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Route Of Elsion  作者: 世界史B
不完全で不安定な世界の中は
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天才が焦がれた凡才の世界

まるでカントたちが来ることを事前に知っていたかのように輸送艇が港に着くなりカントたちはエルバーグに出迎えられ、真っ直ぐケインの所まで案内された。

「ケインさん、聞きたいことが……」

「分かっている。カント キサラギ、フェルト ラム、そしてノイン ハウザー、君はエルシオンの……」

「自律学習アンドロイド型戦術アシストオペレーションシステム、カントにはエル、と呼ばれています」

「ならばエル、君たちは相当の疑問、疑念があるがゆえに私の所に来たのだろう。だがその質問を聞く前に私が全てを話そう。ゼネラルエレクトロニクス、そしてエルシオンの全てを。君たちの問いの答えは自ずとそこにあるはずだ」

ゼネラルエレクトロニクス。言わずと知れた最大手電器メーカーだ。子供用玩具から、LAまで、というキャッチフレーズの通り日々の生活の中でその名前を目にしない日は無い。

だがその栄華の限りを誇るゼネラルエレクトロニクスが今分裂の危機にあるのだ。原因は前社長、クラテス ルトルが後継者を指名しないまま死去してしまったことに始まる。この場合副社長がエレベーター式に社長になるのだがここで問題になったのはその副社長が2人いた、ということだ。宇宙支部長のケインと地球本社のニッツだ。

「ちょっと待ってくれ、ルトルって……」

カントの脳裏にラスベガスでカントに近づいて来た恰幅のいい紳士が思い浮かんだ。確か名前はニッツ ルトル。

「そう。あいつは前社長の一人息子だよ」

ケインはため息まじりに答えた。

ニッツは社長が職務を行えない間、代理として働いていたこともあり、彼は若くして副社長の座に就いた。そんな社長の息子を推す派閥と宇宙支部長として既に多大な成果を上げていたケインを推す派閥に二分されてしまったのだ。片方が地球、もう片方が宇宙という構図上自然とそれは宇宙部、地球部という対立にもつれ込み、以後は人材や資材、技術の渡りも無い実質別物と化していた。

「あのゼネラルエレクトロニクスにそんなことが起きていたとはな……」

「組織というものは大きくなればなるほど内部が腐敗していくものだ」

ケインはデスクの引き出しから1本のメモリーを取り出し、パソコンに挿し込む。するとカントたちの前に立体ホログラムのモニターに数機のLAの設計データが表示される。

「そしてここからが本題だ……」

ある日ケインは地球部が何か危険な研究をしている、という噂を耳にした。妙に気になったので少し調べてみると地球部のデータベースの中に異常にセキュリティの固い部分がある。そこでありとあらゆる手段を講じてその情報に手を伸ばすと驚くべきものが転がり出て来たというわけだ。

EL計画。地球部が画策していた恐ろしい策略だ。

その全容を端的に述べれば則ち戦争の支配。全てのLAを無人化し、秘密裏に1つのマザーコンピュータの支配下に置く。そうすることでLAに頼る現代の戦争を裏から操ることができる。

だがそれには大きな問題があった。それは現状の無人操作システムでは有人のパイロットには到底敵わない、ということ。どうしても動きが単調になり、これでは無人化の有用性を証明できない。

だからまず無人化の大元になるマザーコンピュータに莫大な量の戦闘データを蓄えなければならない。そこで作られたのがELシリーズと呼ばれる最高峰の機体だ。その中に自立学習型のアンドロイドを配置し、各方面に散らばらせる。そして十分なデータが集まり次第機体を回収し、内部のアンドロイドから記憶装置をマザーコンピュータに移植する。これによって可能な限り安全にデータの収集ができる。一般の機体にデータ発信装置などを取り付ければ計画がバレる恐れがあるからだ。

「じ、じゃあエルちゃんは……」

「そうだ。そのデータ蓄積の為のアンドロイドだ」

フェルトはエルの肩をぎゅっと抱きしめた。エルはただフェルトの手に自分の手を重ね、じっとケインの話を聞いていた。

「ん?でもそのELシリーズってのは地球部の機体なんだろ?どうしてそれが宇宙部にあったんだ?」

「簡単な話さ、盗んだんだよ」

そんなことをすれば会社の利益の為にまた幾度となく戦争が起こる。それによる被害を受けるのはいつだって戦争に無関係な一般市民なのだ。だがケインにそれを止めさせるだけの力は無い。そこで秘密裏に地球部に工作員を送り、ELシリーズの試作機の強奪、および全データの消去を計画した。

その計画は半分はうまくいき、半分は失敗に終わった。試作機であるエルシオンの強奪には成功したもののデータの消去が終わらないまま地球部にバレてしまったのだ。

ケインは何としてもEL計画を止めるべく地球部のELシリーズを破壊するために強奪したEL-00に宇宙部の最高技術であるメーデルリアクターとそれが生み出す超加速からパイロットを守る重力制御装置を取り付けた。だが機体には世界中に散らばったELシリーズの同士討ちを防ぐ為に内部のアンドロイドにはELシリーズ同士が戦闘を行うとストッパーが働くプログラムが埋め込まれていた。

