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死霊憑きにつき。  作者: 五月七日 外
死霊憑きはあの夏をもう夢見ない。
11/23

■■侑■

 喫茶店からの帰り道。

 僕はその足で高校の屋上へと向かっていた。

 昨日の出来事で気になったことと言えば、春野瑞希……いや、正確には春野侑希か。彼女のこともそうだが、もう一つ。ナナカのことも気になっていた。

 屋上に揺蕩う彼女は幻影そのもの。

 確かにそこに存在しているはずなのに、ナナカのことを僕以外には誰も知らない。グラウンドに毎日顔を出している侑希も知らないみたく、屋上に行ったこともあるらしいがその時も特に変わったことは無かったという。

 不思議なことは他にもいくつかある。

 それとなくシーナにも探りを入れてみたが、ナナカはシーナの情報網にも引っかかっていないらしい。一万を超える〝眼〟をもつシーナをして、ナナカは見つかっていないのだ。

 あの屋上にシーナの眼はない。

 つまり、ナナカは一度もあの屋上を出ていないということになる。

 一体いつからあそこにいたのかは知らないが、あんなところで生きていく事ができるのだろうか。一度死んだ死霊憑きでさえ、体は生きているのだ。最低限の水分や食料が必要になる。そういう能力をもつなら話は別だが……。


 ちらり、と屋上に幻柴光色(げんしこういろ)の光が見えた。

 今日もナナカはそこにいるらしい。

 校門を通り抜けながらも、僕の思考はさらに深く、奥へ奥へと潜っていった。

 思考しながら、グラウンド横目に歩を進める。

 昇降口で靴を履き替え、屋上へと続く階段を上っていく。


 ……そもそもだ。

 僕だって、昨日、屋上に足を踏み入れなければナナカと出会うことはなかったのだ。

 そのキッカケからしておかしい。

 僕は菖蒲に屋上に関する忠告を受けたから屋上を意識してしまったのだ。アレが無ければ僕は屋上になど向かっていない。

 しかし、その忠告を菖蒲はしていなかった。

 菖蒲が嘘をついている可能性もあるが、菖蒲がそんなことをする理由が思いつかない。菖蒲にメリットがないのだから。

 おそらく、あの時点ですでに僕はナナカに招かれていたのだ。

 どういう手段を用いたのかは分からない。

 けれど、ナナカは初めから僕に用があったのだ。

 要件は分からない。

 結局、昨日は大したことも話さないままナナカと別れてしまった。僕も興味で来ただけだったし、ナナカも僕を引き留めることはなかったから。

 もしかすると、ナナカは僕がまたこうして彼女に会いに来ることを予感していたのかもしれない。ナナカのあの様子を考えると、彼女がそこまで考えられる頭を持っているとは思えないが……。


