切り売りした魂の果て
デブリ帯を抜けた途端、マグニジアには山のようなメールが送られてきた。デブリ帯に居て滞っていた分が一挙に押し寄せてきたのだ。
「……こりゃまずいことになったな……」
「どうかしましたか?」
ジードはミライの前のモニターに命令書を映し出した。
「現在コロニー自由軍の大部隊が集結しつつある。狙いは……軌道エレベーター!?」
ジードは胃を抑えるのも忘れて全てのメールに目を通したがどれもこの命令を急かす旨が記されていた。
「このペースだと近いうちに正面衝突になるな……」
軌道エレベーターさえ破壊してしまえば地球と宇宙は実質隔絶されることになる。そうなればコロニー自由軍はその名の通り『自由』を獲得することができる、というわけだ。
「どうされますか?」
「エレベーターが最優先だ。あれが破壊されれば旧連合の遺産どころの騒ぎじゃなくなる」
この話は瞬く間にマグニジア中の知るところとなり、どこへ行ってもこの話題で持ちきりだった。
「軌道エレベーターを壊すって言っても……あんなにでかいものそう簡単に壊せるもんなのか?」
「そんなの簡単だよ」
フェルトは1枚の紙を取り出して上下両方から引っ張った。
「軌道エレベーターは地球の重力と自転の遠心力の2つの力が丁度均等になるように建てられてるんだ。だから……」
フェルトはエルに目で合図した。するとエルはフェルトの胸からペンを1本抜き、紙の真ん中に穴を開ける。すると紙はその穴を起点にしてみるみる裂け目が広がり、真っ二つになって破れてしまった。
「……とまあこんな感じにどこか一箇所にでも傷を与えれば勝手に自壊しちゃう」
「意外と脆いんだな……」
人類の宇宙開発がそんな頼りないものに支えられていたかと思うとカントは身震いした。
「ま、近代科学なんて強くて脆い、が基本みたいになってるからね〜」
「からね〜って……そんな他人事みたいな感じでいいのかよ」
フェルトは笑いながらエルシオンの方へ行ってしまった。
「ああいうのを不思議ちゃんと言うのか……」
「ですが問題ありません」
カントの服の裾をエルがぎゅっと握り、無表情な瞳でカントを見上げた。
「私とパイロットがいればどんな敵も打ち払うことができます」
「……そうだな、今までだってどんな困難も乗り切ってきたもんな」
カントがエルにニヤッと笑いかけた直後、敵襲を知らせるサイレンが鳴った。
『艦長!新しい命令を受信しました!』
切羽詰まった様子のコニーの声が聞こえた。
「はぁ、何をやっても上手くいかないもんだね」
アリシアはミサキにそう言って苦笑してみせた。
ふとカントの顔がミサキの脳裏に浮かぶ。ミサキが何か言う前にアリシアは部屋を出てしまった。
「で、その内容は?」
コニーはメールをメインモニターに出した。暗号処理を通したメッセージでモニターが埋め尽くされる。
「……ハッ、とんでもないことを言ってくるね」
「ですがいくら命令とは言えこんなことは……」
「やるしかない、少なくとも本隊はもう動き出してる。問題は……」
アリシアは周辺宙域のマップを睨みつけた。目的地に最短距離で辿り着くにはついさっき戦った戦艦と鉢合わせする可能性が高い。
「待ってください!本当に命令を遂行するつもりですか?」
「当たり前だろ」
アリシアは無機質に答えた。それを受けてコニーは手の平がうっ血するほど拳を握り締める。
「そんなことをすれば地球がどうなるか……」
「分かってるさ!そんなこと!」
なおも渋るコニーの襟首をアリシアは掴んだ。
「でもあたし達はもう引き返せないところまで来てるんだ!」
コニーは真っ直ぐアリシアの目を見詰めた。まるでアリシアの覚悟を確認するかのごとく。
「本気……なんですね」
「ああ」
アリシアが手を離すとコニーは真っ直ぐ自身の席に戻り、キーボードを叩いた。
「迂回すれば戦闘を回避できる可能性は上がりますが目的地までの到達時間は10時間ほど遅れます」
「10時間か……かかりすぎだね、他のルートは?」
「ダメです。せめてデブリ帯の脱出がもう1時間早ければ良かったのですが……」
「過ぎたことを悔やんでも仕方がない。どうせ接触が避けられないなら最短ルートをぶち抜こう」
「ですが我々の戦力では……」
