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Route Of Elsion  作者: 世界史B
崩れかけた世界の中に
7/53

底が見えない鍋は底が抜けているのかはたまた

「あ痛でででっ!」

ミサキはスカンディアとの戦闘で負傷したカイルの看護を命令されていた。

カイルの脚は腿の辺りにかなり深い傷ができており、定期的に包帯を替えなければならないのだ。ちなみにサイゾウはカイルの傷よりも半壊したヘリアムの方の心配をしていた。

「これくらい我慢してください!」

血の染みがついた包帯を取り、傷口を消毒して新しい包帯を巻く。応急処置術はミサキもスクールで習ったのだがいざ無重力中でやるとなると大分話が違ってくる。空中に物を置くといざ取ろうとした時に明後日の方へ飛んで行ってしまっていたりするのだ。自分を攫った犯人の治療をするというのも変な感じだったが命令されたのだから仕方がない。断ればどうなるかなど考えなくとも明らかだからだ。

「それにしてもよォ、もうちっと優しくできないのか?」

「私もこれが初めてなんです!あれ?包帯止め包帯止め……」

カイルの頭の上を浮いていた包帯止めを掴み、何とか包帯を固定する。

「まあ……何だ、ありがとな」

カイルは気恥ずかしいのかポリポリと無精髭の生えた頬を掻いてベッドの縁を蹴った。これが地上であれば松葉杖などが必要なところだが宇宙では必要ない。慣れた者ならば普段と変わらない移動ができる。

「いえ、拙い手当てですみません」

「まあ気にしなさんな、さてと。俺はドックに行くかね、ハァ、じいさんカンカンだろうな……」

そう言ってカイルは医務室を出て行った。ミサキは治療道具を片付け、ブリッジに向かった。終わったら来るようにアリシアに言いつけられていたからだ。



「カイルさんの包帯交換終わりました」

「そうかい、じゃあ少し休んでな」

アリシアは厳しい顔でモニターを眺めながら言った。その理由は主に先程の通信にある。現在ジルコニアはコロニーフュンフへ到着したところだった。フュンフは密かに宇宙自由軍に兵器提供をしているゼネラルエレクトロニクスに次ぐ世界第2の企業、シーメンスの本社のある場所だ。シーメンスは大戦前までは世界第1だったのだが大戦中最も戦果を挙げたLAの開発にゼネラルエレクトロニクスに一歩遅れをとり、現在の地位に甘んじる結果となった。

アリシアは補給の目的でフュンフへ入港を申請したのだがそれをはねつけられたのだ。先方曰くこちらが兵器提供をしているのはあくまで極秘であり議長の娘を拉致という暴挙をした直後に来られては困る、というものだった。

アリシアはそれも重々承知しているのだがジルコニアの状況も限界だった。人質にも労働をさせなければ艦が回らないというのは通常ならばありえない状況だ。しかし人員を要求することはできないのでせめて物資を、と考えたのだがそれを指先で跳ね除けられたのだ。そんなことを知る由もなくミサキは軽く頭を下げてUターンし、自室へ戻ろうとすると廊下でハイドにばったり会った。

「ミサキか、サイゾウが手が空いていたら来てくれと言っていた。どうもカイルは使い物にならないらしい」

そうすれ違いざまに言ってブリッジに消えて行った。ミサキはアリシアに休憩を許可されていたのだが部屋に戻っても特にすることもないのでドックに向かうことにした。


「だからそのパーツは型番号が違うと言っとろうが!」

ドックに入るなりミサキの耳に入ったのはサイゾウの罵声だった。

「るっせーな!俺は元々こういう細かい作業は苦手なんだよ!」

2人は半壊したヘリアムの修復作業をしているようだった。ヘリアムはコアフレームまで破損していてそれを直すには付近のコアフレームごと取り替える必要がある。今2人はその作業の真っ最中なのだ。カイルがパーツを漁り、その中の一つをサイゾウに放る。その時視界にミサキを捉えた。

