天才が見た凡才の世界
ところが始めて5分もしない内にノインは終了を宣言した。どうやら今回は本当に使用感を見るだけだったらしい。
ドックから出たカントは真っ直ぐフェルトのいる部屋へ向かった。武器の具合を見るためだ。ノックをするといいよーと快活な返事が返ってきたため遠慮なくドアを開けた。
「よう、どんな感じだ?」
「ほい、こんなんでどう?」
カントに背を向けて机で何事か作業をしていたフェルトが椅子を回転させ、振り向くと同時に設計図らしき紙を2枚、カントに見せた。
設計図には先ほどのシールドとランチャーの再デザインされた図面が載っていた。
縦長の六角形に起動時に本体同様赤く発行する十字のラインが入っている。ランチャーの方は通常のものより若干大型化しており、デザインも変わっている他は至って普通。しかしそれよりもカントの注目を引いたのは他ならぬフェルト自身だった。
「眼鏡、掛けるんだな」
ドックではしていなかったから特段目が悪いというわけではないのだろう。
「ん?そうだね、この方が集中できる気がしてね、でもそれがどうしたの?」
たかが眼鏡だがされど眼鏡だ。掛けただけで大分『天才』らしくなる。
「いや、その方が天才っぽいと思ってな」
カントが思ったままを口にするとフェルトは少しだけ眉をひそめた。
「ノインかぁ〜」
どうやら本人は天才と言われるのがあまり好きではないようだ。あれだけ騒がしかったフェルトが急に静かになったのを見て何か触れてはならない部分に触れてしまったのかと思ったカントは慌てて話題を変えることにした。
「そ、そういやこのランチャーの名前はどうなったんだ?」
「うん、それね、パイロット君が考えていいよ〜」
「そ、そうか?じゃあ……」
こう改めて考えてみるとなかなか名前というものは出てこないものだ。
「じゃーパイロット君が考えてる間に簡単に説明をしちゃおっか、これはエネルギーディレクターを使って機体から直接エネルギーを供給するから他のランチャーより高い出力を出すことができるんだよね〜」
そこまで聞いてふと疑問に思ったことをカントは聞いてみた。
「その直接供給ってのをすると機体の機動性とかが落ちるってことはないのか?」
するとフェルトは首を横に振り、
「その辺はご心配なく。エルシオンのメインジェネレータはメーデルリアクター……まあ分かりやすく言うと凄いやつだからビームを撃つくらいじゃビクともしないよ」
「そうなのか、それじゃ……ビームブラスターってのはどうだ?」
フェルトはカントが言い終わるなり吹き出して腹を抱えて笑いだした。
「お、おい?なんか俺変なこと言ったか?」
「い……いや……あんまり普通だったから……」
カントにしてみれば心外である。普通というかフェルトのセンスが特殊過ぎるのだ。でもフェルトが少し元気になったようでほっとした。
「そ、そうか?俺的にはぴったりハマる感じだったんだけどな……」
フェルトは笑いながらもしっかりと設計図に『ビームブラスター』と書き込んだ。
「あ、そういえばお腹空かない?」
カントは今日1日で口にしたものが戦闘の合間に食べたホットドッグ1個だったことを思い出した。するとカントが何か言う前にカントのお腹が先に返事をした。
「ふふーん、じゃあこのフェルト様が美味しい食事処を紹介してあげよう」
フェルトは持っていた紙類を放り出し、さっさと部屋から出て行ってしまった。カントはエイラも空腹なのではないかと思い、ドックへ向かった。エイラのアルゴンはゼネラルエレクトロニクスから直接仕入れたパーツで腕と脚は元通りになっている。エイラはその関節部分で何やら作業をしていた。
「おーいエイラ、フェルトが飯を食いに行くってさ、一緒に行かないか?」
するとエイラは油まみれの顔を上げた。ソディアではパイロットが半分メカニックを兼ねている。エルシオンはゼネラルエレクトロニクスの特別措置なのだ。
「あ、ああ……わかった。少し待っててくれ、今着替える」
