喉を奪われたカナリヤの翼になりたい
エルをエルシオンから引き剥がすとエルシオンは完全に機能を停止し、機体の色も真っ白に戻った。
それから再起動もできなかったのでエイラがアルゴンでエルシオンをマグニジアまで引っ張った。なおアルビオンの方はエルシオンが停止した瞬間、反転して退却したようだ。
「アルビオン?それがあのルミナスアートの名前か……」
エルはマグニジアに着いてすぐにフェルトが検査のために連れて行き、ノインはエルシオンの整備にかかりきりでマグニジアのドックは一時騒然となっていた。
カントに手伝えることは何もないのでせめて邪魔にならぬよう食堂へ行ったところ、エイラと鉢合わせしたのだ。
「ノインの話だとゼネラルエレクトロニクス社製らしいんだがフェルトは知らなかったみたいだしまだ謎だらけだな」
「そういやどことなくエルシオンに似てた気がするな……エルも知らなかったみたいだし」
エル、という単語でカントはエルについて思い返してみた。
「エルって言えば俺、あいつのこと何も知らないな……」
突然暴走しだしたり、やたらと人間っぽかったり。そういえばフェルトが現代の科学でエルみたいな精巧なアンドロイドを作るのは不可能、みたいなことを言ってもいた。
「結局暴走の原因はエルだったんだろ?何か予兆みたいなことはなかったのか?」
「何も。突然俺の操縦も効かなくなって、フェルトもノインも何も知らなかったって言ってるし……どうなってんだ?」
一度に色々なことが起こりすぎて頭がパンクしそうだった。どれを取っても謎だらけで取っ掛かりもつかめそうにない。
「そのことだけどね、今回の事は予想外の度を超えてる。だから一度本社に戻らないといけない」
食堂の前にフェルトがいつになく厳しい面持ちで立っていた。
「本当にフェルトも何も知らなかったのか?」
「うん。エルちゃんのことといい、アルビオンのことといい、何か大きなものが動いてる気がする」
カントもケインに聞きたいことが山ほどあった。だからフェルトの案には大いに賛成なのだがそうなるとマグニジアは大きく遠回りをすることになってしまう。
「小型の輸送艇があるからそれを使えばいい」
エイラがカントの不安を読み取ったかのように先回りして答えた。
「心配するな、私たちだけで何とかしてみせるさ」
カントは少しづつ離れていくマグニジアを窓から眺めていた。ガラガラの座席の前の方ではフェルトとエルが何やら楽しげに笑いあっている。時折自分の方を見ているのが気になるが笑いのネタにされている、とはあえて考えないことにした。
エイラの言葉に甘えてカント、エル、フェルト、ノインは輸送艇を使ってコロニードライへ行くことを決めた。マグニジアが心配じゃないと言えば嘘になるがそれでもカントはエルの側にいてやりたかった。
ミサキが非常用ボタンを押したことでアルビオンの詳細情報がコニーを始めジルコニアの全乗組員にもたらされた。だからボロボロではあったがアリシアが帰還した時には皆が手を取り合って喜んだ。
「艦長!艦長!」
「アリシアさん!」
「アリシア!」
「うる……さいね、聞こえてる……よ」
だがアリシアは飛び散った装甲の破片によって深手を負っており、絶対安静が必要な状態だった。さらに間の悪いことにジルコニアに大部隊の陽動の為に月基地の襲撃という無茶苦茶な命令が回ってきたのだ。
ハイドはベッドで眠るアリシアを見下ろした。アリシアはあまりの失血の多さに意識を失ってしまったのだ。見ればアルビオンのコックピットの中は血の海でジルコニアまで帰って来たのも気力が全てだったのだろう。
「俺は……どうしたらいいんでしょうか」
現在ジルコニアは混乱状態に陥っていた。無茶な任務を背負い込まされた上に指揮官が昏睡状態なのだ。
そんな中ハイドは自分を責めずにはいられなかった。もしハイドがアルビオンに乗っていたら確実にこうはならなかっただろう。アリシアがいればどんな状況であろうとジルコニアをまとめ上げることができた。だがハイドにそれはできない。本来ならアルビオンに乗るのはハイドで、こうして眠っているのはハイドのはずだったのだ。つまりハイドはアリシアに守られた、ということだ。
「あ……」