 ……ああ。それにしても、僕はどうしてこんなにもナナカのことを考えているんだろう。

 ────理屈に合わない。

 ────理由がない。

 こんなことを考えるに足る感情を、僕は持ち合わせてなどいない。

 計算しか能がないくせに、今、僕のなかを渦巻く〝何か〟に関しては立式すらできなかった。

 支離滅裂だ。

 滅茶苦茶だ。

 感情すらも失っているのに、僕は何かを感じている。

 こんなの初めてだ。……いや、違うか。

 一度だけだ。一度だけ過去にも同じようなことがあった。


 ────シーナだ。


 彼女と出会ったときも似たようなものを感じていた。

 ふと、扉の前で歩みが止まる。


「ナナカも……ボクの知り合いなのか」


 独りごちる。

 その言葉に応える人はいない。

 確証なんてものはない。

 だが、シーナと僕は……僕がこうなる前からの知り合いだったはずだ。それだけは、僕のなかにある何かが覚えている。

 それは心と呼ばれるものなのかもしれない。

 それは魂と呼ばれるものかもしれない。

 名前も知らないそれは、すべてを失った僕の中で今も生き続けている。


 きっと、これが答えだ。

 シーナと一緒にいるのと同じだ。


 ナナカは僕の失われた記憶の手掛かりになるかもしれない。


 僕はそう理由をつけて、屋上へと続く扉を開いた。




 ☆★☆★☆★☆




 屋上は、今日も異界だった。

 ナナの世界と同じモノクロな世界。

 その中心には唯一の色。

 ────白と黒が浮かんでいた。


「あら、こんにちわ。今日も来てくれて嬉しいわ」


 ナナの方をふり返りもせず、そんなことを言うのは昨日よりも幾分か理知的な雰囲気を感じさせるナナカだ。

 今日も変わらず(そら)に浮かんでいる。

 漆黒の髪は水に揺蕩うように重力を無視してふわり、とナナカの体を包み込んでいた。それはまるで赤子を優しく包みこむ毛布のようだった。


「話したいことができたから」


 ピシャリ。ナナは一言理由を告げる。

 それはついさっき自覚したものだ。


「そう?私もナナと話したいこといっぱいあるからちょうどよかった」


 鈴の音を転がすような声でナナカは話す。ナナの予想通り、彼女もナナと話す理由があるみたいだ。

 ふり返るナナカの顔には、小さな微笑みが浮かんでいた。

 物静かで流動的な動作。

 髪をはらう仕草一つとっても綺麗だった。

 その様子が、昨日とは打って変わってナナカの大人びた印象をナナに与える。


「ナナは私と何のお話しをしたいの?」


 ぴたり、と静かに地へと降り立ったナナカが問いかけた。


「君は、ほんとうにナナカ?」


 それにナナが答える。

 それは、ここに来るまで聞くつもりもなかった問いだ。

 だが、ここまでの短いやり取りでナナはそれを聞かずにはいられなかった。

 あまりにナナカの雰囲気や仕草が違うのだ。

 別人だと言ってくれた方が、それなりに信憑性がある。昨日はもっと幼い印象を受けていたのだ。それが昨日の今日でナナよりもずっと大人らしく成長している。

 別に、見た目の話ではない。

 ────中身が全く違う。

 ナナがそう決めつけるくらい、今のナナカは昨日とは違う人だった。


「そうだね。っと、その前に。言葉づ、か、い。きちんとしよーね?」


 え?とナナの頭に新たな疑問が浮かび上がる。

 敬語を普段から使わないナナは、何の指摘をされたのかすぐには理解できない。

 それを見兼ねたナナカから、すぐさまヒントが送られた。


「私の方が先輩なんだけど?学年も。死霊憑きとしても……ね?」

「は、はぁ……わかりました」


 ナナカに流されるまま、ナナはそう答える。

 なんとも調子が狂う相手だ。

 ナナカは『先輩』の一言で、簡単にナナより上の立場になってしまった。


「よろしい。では、ナナの質問に答えましょう。私は正真正銘、昨日あなたと話した私であってるわよ。少しばかり学習が進んだから別人みたいになっているけど」

「学習が進んだ?」

「ええ。私の能力は〈コネクト〉。他人と繋がる力なの。だから、今日までの間に色んな人と繋がったわ……なんだかこの表現だと少しやらしいわね」

「……?」


 ナナカは何かやらしいことを言ったのだろうか。

 そのあたりに詳しくないナナは首を傾げた。


「ナナってまだ初心(うぶ)なの?ま、死霊憑きはその辺の生存本能も失っているだろうし、生殖行為に興味が無いのも無理ないか。えっと、さっきのは少し置いといて簡単に言うとね。私は能力を使って他の人といろんなものを共有することができるのよ。例えば、ナナが今考えていることとか調べていることとかも分かる」

「少しわかっ……いや、わかりました。ナナカは能力を使って知識を得たってことか?」


 ことですか?ね。とナナに一言付け足してからナナカが答える。

 どうにも自分は敬語というものが苦手らしい。死霊憑きになる前からこうだったのだろうか?ふとナナの頭に小さな疑問が過った。


「だいたいその解釈であってるわよ。だから私はナナが春野姉妹のことで悩んでることも知っている。けど、()()はあまりお勧めしないよ?どっちみちあの子たちは助からないんだもの」


 そのとき、ナナカの体は光っていた。

 色は幻柴光色。

 能力の使用を意味する魂の色だ。

 今、ナナカはナナと繋がっている。

 それをナナは光を見るまで気付けなった。


「能力か……」

「能力ですか?ね。ちゃんと敬語で話すように。じゃないと私も怒っちゃうんだから。ま、ナナも分かっている通り私たちは今つながっているわ。対象には気付かれないし、私が一方的にいろんなものを視れるから便利でしょ」


 えっへん。とナナカは小さな胸を張る。

 その様子をなんだか子供っぽいなとナナは思った。

 二人は今つながっている。なので、ナナの考えはナナカに筒抜けだ。

 だからだろう。ナナカに軽く頭を小突かれた。


「……けど、助からないってどういうことなん……ですか?」


 頭を擦りながらナナが問う。

 ナナカがぴくりと語尾に反応したので、ナナの言葉はなんとか敬語の体を取っていた。


「あら?ナナはさっきあの子と話してたんだから、あの子の今の状態くらい気づいているでしょ?」

「それは流石に気づき、ました。春野侑希は死霊憑きではなかった。でも、もうすぐ死霊憑きになる」

「ええ、そうね。名づけるなら今のあの子は生霊(せいれい)憑きってところかしら。春野侑希は生霊にとり憑かれた……いえ、生霊を受け入れたのね。あんなの初めて見たけど、生霊も死霊も〈魂〉ということに違いはない。〝器との相性〟を考えたらほかの死霊よりずっと受け入れやすかったのでしょうね。彼女への影響はかなり小さいみたいだし。でも、それでもあの子は必ず壊れる……」