そう言って更衣室に駆け込んで行った。エイラを待ちがてらエルシオンのシミュレータの前のノインにも声をかけてみることにした。
「フェルトが?珍しいね。うん、僕もご一緒させてもらおうかな、艦長には僕の方から言っておくよ」
シミュレータを弄る手を置き、ブリッジへ繋がる内線に何事か話し、空いている方の手で丸を作った。許可が下りたようだ。そこで丁度良くエイラが来たので3人揃ってソディアから降りる。フェルトはすぐ外で待っていた。
「も〜遅いよ〜、あれ?エイラとノインも一緒?」
「みんなで食べた方が美味いだろ?」
「うん……そうだね!パイロット君ファインプレーだよ!」
カント達がぞろぞろと向かったのはコロニーの中、ゼネラルエレクトロニクスのビルから反対側にある入り組んだ路地の奥まった所にポツンとある小さな料亭。
「こんな所よく見つけたね……」
ノインすら感心する程だ。フェルトは胸を反らし、意気揚々と注文を口にした。
「そういえばカント君、シミュレータにカント君が見たと言っていた機体を追加しておいたよ」
カントはドックから出る前、ツヴェルフで見た2機のLAのデータを追加しておくよう頼んだのだ。ミサキを取り戻す以上、あの2機との戦闘は必至だからだ。
ノインは鞄の中のタブレットを起動させ、1機のLAの画像をカントに見せた。通常のヘリアムは赤と白のツートンだがこの機体は全身を青く塗装している。
さらに特筆すべきはその武装の多さだ。戦闘中の画像らしく多少ぼやけてはいたが両下腕部にロケットランチャー、肩にはビームキャノン、さらには通常のヘリアムのものより大型のミサイルランチャーを脚部に装着している。
「青いルミナスアートはおそらく[ヘリアム]の特殊カスタム機だね。あの時は武装を外していたけど本来は機動力を落とした火力特化機として運用しているらしいよ」
次にノインは画面を横にスライドさせ、赤い機体の画像を出した。先程の青いヘリアムもぼやけてはいたがこの画像はさらにはひどかった。何とかLAだと判断できるレベルの不鮮明さである。
「ごめんね、この機体はほとんどデータが無いんだ。ヘリアム系統でもないようだし向こうの最新機だろうね。でもツヴェルフ襲撃の後、追っ手を蹴散らしながら逃げていくのがたまたまコロニー外周のリニアレールのカメラに映ってたんだ」
ノインはタブレットを操作し、5分ほどのビデオ見せた。そこに映っていたのは超高速で飛び回りながら政府軍のLAや戦艦を瞬く間に破壊していく赤いLAの姿だった。
その5分の間に赤いLAはLAを17機、7級戦艦を3艦、そして何と準級戦艦を1機で撃墜していた。
「こりゃ中のパイロットは化け物だぞ……」
横からエイラが呻いた。普通戦艦には対物理シールドが張られており、それはとてもLA1機で破れるような代物ではない。だからソディアにしたように大型のビームキャノンを使ってシールドジェネレータを弱らせてから取り付くしかないのだがこの機体はそんなものは持っていない。
敵艦がビームを撃つ一瞬の間に正確にブリッジを破壊している。これを化け物と言わずして何と言おうか。カントには到底勝てる気がしなかった。
「あーもうもう!ご飯中に仕事の話は無し!これは取り上げ!」
カントがよく見ようとノインからタブレットを受け取ろうとするとフェルトの手が伸びてきてタブレットを奪い取った。
「そうだね、時間もあまりないし、今は食事を楽しもうか」
頼んだ料理は普通のラーメンだったが本当に料理が美味しいからなのか腹が減っていたからなのかはたまたその両方なのかカントにはとてつもなく美味しく感じた。
「遅い!5分の遅刻だ」
カント達は戻ってくるなりジードの説教を受けるハメになった。そうは言ってもすぐに出発すると言うわけではない。寧ろ武器の搬入を待つためもう少し時間がかかるのだがジード曰く軍人は時間厳守が鉄則なのだそうだ。
ともあれまだ時間には余裕があるのでカントはノインが調整したシミュレータを使ってみることにした。