さらにアンドロイドを外すと機体が起動せず、パイロットは生体登録式、というアンドロイドの基礎プログラムを書き換えることも宇宙部の技術では不可能だった為、苦心の末に無理やり最優先起動プログラムとして『ELシリーズを感知した場合、強制排除する』と書き込むことで最大の問題は解決した。そしてそのEL-00にエルシオン、という名を与え、然るべき人物に渡す為にわざわざ合衆軍の戦艦に輸送を頼んだ。

だがどこから情報が漏れたのか地球部の依頼で自由軍が鹵獲に乗り出し、その最中にカント キサラギがパイロットとして登録されてしまった、というわけだ。

「……これがエルシオンに関する私が知る全てだ。他に何か聞きたいことはあるかな?」

ケインは一通り全員の顔を見渡し、誰からも声が上がらないのを確認するとデスクのコーヒーを啜った。

「ところでノイン ハウザー君、君についても調べさせてもらった」

ケインはまるで友人と会話する時のように軽い口調で言った。

「大学を卒業後、助手をしながら研究をし、研究が大成しないことを察して我が社に入った……ということだったが……」

ケインは口調は変えず、だが目線ではジロリとノインを睨みつけた。

「大学に問い合わせたんだがノイン ハウザーという者が在籍していたことはあったが助手をしていた、という記録は無いそうだ」

「何かの間違いでは?」

ノインも負けじとケインを睨み返す。だがその声は若干震えていた。ケインはさらに詰るように続けた

「そうかな?地球部のデータベースに残っていた記録では大学卒業後、すぐにゼネラルエレクトロニクスに就職、そして……宇宙部に転属、とあるんだがねぇ」

「っ……」

ノインは歯を食いしばって黙りこくった。

「スパイ、ということでいいな?」

ノインは何も答えない。だがそれは肯定を示す態度そのものだった。

「ノイン……違うよね?きっと何かの……」

「間違いじゃない」

フェルトが差し伸べた手をノインは振り払った。

「じゃあずっと……私たちを騙してたの?」

フェルトの声は涙で震えていた。ずっと共にエルシオンを支えてきた仲間、という思いは初めから一方通行だった。その背信感はフェルトの想像以上だった。


ノイン ハウザーはその優秀さを買われて宇宙部へのスパイを命じられた。だが最高機密であるエルシオンに一技術者であるノインが触れられる機会はそう無く。地道に成果を積んでやっとエルシオンの担当メカニックに選ばれた時には既にパイロットが乗っており、実質奪還は不可能だった。

そこで次の命令はエルシオンの破壊。だがこれも隣に天才と謳われるフェルト ラムが居る以上下手なことはできない。そうこうしているうちにエルシオンはソディアの元を離れてしまった。

地球ではニッツ ルトル自ら動いたものの度重なるアクシデントで失敗に終わった。さらに何の成果も見えないままエルシオンが宇宙に上がってしまったことで業を煮やしたニッツは試作段階だったアルビオンの投入を決意。実戦テストも兼ねて自由軍に横流しした、という経緯だ。

「……僕は……」

「もういいだろう。君には産業スパイとして然るべき処置をする。依存は無いな?」

「はい」

どこからか現れた黒服の男数人にノインは囲まれ、部屋から出て行った。

「ケインさん!ノインは……」

「誰も彼を庇うことはできない。彼もその覚悟を持ってここへ来たはずだ」

「でも……」

ノインも共に戦ってきた仲間だ。どんなにエルシオンを壊して戻ってきても笑顔で迎えてくれ、また万全の状態で出撃させてくれた。それがずっと自分たちを裏切り続けていたとしてもはいそうですか、と今すぐに割り切ることはできない。

「エルについてはプログラムの変更を行う。ELシリーズとの戦闘の度に暴走していては機体が保たない」

ケインはそう言ってフェルトに目配せした。エルは不安げな面持ちでカントの方に目配せした。

「フェルト……」

「大丈夫。エルちゃんは私が守るから」

フェルトはいつも通り……少し引きつった笑顔をカントに見せるとエルの背中を押して退室した。


「エルシオン……この言葉の意味がわかるか?」

カントは首を横に振った。カントは今ケイン コフィスという人物との距離の取り方を決めあぐねていた。時に正義感に溢れ、時に冷酷でもある。カントには目の前の人物がいい人なのか悪い人なのか。また正義なのか悪なのか。分からなくなっていた。

「神話に出てくる楽園の名前だよ。死後の英雄が辿り着く魂の安息の地。だがこの世界は楽園には程遠い。君も見てきただろ?世界の光と陰を」

コロニーツヴェルフでの生活。地球に降りて知った現実。ふとエイラの言葉を思い出した。『誰しもに自分なりの正義がある』もちろんそれはカントが思うそれと同じかもしれないし、相容れないものであるかもしれない。

