額と額を合わせて通じ合う
「何だと!月基地が襲撃された?」
もう少しで軌道エレベーターの防衛ラインに到着する、というところでジード初めてそんな連絡を受けた。
「はい。月基地に残っていた防衛部隊は壊滅。月基地は敵に占領されている模様です」
「敵の規模は?」
ミライは画面に表示された文章を読んで目を見開いた。
「それが……1機、だそうです」
「たった1機だと?そんなことが……」
そう言いかけてジードは思い当たる節が1つあることに気づいた。それだけの力を持っている機体を1つだけ知っている。エルシオンと互角以上の戦いを繰り広げた所属不明の機体、アルビオンだ。
「どうかしましたか?」
「いや……」
普通に考えてこれは軌道エレベーター周域から合衆軍を月基地方面へ引っ張る陽動だ。だがジードはどこか引っかかった。ではその逆か。だがそうにしてはあまりに不自然だ。このタイミングで月基地を占領して何のメリットがあるのか。少数で基地を乗っ取ったところで現在ここには宇宙軍のほぼ全部隊が集結しているのだ。すぐに奪い返されるのは目に見えている。
「どうしますか?月基地へ向かいますか?」
上層部でも意見が割れているようで未だに具体的な命令は来ない。ここで合衆軍が取れる選択肢は2つ。部隊を2つに分けて月基地奪還とエレベーター防衛の両方を目指す。そしてもう1つは月基地を捨ててエレベーターの防衛に専念するか。
「艦長、あと5分で追加のルミナスアート部隊が着艦する、とのことです」
「あ、ああ」
しかしそんなに単純だろうか。この戦いは恐らく自由軍も総力を投入してくる。そんな存亡を賭けた作戦をこんな簡単に終わらせるとは思い難い。
「艦長、ご家族はどうしていらっしゃるんですか?」
ずっと難しげな表情で考え込んでいるジードを見かねてミライがそう問いかけた。
「家族?今そんなことは……」
「いいから教えてください」
ジードに家族と呼べる家族はカントだけだ。両親はとっくに死に、姉、つまりカントの母親も死んだ。さらに妻帯しているわけでもなく、結婚していない女性と子供を作るほど不節制なわけでもないので当然子供もいない。
「俺の家族……は」
「落ち着きましたか?」
ジードが答えかけるとミライはそれを遮るようにニッコリ笑った。自分には勿体無い出来た部下だ、と思っているとふとコロニーツヴェルフのことが思い浮かんだ。家族について考えたからかもしれない。そこはジードが生まれ育った故郷であり、短かったものの両親、姉夫妻、そして甥と共に暮らした思い出の地である。
「ミライ、月基地が襲撃されたのは何時間前だ?」
「詳しい時間はわかりませんが恐らく2時間ほどです」
「2時間か……」
ジードは広域マップを眺めた。それだけ時間があれば十分だ。
「マグニジア回頭!これより針路をコロニーツヴェルフにとる!」
「ツヴェルフですか?命令はエレベーターの防衛のままですが……」
「時間が無い!早くしろ!」
ハイドはアルビオンのコックピットから出るとそのままバランスを崩して倒れ込んだ。それをミサキが支える。
「ハイド!大丈夫?」
「ああ……」
弱々しく答えるその瞳には生力が籠っていない。ミサキはどうしていいかわからず、とりあえずハイドに渡そうと持ってきた飲料水のパックを渡した。
「まだ……艦長は眠っているのか」
ミサキは頷いた。あれ以降アリシア は一度も目を覚まさない。
「そうか……」
一体アリシアがどれだけの苦痛の中戦っていたか、ハイドは今身にしみて思い知った。基地に向かって突撃したところまでは記憶に残っている。その後は一体何が起こっていたのかわからない。
無我夢中で近づいてくる敵を撃ち抜き、目の前の敵を撃ち抜いた。戦闘中は前後左右、全周囲の情報が頭に流れ込んでくるようだった。確実に見えていないはずの攻撃を避けることができたり、俯瞰で見なければわからないはずの敵の配置、全体の動きを捉えることができた。だがその反動なのか頭が割れるように痛む。
「もう終わったんだよ。だからゆっくり休んで……」
「まだだ」
ハイドはミサキの肩から腕を外し、よろよろと立ち上がった。
「まだ俺には……やるべきことがある」
「どうして!?ハイドは十分戦ったよ!これ以上どうするって言うの?」
ミサキにも任務の全容は伝えられている。その通りに動けばこれ以上LA同士の戦闘は無いはずなのだ。
「俺は……決着をつけなければならない。奴は必ず俺の前に立ち塞がるはずだ。カント キサラギならば、な」
あの時返せなかった言葉。見つからなかった想いを今なら伝えることができる。いや、伝えなければならない。そして勝たなければならない。自分たちの行動の意味が、そこに込められているとカントに示す為に。
「どうして……これ以上アルビオンに乗ったら死んじゃうよ……」
ミサキはハイドの腕にしがみついて涙を拭った。これ以上戦えばハイドはきっと壊れてしまう。ハイドは仲間を、自分を守る為に戦っているということくらいミサキにもわかる。だが理解はしたくなかった。今度ハイドが失うのは他の何でもない、自身の命なのだから。