ノインがシミュレータを起動した瞬間、エルシオンのモニターに宇宙が映る。それは暗く、深く、本物と見紛う精巧さだった。カントは生まれこそ地球だが殆どコロニー育ちだ。だから宇宙は見慣れたものだったが地球は幼い頃ちらと見たきりだった。その地球が見えるのだ。それこそ手を伸ばせば届きそうな距離に。
しかしそれは宇宙が見せる幻想でここから地球までの距離は数10万キロ、とても手が届くとは言えない距離だ。カントが景色に見惚れていられたのも束の間、正面から青い閃光が迸った。カントは咄嗟にシールドを構え、ビームを受ける。受けきったと一安心する間もなく今度は無数のミサイルをレーダーが捉えた。
このままではいずれ押し切られる、とカントはスラスターを吹かし、ミサイルを大回りして回避しようとする。しかしミサイルはしっかりとエルシオンを追尾していた。通常、LAに搭載されている対LA用のミサイルはジェネレータの熱とスラスター噴射の光をを感知して追尾する。
このことはカントも知っているつもりだったがシミュレータといえどいざ戦場に立ってみるととてもそんなことを考えている余裕はなかった。ミサイルを撒こうと飛び回っているとレーダーが敵機の位置を捕捉した。
接近しようとスラスターを吹かせた瞬間、前方の敵機からもミサイルが放たれた。これでエルシオンは前方も後方もミサイルで囲まれたことになる。
「くそ!」
思わず悪態を吐く。まず機体を反転させ、後方のミサイルを前方に捉え、ランチャーとバルカンの一斉射で片っ端から撃ち落としていく。それでも撃ち漏らしものはたシールドでコクピットへの直撃は防いだ。
次は後方、もとい前方のミサイル。これも撃ち落とそうと機体を反転させた瞬間、背部直撃のアラートが鳴った。エルシオンの装甲ではミサイルの数発程度屁でもないがスラスターはそうはいかない。背部スラスターが破損、機動力の50パーセントを失う結果になった。
それにカントが舌打ちをする間もなくさらなるミサイル、ビームキャノン、ロケットバズーカの直撃を受け、小型モニターに『大破』の文字が映し出された。
「くっそ〜!」
あまりの一方的な展開にカントはパイロットシートに拳を当てた。
「残念だったね、でも最初から上手い人なんていないよ。今のカント君には青いヘリアムは早かったね」
「青い?今のがあの青いヘリアムなのか?」
ノインはモニターの向こうで首を縦に振った。
「ノイン、もう1回、青いヘリアムとやらせてくれ」
ノインはふう、とため息をついたもののそれ以上何も言わず、再び同シチュエーションでシミュレータを起動させた。
下手に逃げるとかえってミサイルの的になるとカントは考え、今度はスタートと同時に一気に加速。ミサイルも盾で強引に受け、左右に機体を振りつつランチャーを撃ちまくった。当然当たるわけもなく狙い澄ましたロケットバズーカが左右の砲身から放たれる。一つは何とか躱し、もう一つは盾で受ける。
しかしあまりにも至近距離で受けたため、盾の中央が大きく凹んでしまう結果になった。カントが一瞬怯んだ隙に距離を取られ、そこからミサイルとビームキャノンがエルシオンを狙う。それも仕方なく盾で受けるが盾はビームを受けきれず融解した。
盾はビームをまともに受けるのではなく受け流す構造になっている。だから一箇所でも凹んだり傷がついたりするとそこに大きな負担がかかり、盾の耐久力が大きく落ちてしまうのだ。
使い物にならなくなった盾を投げ捨て、回避運動もせずまっすぐ青いヘリアムに突撃する。今度はしっかり狙って撃ち、コースも上々だったがビームキャノンで相殺され、もう一方のキャノンにランチャーを含む右腕を破壊される。
それでも左腕でビームブレードを展開、コクピットを狙って突き出すがそれは逆にいい的だった。ビームブレードで受けられ、ビームキャノンでコクピットを撃ち抜かれた。またもや『大破』が表示される。その後も半ばムキになって挑み続けたがビームを掠らせることすらできず、シミュレータに弄ばれるだけだった。