「あなたにも正義があるんですか?」

ニッツは驚いたような顔をしていたがその問いには結局答えず、コーヒーをすすりながらどうかな、と言っただけだった。


手持ち無沙汰になったカントはちょうどお腹も空いていたので以前行ったことのある料亭に足を運んだ。こういう店は最初に入るのこそ敷居が高いが1度入ってしまえば後は気軽なものだ。

案の定店内に他の客は無く、カントがパスタを頼んでからも客足が入ることもなかった。

コロニーツヴェルフにいた頃は自分の目の届く範囲が世界の全てだったし、世界は自分の視界の範囲内だと思っていた。しかし外へ飛び出してみたらどうだ、現実はカントの想像を軽く超えていた。

「井の中の蛙……とはよく言ったもんだ」

ケイン曰くこの世界は楽園とは程遠いらしい。でも、とカントは思った。楽園とは一体なんなのだろうか。少なくともコロニーツヴェルフの中はカントにとって居心地のいい、いわば楽園だった。万人が楽園と思うことのできる世界とはどんな世界なのか。ふとそう思った。

「あれ〜先客がいるなんて珍しいな〜」

白衣を着て、眼鏡をかけた少女が店のベルを鳴らした。同時にカントが頼んでいたナポリタンが届く。

「え〜、この店に来てパスタを頼む人なんて初めて見たよ」

「そもそもこの店にお前以外の客、来るのかよ」

「もちろん」

フェルトはカントの向かい側の席に腰を下ろした。

「白衣を着てるとなんかそれっぽいな」

「何?それっぽいって」

「んー、メカニック?研究者?みたいな」

「そ、そうかな?」

フェルトは少し顔を赤らめてそそくさと白衣を脱ぎ、眼鏡を外した。そしてカントと同じナポリタンを頼む。店の主人は見るからに呆れた顔をしていた。

「お前もパスタ頼むんじゃん」

「カントの見てたら私も食べたくなって」

フェルトの分はカントが頼んだ直後だったからか比較的早めに届いた。パスタの端にフォークを突き立て、くるくると巻いて食べる音だけが響き、無言のまま食事を続けた。そしてカントの皿のパスタの残りが2割を切った頃、フェルトが口を開いた。

「なんか……静かになっちゃったね」

以前来た時はエイラやノインも一緒だったからか余計店内が寂しく感じる。

「私はノインのことを大事な……仲間だって思ってたんだけどなぁ……ノインはずっとそれを笑ってたのかな……」

そう呟くフェルトは少し寂しげだった。割り切れないのはフェルトも同じなのだろう。そんなフェルトを見てカントはノインとの会話を思い出した。

「ノインは……多分お前を尊敬……じゃないな、畏敬……してた気がする」

少なくともノインはフェルトを笑ったことなどカントの知る限り一度もない。ノインが時折フェルトに見せる視線は尊敬と、諦めと、どこか畏れを含んでいた。

「ノインは俺に言ったんだよ。少なくとも自分の知る限り天才と呼べるのはお前だけだって」

「天才、か……」

フェルトは巻いたパスタを口に入れず、皿の上で弄んでいた。その姿がどこか小さく見えたのはカントの目の錯覚だろうか。

「私は……普通に生まれたかったな……」

「どうしてだよ」

「私、学校に行ったことないの。ジュニアスクールも通信制だったし、すぐここにスカウトされたからね」

フェルトはフォークでビルのある方向を指した。

「普通に学校に行って、勉強して、好きな人ができたりして、告白して……」

皆んなにとっての普通がフェルトには普通ではなかった。若き天才、そんな重圧はどこへ行ってもフェルトについて回り、決して離してはくれなかった。

そこでフェルトは笑顔の仮面を被り、努めて明るく振る舞った。そうすることで少しでも自分と誰かの溝を埋めたかったのだ。

「でもノインはそれに気づいてた。本当の私を見てくれる、そう思ってた」

それも全て演技だったのか、エルシオンに近づく為の手段に過ぎなかったのか。今となっては知りようがない。

「でもあいつも心のどこかでお前を……俺たちを受け入れてくれたんじゃねえかな」

「どうして?」

「アルビオンの情報を教えてくれたんだろ?」

あの時エルシオンが暴走さえしなければカントは負けていた。つまりあの時点でエルシオンが破壊される可能性は十分にあったのだ。だからわざわざアルビオンの情報を流す必要も無いはずだ。

「そう……なのかな」

「それに、学校に行く……のは無理かもしれないけど普通に友達を作ったり恋をしたり、そんなのは今からでもできる……まあ片方は達成されてるか」

「片方……ってどういうこと?」

カントが何の気なしにそう言うとフェルトは口元まで持っていきかけていたフォークを取り落とした。その反応にカントは少し落胆する。

「おいおい、友達だと思ってたのは俺の方だけかよ」

「もう……ばか」

その時見せた笑顔はフェルトが初めて見せる本当の笑顔だったのではないか、カントはそう思った。


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