「あなたが誰かを失って悲しいようにあなたを失って悲しむ人がいることも考えてよ!」
ほんの10分前までは、ハイドが何をしようとしても優しく見送るつもりだった。ハイドの覚悟は自分にはどうしようもできないことを知っていたから。だが、いざヒビの入ったハイドを目の当たりにするとそんなミサキの覚悟はいとも簡単に吹き飛んでしまった。本当はこんなふうに怒鳴りたくはなかった。本当は笑顔のままでいたかった。そう言おうとしたがミサキの口から漏れるのは声にならない嗚咽ばかりだ。
「すまない」
「……どうして謝るのよ」
ハイドがミサキを泣かせたのはこれで2度目だ。その時もう二度とミサキを悲しませまいと決意したのだがそれを守ることはできなかった。
「俺には……やらなければならないことがあるから」
「全く、少し眠ってる間に随分大きくなったもんだ」
つい先ほど目を覚ましたアリシアがブリッジへ向かっていると途中でミサキとハイドが言い合いをしている場面へ出くわした。どうしようか迷ったものの結局その場で隠れていることにした。すると部下の思いもよらない成長を目の当たりにしたわけだ。
「……私も気合いを入れなきゃね」
アリシアはブリッジの扉の前で大きく深呼吸すると勢いよく扉を開け放った。
「か、艦長!」
「待たせたね、コニー、あんたには随分でかい借りができちまった」
「いえ……私の借りはまだ返しきれていませんから」
コニーの目尻には若干涙が滲んでいた。いつもならブリッジで泣こうものなら問答無用で蹴り飛ばしていたのだが今日限りは我慢してやろう、とアリシアは上機嫌で艦長席に腰を預けた。
「乗組員各位に告ぐ!1度しか言わないから耳かっぽじって聞きな!」
「カント!これを見て!」
ミサキはマグニジアから受け取ったメールをカントの前で広げてみせた。
「敵の狙いは……ツヴェルフ?どういうことだ?」
「わからない。でもかなり切迫した状況っていうのは間違いないよね」
カントはフェルトの手によって限界までカントに最適化されたエルシオンを見上げた。その隣には大きなコンテナが4つばかり積み上げられている。
「追加装備を施している時間は無さそうですね」
エルが服の裾を握りながらカントを見上げた。エルが少し大人っぽくなった気がするのはカントの気のせいだろうか。
「帰りはシャトルを手配してある。これならば戦艦にも追いつけるはずだ」
「ありがとうございます。ケインさん」
「私にできるのはこれくらいだからね」
ケインはカントに向かって手を差し出した。カントもそれを取って応える。
「君には我が社の内部抗争に巻き込んでしまってすまないと思っている」
「いえ、確かにひどい目に遭いましたが……お陰で出会えた人もいます」
最後にケインは何か一言呟いたがそれをカントが聞き取ることはできなかった。
カントが手を離すとケインはくるりと背中を向けて港に背を向けた。結局最後まで分からない人だった、カントはそう思った。
「艦長!艦前方に有人の脱出ポッドを発見しました」
「脱出ポット?また勝手にゴミを捨てやがって……」
「ですが……中に人がいるようです」
「気をつけて回収しろ」
ジードはこの宙域で難破した宇宙船がないかを素早く調べた。脱出ポットはやむを得ない事情で宇宙船に乗っていることができない場合に最終手段として装備されているものだ。それ自体の推進力はほぼ皆無で別の船に回収してもらうまでその中で生き延びることを第一に設計されている。故に近くで難破した宇宙船が無い場合、敵の工作員が乗っている可能性が高い。
『こちらアルゴン、ポッドを回収。これより帰投します』
一刻の時間も惜しい状況だったため補充の兵員も待たずに発進してしまった。だから現在マグニジアにいるパイロットはエイラ1人だ。ここのところずっと働かせ続けだったからこの戦いが終わったら休みをやらないとな、ジードがそんなことを考えているとエイラから素っ頓狂な声が聞こえた。
『か、艦長……ポッドの中に……』
「どうした?」
『いえ、すぐにそちらに向かいます』
程なくしてエイラはブリッジにやってきた。その後ろにいる人物を見てジードは驚きを隠すことができなかった。
「き、君は……」
「ミサキ……マルクス……」
ジードが絶句した続きをミライが引き継ぐ。
「はい。私はミサキ マルクスです。救助に感謝します」
「い、いや……怪我はないか?」
「はい」
拉致されたところを戻って来れたのだ。もう少し嬉しそうにしても良さそうなものだがミサキの顔は暗かった。
「本当にあれで良かったんですか?」
「ああ。あそこならどこかしらの船の航路に引っかかるはずだ」
「そうじゃなくて……」
「何だい?もともとミサキはあっち側の人間だ。そもそもあたし達とこんなに関わっちゃいけなかったのさ」
そう言うアリシアの声も僅かに震えていた。ああ、とコニーは思った。そしてそれ以上追及するのをやめた。