 ────生霊憑き。

 ナナカの名付けたそれは、今の春野侑希にぴったりの言葉だ。

 死霊憑きと似て非なる存在の彼女は、しかし。このまま時間が経てばいずれ死霊憑きになるだろう。生霊とは言っても〈魂〉だけの存在なのには変わりはない。そこには〈期限〉があるのだから。

 死霊憑きの場合、一度〈死〉を経験した死霊がまだ生きている別の〈生命〉に組み込まれている。一つ増えた〈魂〉は一つの〈生命〉にとっては過剰だ。余分な構成成分でしかない。

 〈生〉と〈死〉が同居した〈生命〉は当然歪みを生じる。ナナはその(いびつ)なカタチを視ることで、感じることで対象が死霊憑きかどうかを判断している。

 だからナナは春野瑞希……いや、春野侑希もその〈生命〉の歪みから死霊憑きだと考えていた。

 だが、ナナは昨日〈干渉〉を使って春野侑希のすべてを視たのだ。

 そのときすべてを知った。それに、さっきまで春野侑希を目の前にして話していたのだ。

 彼女の歪みの正体も掴んでいる。もちろん、春野侑希にとり憑いている生霊が誰なのかも。ナナはもう知っている……。

 その上でナナは少し悩んでいた。

 正確にはナナに矛盾が生じていたのだ。そこから悩みに発展していた。

 菖蒲に入った依頼内容は春野瑞希を調べるということだった。

 ナナのやるべきことは十分に終わっている。

 あとは菖蒲にでも任せればいい。死霊憑きとして危険だと判断すればそのときに彼女を処分すればいい。

 ナナにとってはそれだけのことだ。

 しかし、ナナは無意識のうちに彼女たちを救おうとしていた。

 でなければ、昨日の競技場で彼女を殺しているし、先の喫茶店で侑希に死霊憑きについて説明などしていない。

 その理由(わけ)をナナは理解できない。説明できるほどの感情を持ち合わせていれば簡単だが、あいにくそんなものはナナが死霊憑きになったときに失ってしまっていた。

 それでも勝手に行動してしまうのだ。


「……だからナナは迷っている。あんなのナナの力を使わないと救えないわ。でも救う理由がないんでしょ?」


 ナナカはまるでナナのことをすべて知っているかのように話す。

 いや、実際に知っているのだ。

 〈コネクト〉でナナと繋がっているナナカはナナと同一人物と言っても差し支えないのだから。


「オレ……いや、ボクは」

「ええ、わかっている。でも、ナナが動く理由は簡単よ?あの子たちと関われば自分の何かが変わる気がしている。ナナはそう期待しているのよ」


 ナナカは軽い調子でナナにその答えを教えた。

 そして、それは不思議なくらいにナナの中でかっちりと嵌った。


「でもね。だとしてもナナがこれからやろうとしていることはお勧めしないわ」

「なんで……ですか」

「あの子たちは助からないって言ったでしょ?見当違いなのよ。春野侑希は死んでいないのだから私たちと違って感情がある。あの子にはあの子の理由がある。だから春野侑希は今のカタチから戻れない」

「でも、それだと」

「ええ。春野侑希は死霊憑きになる。自我を保てる割合なんてかなり低いんだし、おそらくナナの処分対象になるでしょうね。でも、ナナの力で春野侑希を生霊憑きから元に戻しても彼女は救われない。片方を助ければもう片方は救われない、あの子たち二人を助ける方法なんてどっち道残されていないのよ」

「そんなの……どうしてナナカがわかるんだ」

「わかるんですか?ね。分かるわよ。だってわたしは春野侑希とも繋がったんだから」

「な────」

「だから私は春野侑希の本当の望みを知っている。ついでに憑いていた春野瑞希の望みも知ってるわよ。どう、聞きたい?」


 ナナカの問いかけに、ナナは静かに頷いた。




 ☆★☆★☆★☆




 僕は、急いで菖蒲の店へと向かったいた。

 ナナカから教えてもらった彼女たちの望みは破綻していた。

 彼女たちを救おうのも僕には感情が無いのだ。

 人間の考えなんて分からない。


「菖蒲!」


 店の扉を勢いよく開け菖蒲を呼ぶ。

 幸い店内には客がいなかったようで、驚いた様子の菖蒲と表情の変わらないシーナと目が合った。


「春野瑞希のことについてなん……⁉」


 言ってる途中。

 突然、ぐらりと視界が揺れた。

 全身鉛になったみたいに重い。

 強烈な眠気に襲われる。

 次第に意識が遠のいていくのを感じた。


 ────ああ、そうか。そう言えば、まだ〈渇き〉が来ていなかったな。


 そんなことを某と考えながら。

 僕の意識はそこで途切れた。



 そして、次に僕が目を覚ましたのは八月十日。

 長い長い一日の朝だった。







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