「ミサキか?助けてくれよ、このジジイさっきからつべこべ煩くて……」

「誰がジジイじゃ!人がせっかく直したものをものの数分で壊しおって!ミサキ、この役立たずと一緒にパーツを探してくれ、必要ものはそのボードに書いてある」

ミサキはカイルの横のボードを手に取った。作業そのものは簡単だ。前回同様パーツに書かれた番号を読み取ってサイゾウに渡すだけ。艦中のパーツを調べたミサキにとっては慣れた作業だったがカイルはどうもこの手の作業が苦手らしい。ミサキが慣れた手つきでパーツを放っていくとカイルは感嘆の声を漏らした。

「ほー、すげーな」

「そうですか?」

すると今度はサイゾウが上から怒鳴った。

「ですか?ミサキ、こんな奴に敬語なぞいらん。あんまり下手に出てると調子に乗られるぞ!」

「おいジジイ!余計なこと言うんじゃねェよ!ミサキ、今まで通りでいいからな!」

「わかりまし……わかった。あ、そのパーツ取って」

カイルはガックリ肩を落とし、パーツをサイゾウに放った。するとその肩越しに赤いLAがミサキの目に入った。それはカイルとハイドのヘリアムとは少し離れたドックの隅に置かれている上、なぜか鎖でぐるぐる巻きにになっていた。

「ああ……あれね……」

すると途端にカイルは苦い顔になった。ミサキがなぜかと尋ねてみると、

「あれは艦長の機体なんだよ。でも艦長は上の出撃許可がないと出撃できなくてさ、だからあんな風に鎖を巻かれてンだよ。もうそれが原因で最近は艦長の機嫌が悪い悪い」

と、ため息交じりの答えが返ってきた。資金に乏しい自由軍は到底個人専用機など作っている余裕は無い。そこからもいかにアリシアが自由軍にとって重要な人材であるかが窺える。

「でもハイドは艦長といい勝負するときもあるんだぜ?すごいよな」

カイルはパーツをサイゾウに放りつつ視線を隣の青いヘリアムに移した。

「これも専用機なの?」

LAを見慣れていないミサキには少しシルエットが変わっただけで全く別の機体に見えるのだ。

「いいや?ベースは俺のヘリアムと同じ。ただ見ての通りかなりの重武装だろ?だからまあ専用って言えば専用だな」

「俺のヘリアムがどうかしたか?」

その言葉に後ろを振り返ってみるといつの間にかハイドが戻ってきていた。

「いや?なんでもねえよ、それよかハイドォ、お前もこれ手伝ってくれよ……」

カイルはハイドにすがりついた。どう見ても年上のカイルがハイドにすがりついついている姿はどうにも滑稽でついミサキは吹き出してしまった。

「っておい!笑ってんじゃねえ!」

「こらカイル!ボサッとしてないで手を動かさんか!」

再びサイゾウの罵声が降ってきた。カイルはブツブツぼやきながらもパーツをサイゾウに放り投げた。

『ハイド!今すぐヘリアム・カスタムに乗りな!コロニーから射出される物資を受け取るんだよ!


そう艦内放送を終えてアリシアは大きなため息を吐きながら艦長席に体を預けた。

「お疲れ様です」

オペレーター兼操舵手のコニー トレントが水を手渡した。ガタイはいいものの何分気が弱い。オマケによく気配りができるというなんとも見た目のギャップに困らない青年だ。

補給を断られたジルコニアだったがアリシアがゴネにゴネ、更には脅迫まがいのことまでしてやっと宇宙空間に射出した物を勝手に取る分には、という話で決着がついた。手間はかかるものの何も得られないよりはマシだとアリシアは判断したのだった。




ソディアはコロニードライを発艦、現在は月にある政府軍の基地へと向かっていた。ジルコニアの足取りが掴めない以上無限に広がる宇宙を闇雲に探しても時間の浪費な上にソディアは片方のエンジンを失い、シールドジェネレーターにも不調をきたすという有様だ。これではジルコニアが見つかったところでとても戦闘どころではない。

以上の理由からソディアはわざわざ地球をぐるりと回り、月面基地に向かっているのだ。そもそもそこは大戦終結時、コロニー連合から接収したものだ。これまで宇宙に軍事拠点を持たなかった政府軍に月面の基地は願っても無い宇宙への足がかりだった。