アリシアの部屋のドアが開き、替えの包帯を抱えたミサキが姿を現した。あれ以来2人は顔を合わせたこともなかったためなんとなく気まずい空気が流れる。
「包帯、替えるからハイドは出てて」
ハイドが部屋から出るのを見届けるとミサキはアリシアの服を脱がし、古い包帯を外して傷口を消毒してから新しい包帯を巻いていく。外した包帯にべっとりと染み込んだ血がアリシアの傷の深さを表していた。
「アリシアさん……私に何ができるのかな?」
ミサキはハイドやニーチェのようにLAを操ることはできない。コニーのように戦艦の舵を握ることもできなければサイゾウのようにLAを修理することも無理だ。ただできるのはこうして包帯を取り替えることくらい。艦がピンチなのに何もできない自分の無力さに腹が立った。
血まみれの包帯を抱えて外に出るとドアの脇にハイドがいた。
「……あの時は……すまなかった」
「あ……うん」
お互いに目線を逸らす。言葉の上では仲直り、と言ってもそうすぐに気持ちが吹っ切れるわけではない。
「俺は……怖かった。お前を失うのが」
「わ……私を?」
「故郷、家族、戦友……俺はいろんなものを失ってきた。だから…これ以上失うのが……怖かった」
ハイドが歩みを止めた。ミサキもそれにつられる。心なしかハイドの目元が赤くなっているような気がした。
「どうして戦うのか、あいつは俺にそう聞いた」
「……うん」
ハイドは目に手を押し当てた。胸の奥から熱いものがこみ上げてくる。今までならそれを無理やり押し込むことができた。だが今のハイドには、心の蓋を外されてしまったハイドには溢れ出る感情を抑えることができなかった。
「俺は……俺たちは……」
ミサキはハイドの声に嗚咽が混じったのが聞こえた。出会って初めて感じるハイドの心。強くも脆いそれを目の当たりにしたミサキは自然と体が動いていた。
ハイドの頭をそっと胸に抱き寄せる。ハイドはとくに抵抗することなくミサキのなすがままに体を預けてきた。ミサキが離した包帯がふわりと宙を舞う。
「俺たちは何かを得たかったわけじゃない。ただ何も失いたくなかっただけなんだ……」
「うん」
もしここで誰かが寄り添っていなければハイドの心は壊れてしまう。ミサキはそう感じた。どこにもやり場のないハイドの心の逃げ場になりたかった。
果たしてどれくらいの間そうしていただろうか。果てしないようで一瞬の時間。ハイドはミサキの胸から顔を上げた。そこにはどこか吹っ切れたような清々しさが刻まれていた。
「……ありがとう」
「どうするんじゃ?そろそろ時間じゃろう」
「どんな状況であろうと僕たちは立ち止まるわけにはいかない」
コニーは既に修復を終えたアルビオンを見上げた。
「ニーチェ、やってくれるか?」
ジルコニアに残っているパイロットはもう1人だけしかいない。だからアルビオンに乗るのは自然と絞られてしまうのだ。
「元からそのつもりです」
申し訳なさそうに首を垂れるコニーに笑いかけ、ニーチェがハッチを開けてコックピットに入ろうとしたその時、
「待ってくれ!」
「……ハイド?」
「俺がアルビオンに乗る」
ハイドは真っ直ぐニーチェの瞳を見つめた。
「……はぁ、仕方がないな」
「と、その前に」
ニーチェはコックピットへの道を横に逸れてハイドに開け渡す。そしてコックピットに滑り込もうとしたハイドの肩を掴んで、言った。
「1回は1回、だからな」
そうして自分の頬をハイドに向けた。
『ハイド エイルマン、アルビオン出撃する!』
ヘッドギアを装着し、アルビオンはジルコニアから飛び立った。
「うっ……!」
アルビオンが発進すると同時に体の中身が外に押し出されるような不快感がハイドを襲う。すんでのところで意識を失うのを回避した。
「ハイド!大丈夫か?」
『は……い。艦長はこんな状態で戦っていたのか……』
「いいか?これはあくまで陽動だ。正面から戦う必要は無い。敵の注意を引きつけてすぐに戻ってくるんだ。いいね?」
『了解』
「いいか?絶対に死ぬなよ、僕はまだ君に勝てていないんだからな!」
そう言いながらニーチェは唇から滴る血を拭った。
「全く、ハイドの奴、手加減というものを知らん」
「それよりじいさん、僕のロジェン、期間内に頼みます」
「任せておけ、ちゃんと注文通りに仕上げてみせるぞい」




