春■侑■
私は、死霊憑きという存在なのらしい。
今日……いや、もう日付は変わっているのだから正確に言えば昨日会った人か。その、親切な人に教えてもらった。
名前はなんて言ったか……そう、ナナさんだ。よかった、まだ覚えているみたい。
私はナナさんに教えてもらったんだ。
私が死霊憑きであることを……。
────死霊憑き。
不思議と、初めて聞くその言葉は私の頭の中にすんなり吸い込まれた。
どこかで聞いたことあるのかもしれないけど、最近、記憶が曖昧な私はそのあたりをよく覚えていない。ナナさんは、〈渇き〉の影響だと言っていたがアレは何が危険だったのだろうか……。
と、いけないいけない。
また忘れてしまうところだった。
〈渇き〉とは死霊憑きが持つ逃れられない衝動のことだった。
死霊憑きは普通の生き物とは在り方とかが違うらしく、特殊な性質をもつ。
その一つが〈渇き〉だ。
感情や生きた心地のしない私たち死霊憑きにとって唯一の生きた心。
〈渇き〉は死霊憑きによって違うらしく『水を飲みたい』や『人を食べたい』、『石をきれいに並べたい』なんてものもあるらしく、それはもう多岐にわたるのだとか。
しかもこの〈渇き〉に死霊憑きは逆らえないらしい。そして、〈渇き〉を満たせない死霊憑きは本当の死を迎える……。だから、〈渇き〉には気をつけろって言っていた。……そう、ナナさんが。
けれど、私は自分の〈渇き〉を知らない。
ナナさんが教えてくれた気もするけど……ダメだ。思い出せそうにない。ほんとう、最近の私は記憶が曖昧だ。
そして、もう一つの性質。
それが能力と呼ばれる力だ。権能とも言うらしいけど、詳しいことなんて私は覚えていない。あの人は難しいことを教えすぎるんだから……。
ナナさんが言うには、私の能力は夢が関係するらしい。
誰かの夢を具現化させるのだ。相変わらず、『誰の』ていう大事なところを覚えていないけど……。
「はあ……今日もかぁ」
気付くと私は、本馬陸上競技場に立っていた。
しかも全身汗だくで。
ここのところ毎日だ。
死霊憑きは夢を見ることが無いらしいけど、私は夢でも見ていたのか、気が付いた時にはいつもここに立っている。
「でも……」
ぽつり。
独りごちる。
誰に向けた言葉でもないが、私は今ある感情を呟いた。
「……スッキリしたぁ」
今日……いや、昨日は親切な人に色々と教えてもらった。
おかげで靄みたいに霞がかかっていた頭がすっきりした。
まるで、あの夜みたい……。
────ぎちぎちギチぎチ。
今日も、体のどこかで歯車のズレる音がした。