その基地への道すがらカントは何度も青いヘリアムとシミュレータで戦ったのだが当然のように勝てるわけもなくあしらわれることしかできなかった。

「なあエイラ、こう……操縦のコツとかないのか?」

食事がてらカントはエイラにこう聞いてみた。するとエイラは呆れ顔で

「カント……本来ルミナスアートというのは何年も訓練を積まなければ乗れないような代物なんだ」

「それでも……」

「結果を言うとコツなんてものはないな」

しかしカントががっくりと肩を落としたのを見て気の毒に思ったのか少しの間考え、手をぽんと叩いた。

「そうだ、食事が終わったら私と模擬戦をしてみよう。フェルト、できるだろう?」

フェルトは首を縦に振った。ちなみにノインはエルシオンの調整中だ。


食堂を出た3人はドックのノインに模擬戦の件を話した。するとノインは二つ返事で了承し、シミュレータの準備を始めた。

「なあエイラ」

「ん?」

カントは自分のアルゴンに向かおうとしたエイラを呼び止めた。少し気になることがあったからだ。

「エイラはどうして軍なんかに入ったんだ?」

カントの見立てではエイラはカントやミサキと同じくらいの年齢である。それが当然のように戦場で戦っているのだから気になるのは当然と言える。しかしエイラは少し困ったような顔をして、口を濁した。

「ああ……それは……」

「2人とも〜準備おーけーだよ〜」

エイラが答えようとしたのと丁度タイミング良くフェルトの横槍が入り、エイラはそれに乗っかる形でカントの質問をかわした。

「じ、準備ができたみたいだぞ、カントも早くエルシオンに乗った方がいいんじゃないか?」

そう言って壁を蹴り、アルゴンに向かった。カントは首を捻りながらもそれに倣い、エルシオンのコクピットに就いた。

「じゃーいい?エルシオンとアルゴンのデータはそのまま使ってるからシミュレータの中の操縦感はほぼリアルと変わらないと思うよ、何か違和感があったら言ってね〜」

フェルトの言葉が終わるや否やコクピット内のモニターに宇宙が映し出される。そこにはカントがヘリアム・カスタムとのシミュレーションの時と違い、ソディアはおらずただ無限に広い空間が続いていた。

『おお、凄いな……』

エイラも思わず感嘆の声を漏らす。

「エイラ、さっきの答えは……」

カントが先程の話を蒸し返そうとするとエイラは小さくため息を吐き、

『カント、お前にだって他人に話したくないことの1つや2つ、あるだろ?」

そこまで言われてカントはやっと自分がエイラの内面に踏み込み過ぎていたことを悟った。

「ごめん……」

『まあ分かってくれればいいんだ。それじゃ、始めるぞ!』

エイラは内部カメラのスイッチを切った。同時にカント全天モニターの片隅に映し出されていたエイラのコクピット内を移していた部分がブラックアウトする。カントが気をとりなおしてモニターを見据えた瞬間、もうすでにアルゴンの放った黄色の閃光はすぐそこまで迫っていた。

「ちッ!」

とっさにペダルを踏み込んで躱す。しかしエイラは驚異的な射撃の腕でエルシオンの芯を狙ってくる。当然カントにそのような真似ができるわけもない。

この状況でカントに取れる選択肢はこのままジリ貧に押され続けるか一か八か接近戦に持ち込むかの2択しかない。カントは迷わず後者を選んだ。

『くっ、流石に機動性は段違いだな。でも……そんな単調な動きでは的になるだけだぞ!』

そう。カントが距離を詰めるということは同時にエイラにとっても狙いやすくなるということだ。いくらエルシオンが速くともビームを数発撃つくらいの余裕ならば十分にあった。

アルゴンは円軌道を描きながら正確にシールドから外れた部分を狙ってくる。それでもエルシオンの速度で無理矢理回避してきたのだがついに右の脚部にビームが当たってしまった。小型モニターに表示されているエルシオンの右脚部分が赤くなり、アラートが鳴る。

「あと……少し!」

しかしカントはペダルを踏む足を緩めずシールドを構えつつアルゴンにさらに接近する。そして一定の距離になった瞬間、シールドを開いてアルゴンをロックオン、ランチャーを連射した。しかしあっさり躱され、反撃のビームが降り注ぐ。だがそれは辛うじてシールドで防ぐことに成功した。

