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酒場

 薄暗い寂れた酒場。隅の席で二人の男女が向かい合って座っていた。


「レディ、どうやらアイツら失敗したみたいですよ」


 そう言いながら、男は机の対面に座る女にソッと薄茶色の瓶を差し出す。レディと呼ばれた女性は、瓶を受け取ると、飲み口に直接口をつけて中に満たされている液体をラッパ飲みした。


 ゴクゴクと豪快に半分ほど飲み干した後、女は乱暴に瓶を机の上に置くと、口元を拭う。


「だろうね。最初からあんなゴロツキ共に期待なんかしちゃいないさ・・・まあ、くれてやったロストは少し惜しいけど、あのクソガキ共の嫌がらせになったんなら何よりね」


 そう言ってニヒルに笑った女。派手な化粧に彩られているが、形の良いアーモンド型のつり目と、スッと通った鼻から彼女の顔立ちが整っていることを悟らせる。


 全ての指にはめられた色形も様々な指輪と、首からジャラジャラと下げられたネックレス。体を飾るゴテゴテとしたアクセサリーの類いが目を引いた。


 対する男の方は、こんな寂れた酒場には似合わない高級なスーツを身に纏っていた。背はスラリと高く、体はほどよく鍛え上げられており、どことなくしなやかな肉食の獣を思わせた。髪は整髪料で後ろになでつけられており、端正な顔立ちと相まって、近寄りがたい雰囲気を醸し出している。


 男は几帳面にネクタイの位置を正しながら口を開いた。


「それで、次はどう動きましょうか? お望みならば私が動きますが?」


 男の言葉に女はカラカラと高笑いをする。


「まだ動かなくて良いわ。あの場所に奴等がいたということは、今度の狙いはあのロストだろうからねぇ」


「・・・・・・なるほど ”氷の覇者のリング” ですね」


「ああ、アタシはガキ共のトレジャーハンターとしての腕だけは認めてるんだ・・・アイツらはきっとリングを手に入れるだろうさ」


「そして、それを我らが奪い取る」


 男の言葉に女はニヤリと口角をつり上げた。


「わかってるじゃないの。アタシらは盗賊さ、ロストを手に入れるために馬鹿正直にダンジョンに挑む必要なんかないんだ」


 そして机に置いてあった瓶を取ると、半分ほど残っていた酒を一気に喉に流し込んだ。


 空になった瓶を机に叩きつけ、唇から垂れた酒を手の甲でグイッと拭う。


「・・・お前は飲まないのかい?」


「いえ、私は別に・・・」


 その時、酒場のボロボロの扉が勢いよく開かれた。


 姿を現したのは、体中怪我だらけのゴロツキが数名。彼らは店内を見回すと隅で酒を飲んでいる男女を発見して目を細めた。


「おぉう!! ここにいたかクソッタレぇ!!」


 息を荒げて近寄ってくるゴロツキ。女を守るように、スーツ姿の男がスッと立ち上がるとゴロツキと向き合った。


「どうかなされましたか?」


「どうかなされましたじゃねえんだよ! テメェらの依頼のせいでウチのチームは全滅だ! どう責任取ってくれんだ!?」


 そう、このゴロツキたちはカイトとカナミを襲撃して返り討ちにあったグループの生き残りだった。


「心中お察し致します。しかし、今回の契約内容はターゲットを殺害したら報酬を支払うというシンプルな内容・・・・・・アナタ方の力不足で返り討ちにあった場合の保証などは特に契約内容にございません」


「・・・良い度胸してんじゃねえか兄ちゃん」


 軽くあしらうような男の言葉に、ゴロツキは苛立ったように腰にさしていた山賊刀を引き抜いた。遠巻きにみていた酒場の他の客達がざわめく。


 しかし男は涼しげな顔で背後にいる女に声を掛けた。


「レディ。この無礼者共の処理は私がしてもよろしいので?」


「かまわないよ。サッサと片付けな」


 興味なさげな女の言葉に、男は「かしこまりました」と爽やかに微笑んだ。


「片付けるだぁ? やってみろよこの優男!!」


 激情したゴロツキが男に刃を振り下ろす。その一撃は鋭いとは言えないまでも力強く、まともに当たれば、人一人の命を奪うことは容易な威力を持っているように見える。


 しかし当の男はそっと微笑んだまま慌てる様子も見せず、やがて振り下ろされた刃は男の首に直撃した。


「!?」


 ゴロツキは驚愕を顔に浮かべる。


 確かに男の首に当たった筈の山賊刀が、硬質な音と供に根元からポキンと折れてしまったのだ。


「・・・ふふ、かゆいですね。蚊が止まったのかと思いましたよ」


 不敵に笑うスーツ姿の男に、ゴロツキは緊張した面持ちでゴクリと生唾を飲み込んだ。


「お前は・・・一体・・・・・・」










「終わったかい?」


「ええ、準備運動にもなりませんでしたが」


 和やかにそう会話する男女の足下には、血だらけのゴロツキ達が転がっていた。


「さぁて、そろそろ出かけるとするかい」


「イエス・マイレディ」


 そして二人はその酒場を後にするのだった。







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