「コニー、艦全体に繋ぎな」
「了解……繋ぎました」
アリシアはマイクを引っ掴んでスイッチを入れた。そして大きく息を吸い込む。同時に覚悟を決めた。10年前と同じ厄災を引き起こすことの。
「いいかお前ら!これからあたし達は未来永劫語り継がれる悪業を成し遂げる!その覚悟は決めたね!」
コニーが、ニーチェが、サイゾウが、そしてハイドが、アリシアの声に耳を傾けた。
『コロニーツヴェルフを地球に叩き落とす!この長い戦争にあたし達の手で終止符を打つよ!』
軌道エレベーターの襲撃、月基地の占領、そのどちらも作戦の目的ではない。
コロニー自由軍の本当の目的、それは10年前、コロニー連合が起こした厄災を再び引き起こすこと。10年前、既に劣勢に立たされていたコロニー連合は最後の悪あがきとして当時最も地球に近かったコロニー、コロニーエルフを地球に落下させた。本来は合衆政府本部を狙ったのだが落下するコロニーの軌道は変わり地球の裏側に衝突、その半分を死の大地へと変化させた。
今度こそ合衆政府本部へコロニーを落下させ、地球そのものを破壊してしまえば合衆政府対コロニー、という構図の戦争は終わりを迎えるのだ。もちろんこれが正しい戦争の終わらせ方と思う人は多くはないだろう。だがアリシアは壊れゆくコロニーアインスを目の当たりにした時誓ったのだ。この理不尽な戦争を終わらせることができるなら悪魔に魂を売り渡すことも厭わない、と。
「カント!マグニジアが見えてきたよ!」
シャトルはマグニジアに接近すると速度を落とし、相対速度をゼロにする。そしてマグニジアにエルシオンとコンテナを運び終えたのを確認するとカントはパイロットにお礼を言ってフェルトに続いた。
そこでカントを待っていたのは見慣れたマグニジアの面々、そして見慣れた、いや見慣れていたはずだがここにいるはずのない人物が1人、いるのを捉えた。
「ミサ……キ?」
「うん」
久しぶりに再会できて狂おしいほど嬉しいはず、だがミサキは素直に喜ぶことができなかった。エルシオンのパイロットがカントだと、そして自分が抱える秘密を知ってしまっていたから。
「どうしたんだ?元気無いな」
「あの……ね、カントに伝えたいことがあるの」
「伝えたいこと?」
「うん……」
ミサキが口を開きかけた瞬間、マグニジアのサイレンがけたたましく鳴った。
『敵艦を発見した!総員、戦闘態勢に入れ!」
「あのね……」
「ごめん、後でゆっくり聞くから!」
ミサキは別の乗組員に連れられて用意された部屋へ戻された。カントは急いでパイロット用更衣室へ駆け込み、パイロットスーツに着替える。
「やっぱり、行くつもりなのか」
隣の部屋からエイラの声が聞こえてきた。更衣室はもともと1つの部屋に仕切りが付いているだけなので音は丸聞こえだ。聞き耳を立てなくとも衣擦れの音までまありありと聞こえてくる。
「当たり前だろ」
「ミサキは帰ってきたんだろう?ならお前が戦う理由はもう無いはずだ。なのにどうして……軍人でもないのに!」
エイラの声に力がこもるのを感じた。
確かに最初はずだミサキを取り戻せればいい、それだけだった。だが宇宙を渡り、地球を旅したことでカントの世界は大きく変わっていったのだ。
ミサキだけじゃない。ミサキを取り囲む世界を守りたい。確かに楽園ではないかもしれないけれど、それでもカントにはかけがえのない世界だ。そう思うようになっていった。
「お前も守りたいものがあるから戦うんだろ?」
カントは仕切りの壁に背中からもたれかかった。誰しもに守りたいものがあるから、誰しもに正義があるから戦える。そう教えてくれたのはエイラだ。
「それは……」
エイラが戦う理由。それは恩返し、という思いが強い。
莫大な死者を出したコロニー独立戦争。その際に溢れた親を失った子供達。いわゆる戦災孤児というやつだ。合衆政府やコロニー連合はそんな子供達を集め、衣食住を与える代わりに兵員としての訓練をさせた。より幼い頃から訓練を始めることで純度の高い兵士が出来上がる。当然公然と行えることではないが行き場を無くした子供達はそこに身を寄せるしか選択肢がなかったこともまた事実だ。
そんな中でエイラも訓練を受け、大戦が終結した今はパイロットとして働いている。確かに自分の過去に納得しているわけではない。しかしだからといって合衆軍を憎んでいるわけでもなく、むしろ感謝すらしていた。合衆軍が拾ってくれなければ生きてすらいられなかっただろうから。
「それに、決着をつけなきゃならない奴もいるしな」
「……ならば、私がお前を守ろう」
エイラも仕切りに体を預けた。背中越しにエイラの吐息が聞こえてくる。
「私がお前の背中を預かる。だから思い切り戦ってこい」
背中を預かる。言葉には確かにエイラの覚悟があった。
「なら、エイラの背中は俺が守る」
だからそんなエイラの覚悟には、相応の覚悟で応えなければならない。カントはそう思った。