アリシアは腕を組んで宙空を見据えた。新型艦とかち合えば当然エルシオンが出てくるだろう。あのパイロットは驚異的なスピードで腕を上げている。アリシアはアルゴンとの2対1になったとしても負けるつもりは毛頭ないのだがそちらに手間取れば戦艦同士のぶつかり合いにもつれこむ恐れがある。そうなればコニーには艦隊戦は荷が重い。そアリシアは頭を掻きむしった。
「……あたしがアルビオンに乗ってエルシオンを叩く。その間にあんたは全速力で突っ切りな」
今のアリシアに取れる最善の策はそれしか無かった。最も安全に突破するにはエルシオンに性能で対抗し得るアルビオンを使う他に思いつかなかったのだ。
「ですがその機体はまだテストも……」
「ハイドは使えないし、まさか監査役をそんな得体の知れないものに乗せるわけにはいかないだろう?」
「アルビオン、起動」
そう呟くと暗闇に閉ざされていたコックピットの全面に見慣れたドックの風景が映し出された。頭に付けているヘッドギアのようなものは一種の情報伝達装置らしい。機体とその周囲の情報をより効率的にパイロットに知らせる、と言う働きがあるとメカニックは言っていた。
「起動は問題ない。アルビオン、出撃するよ!」
足元のペダルを踏み込む。その瞬間だった。ガクン、と機体が揺れたかと思うと強烈
なGがアリシアの体にのしかかった。
「がっ……!」
視界が歪む。手足の感覚が麻痺してきた。
『……!……長!』
『……シア!大丈夫ですか!』
通信機から聞こえたコニーの声でアリシアはハッと目を覚ました。どうやら失神しかけていたようだ。
「あ……ああ、慣らしもしないうちから乗るもんじゃないね。いいかい?あんたはただ逃げることだけを考えな」
頭を左右に振って意識をはっきりさせる。手足の感覚も戻ってきた。
「あの野郎……どこにこんな強烈なGがかかるって書いてあるんだよ……」
エリックを毒づきつつもう一度アリシアはペダルを強く踏んだ。再びガクン、という振動とともに強烈なGが襲いかかる。だが今度は歯を食いしばって気を失うのを回避した。
ミサキがドックへ向かっているとゼネラルエレクトロニクスから派遣されたメカニックの部屋に通りかかった。少し開いたドアの隙間から3人の会話が聞こえてくる。
「……で、今回は大丈夫なんだろうな?あのパイロット失神しかけてたじゃないか」
失神、という単語が気になってミサキはドアの脇で聞き耳を立てた。
「でもあれで自由軍最強のパイロットなんだろ?あれがダメならもう誰にも乗れねーよ」
「だけどここは戦艦だろ、パイロットなら他にもいるはずなんだけど」
「ったく、パーツの消耗が激しすぎるんだよ」
パーツ、ミサキは一瞬その言葉が指しているものが何かわからなかった。だがその意味に気づいた瞬間、ミサキは思わず扉を開け放っていた。
「今の話、どういうこと?」
「あ……えっと、君は?」
「はぐらかさないで!パーツの消耗ってまさか……」
ミサキがそう口にしかけるとメカニックたちは顔を見合わせた。
「見たところ君はここの軍人じゃないみたいだ、だから……」
メカニックの1人がミサキの口を押さえて壁に叩きつけた。
「君が聞いたことはすべて忘れてくれないかな」
ミサキは首を横に振った。このまま放っておけばアリシアの命に関わるかも知れない。
「大人の事情なんだ、分かってくれ!」
ミサキの首をを締める手に力が入った。気道が塞がって息ができない。目玉が飛び出るかと思うほど頭が内側から圧迫される。ふとその時、扉の隣にある赤いスイッチが目の端に見えた。船内に何か異常があった時に押される非常用ボタンだ。
「……っ!」
渾身の力を込めて脚を蹴り上げる。するとミサキの膝がメカニックの股間に直撃した。低い呻き声を上げて首の手の力が緩んだ。その隙を見逃さず、ミサキは壁を蹴って残りの2人を突き飛ばしながら赤いボタンを押し込んだ。
「敵はどこだ?」
[現在レーダーの範囲に反応なし]
『カント!上!』
ミライの声に反応し、上を見上げる。するとすぐ目の前までビームが迫っていた。
「嘘だろ!」
紙一重でそれを躱す。しかし次の瞬間、見たこともない機体はエルシオンの懐に飛び込んでいた。
ブラスターを接射する。普段なら必中の距離だがなんとそのLAは完璧に回避して見せた。
「何だこの機体は!」
[データベース照合……該当無し]




