も成長しているようだった。
「うん。二人ともお互いのことを想っていたけど、最後は少しだけ春野瑞希が早かった。それこそ、お姉ちゃんだからだと思う。だから、うらやましいと思ったんだ。ボクにはそういう人がいなかったから……」
そんな人いなかった。
そう思える感情は失っていた。
────けれど。
今は違う。
それに今日、僕は気が付いた。
感情もないし、記憶もない。
できるのは計算して人間らしくふるまうだけ。
それでも……。
この答えだけは本物だと思いたかった。
────ああ、僕は今からなんてことを言おうとしているのだろう。
あの夜、シーナにあんなことを言われたから?
春野姉妹に〈干渉〉してしまったから?
きっかけなんて……きっと、どうでもいい。
僕にもようやく答えが見つけられたのだから。
「わたしは……」
シーナは答えを持っている。
僕よりずっと前からそこにたどり着いていた。
僕は自分で赤面すると分かりながら、シーナを遮るようにしてあの夜の答えを言った。
「ボクが……責任とる」
「え?」
シーナの蒼い瞳が揺れた。
「あの時の答え」
「……うん」
「……今のボクにとってシーナは大切な人だ。何があってもボクが責任とるから、これからもボクと一緒に戦ってほしい」
「一緒にいていいの?」
そう問い直すシーナの姿はどこか弱々しい。
表情は不安げだ。
「一緒にいて……いい」
出た言葉は驚くほど小さい。
けれど、シーナには届いたようで……。
「ありがとう」
その日。
僕は、初めてシーナの笑った顔を見た。
第一章の内容はこれで完結です。
次話は、物語全体のヒント回、説明回の予定。
第一章と直接的な関係性はないので、飛ばしてもらっても構いません。考察したい!という方はぜひ目を通してもらえればと思います。
では、最後になりましたが……
ここまで読んで頂きありがとうございました!
なにぶん取っ付きにくい話だと思いますが、ここまで読んでくれたことには感謝しかありません。続きも読んでもらえれば昇天する勢いでございます。
また、よろしければですが……
感想や質問、評価などなどして頂けると僕のモチベーションが爆上がりなので、お時間あるときにでもして頂ければ幸いです。
それでは、早めに更新頑張りたいと思います。
まずはここまでお付き合いありがとうございました。