処刑当日
処刑回避の行動が何もできなかった三日間。
アンリエッタとしては残念だが、私個人としてはそこそこ楽しんだ。
良くも悪くも彼らの裏面を知ることができたし、最後の足掻きとしては上出来ではないだろうか。
そろそろ、主人公の意識が戻る頃である。
私は鏡を見た。
アンリエッタは本当に美人だ。失うのは世界の損失だと思うのだが、彼女の悪行を考えると仕方がないと言える。
「アンリエッタ、学長がお呼びよ」
呼びに来た女教師に連れられて、最後になる部屋を見回す。初めて連れてこられた時は激しく文句を言ったものだ。
手入れの行き届いた中庭を通り、数年使った教室を横切る。二階の部屋から漏れている音楽と小鳥の囀りに耳を傾け、流れる爽やかな風を感じた。
処刑されると知って初めて分かるこの世界の美しさに、心が洗われる。
日々の生活の中に、こんなにも素晴らしい物がいっぱいあるのか、と。
今の私は聖女並みの穏やかさで自分の死を受け入れているのだ。
石造りの螺旋階段を上がって学長室の扉の前に着くと、女教師は早々と去っていった。
これからここで行われる断罪を目にしたくないのだろう。
深く息を吸って、扉を開く。
中には厳しい顔をした校長と、攻略キャラの三人がいた。
学長はカインの父親である。
息子の話を聞いた学長は独自に調査をして、今回の件を処罰するのだ。
「アンリエッタ君、君は何故呼ばれたか分かっているかね?」
静かに口を開いた校長に、私は天使のような笑みを浮かべる。
「えぇ、分かっておりますとも。そして、これからの事が避けられないことも」
ここまで来て泣き言は漏らさない。全ては手遅れだったのだ。
「そうか、ならば良い」
そう言って校長は立ち上がり、私の元へとやってくる。
短い人生だった。いや決して短くはなかったが、記憶の戻った私として生きたのは実質三日だ。
そういえば、日本の両親はどうしているのだろうか。私が死んで悲しんでいるだろうか。まぁこれからまた死ぬんだけど。
「さぁ、これを」
渡されたものを見て、一瞬思考が止まる。
「えっと」
事情が呑み込めないでいると、学長がいきなりガバッと服を脱いだ。
「さぁ! 私もその鞭で叩いてくれ!!」
「ええええええ!?」
完全に混乱した私に、更なる悲劇が訪れる。
「もちろん、俺もです女王様! 昨日の熱が冷めていないんです!」
「アンリエッタ様! そんな楽しい事をしてたなんて、カインだけずるいです!」
「僕はもうお師匠様のものです! 好きにしてください!」
攻略キャラたちが次々と服を脱いで私に迫ってきたのだ。
そう、学長はカインの父親である。
この親子、揃って変態だったのか……!
処刑されるはずが、変態共に迫られているこの状況。
極度の混乱に陥る。
「ちょ、みんな落ち着い」
「は、早くその鞭で私を!」
「待って、だから」
「いや、俺が先だぜ親父!」
「話を聞い」
「貴様ら、アンリエッタ様の肌に触れるなんて無礼だぞ!」
「静かにし」
「お師匠様の一番弟子は僕なんだから、僕が最初だ!」
自分でも分からない色々混ざった感情が、我慢の範疇を超えて爆発。
握っていた鞭を力いっぱいに地面叩きつけ、大声を上げた。
「跪けこの豚ども!!」
言ってから我に返り、嬉しそうな視線を浴びてたじろぐ。
昨日の女王様が抜け切っていなかったのだった。
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「と、いうことです」
私は疲れ切っていた。もちろん、鞭の振りすぎで。
一通り満足したらしく、やっと事の顛末を聞ける状態になったのだった。
一言でいうと、私の毒は主人公の口に入っていなかったようだ。
ただの風邪で寝込んでいただけらしく、故に私が処刑されることもない。
加えて、混乱していて気づかなかったが、今までアンリエッタがした悪行もそれほど酷いものではないらしい。
反省文と数週間の謹慎処分で済ませるとの事。
私が転生した事で、少しずつズレてこの結果になったのかもしれない。
もちろん、それは吉報だ。
だが、問題が……。
「「「「これからもよろしくお願いします! 女王様!!」」」」」
輝いた目を私に向ける、イケメン三人とおっさん一人。
自分でやらかした事とはいえ、遠い目をしながら盛大なため息をついた。
これから先の事は分からない。
私が知っている僕花の世界とは違う新ルートが、この世界を回しているようだ。
私はアンリエッタが生き延びられた、この奇跡のルートで、頑張って生きていこう。
……変態たちと共に。