『カント!SASに頼りすぎるな!敵機の進行方向から未来の位置を予測しろ!敵だって棒立ちで的になってくれるわけじゃないんだぞ!』

エイラから厳しい檄が飛ぶ。

「未来の位置を……予測」

カントは口の中で復唱してみる。そして改めてアルゴンの挙動を観察してみた。右へ、左へ、ゆらゆらと動いて予測もできたものじゃない。そう自分で思って気づいた。では自分の今までの動きではどうだったか、スピードに任せた直線的な挙動ばかりではなかったか、

「未来の位置を予測……ね」


「おー凄い!カント上手く避けてるよ!」

モニターからシミュレータの様子を眺めながらフェルトは歓声を上げた。

「うーん、エイラのアドバイスはカント君には少し難しい気がしたけどね……でもよかったよ、苦労してコレをセットした甲斐があって」

ノインは横目でケーブルで繋がれたエルシオンとアルゴンを見て皮肉交じりに言った。何故ならシミュレータのセットや準備はほとんどノインが1人でやったからだ。フェルトのした事と言えば最後に2人を呼んだくらい。確かフェルトの担当は武装でノインは機体整備、シミュレータはどちらかと言えばフェルトの管轄な気がしないでもない……とフェルトの性格面を含めて注文をつけ始めたらキリがないので諸々の不満は1度棚上げし、ノインもモニターを覗き込んだ。確かにカントの動きは回避面、攻撃面を含めて格段、とまではいかないまでも良くなっている。これはエイラの教え方が上手いのかカントの才が成せる技か、はたまたそのどちらもなのかメカニックであるノインにはわからなかった。

「反射神経はいいんだよね〜ほら、今もギリギリで避けてるし」

ぎこちなくも回避運動をとるエルシオンのコクピットに直撃するコースでアルゴンのビームランチャーか迫る。しかしエルシオンは紙一重で機体をビームと平行にして避けた。その動きだけでフェルトはカントの反射神経を評価した。ノインにはただエルシオンの近くをビームが掠っただけにしかみることができなかった。この違いを素直に感嘆として受け取る事はノインにはできなかった。


右へ左へエルシオンのビームを易々とかわしていくアルゴン。対してカントはかわしきれずに度々シールドで防がさるを得ない場面があった。

シールドはビームの粒子を受け流すコーティングが施された複合金属を何重にも重ねて構成されている。しかしそれも何度も受け続ければ消耗していく。エルシオンのシールドの状況がまさにそれだった。

小型モニターにシールド耐久限界の文字が表示されている。アルゴンとの距離は500。最高速度で接近したとしても5、6発のビームを躱さなければならない。大きく深呼吸をし、ペダルを踏み込もうとしたその時、モニターの端にノインが映った。

『えーっと、盛り上がってるところ悪いんだけど艦長から命令だって』

するとノインの画面がブリッジのジードの画面に切り替わった。

「カントか、ちょっとエルシオンで出て艦の前方のデブリをどかしてくれ」

それと同時にソディアの前に浮かぶデブリが映し出された。

現在ソディアが航行している地球近域は旧世代のシャトルの残骸や大戦時の兵器の破片などが漂うデブリ宙域となっている。

流石に軌道エレベーター周辺はデブリを掃除しているのだがそれも地球の周り全てというわけにもいかない。おまけにソディアは先を急ぐためかなり重力圏すれすれを飛んでいるせいでデブリの影響を受けやすいのだ。

「了解」

カントはノインとフェルトと共にエルシオンから繋がったシミュレータのケーブルを取り外し、エルシオンを起動させた。



「なかなか優しいところあるじゃないですか」

ここはブリッジ。ミライの言葉に操舵手のアルフレッドも肩を震わせている。

「なんのことだ?」

半ばぶっきらぼうにジードは問い返した。

「何って、カント君がまだエルシオンに慣れてないから宇宙で動かす機会をあげたんでしょう?そんなことこのブリッジ……いやカント君以外みんながわかります」

なぜなら戦艦の前のデブリをいちいちLAでどかすような真似は通常はしない。そう。『通常は』だ。ジードも立場上カントを殴ったりはしたが艦を守ったカントに感謝もしているのだ。


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