牢の中、部屋の中
「ソディア、進路変更しました。こちらを追ってくる気配はありません」
カントとエイラがミサキの無事について話しているのと同時刻、宇宙自由軍新型戦艦[ジルコニア]の中では小さな歓声が沸いた。ひとまず追っ手を振り切ったのだ。ヘリアムを9機、パイロット9人という損害を出した価値は十分にあったと言える。
しかしそれが気に入らない者が1人いた。ジルコニアの艦長、アリシアである。彼女は指揮官として優秀なだけでなく、LAパイロットとしても超一流の腕を持っている。
だからこそアリシア専用に作られた[リシアム]というLAがあるわけなのだが。しかし優秀過ぎる故に上層部からの出撃許可がなかなか降りない。報告によれば9機の内8機は謎の赤白のLAにやられたという報告が来ている。合衆軍の新型が輸送中との情報はあったものの、いくら高性能の新型が出てきても倒す自信がアリシアにはあった。
最初から自分が戦っていれば9人の部下は死なずに済んだ。その思いが更にアリシアを苦しませ、苛立たせた。
アリシアはミサキ マルクスという娘1人に自分の部下9人の命に見合うだけの価値があるとは思えなかった。上からの命令だ、と割り切るにも限界があった。
「なぜ食べない?」
アリシアにただ年齢が同じだというだけでミサキの監視を言い渡されたのがハイドだった。そのお陰で追跡してきた政府軍のソディアとの戦闘に加わらなくて済んだのだがヘリアムを8機も撃墜したという赤白のLAに興味が無いわけではなかった。
「私をどうするの?」
ミサキは独房の中で膝を抱え込んで座っていた。出された食事には一口も口をつけていない。
「俺たちは一パイロットだ。それを知る必要は無く、考える必要もない」
ハイドは無表情のまま素っ気なく答える。
「あなたはどうしてこんなことをしているの?歳だって私と変わらないのに……」
するとハイドの目が冷たい光を宿した。
「……お前の見ている世界が全てだと思うな」
「ごめ……」
それがあまりにも寂しげだったのでミサキは思わず謝ってしまった。しかしそれが言い終わらないうちに戦闘配置のサイレンが鳴った。
『政府軍第3級戦艦、スカンディアの模様!総員戦闘配置!』
オペレーターの声が艦全体に響き渡る。続いてアリシアの声が続いた。
『今回はハイドも出な!少しキツイかもしれないが人が足りないんだ、気合い入れなよ!』
それを聞くなりハイドは全力でドックに向かった。ただでさえ小型のジルコニアだ。9機も撃墜されたドックはガランとしていた。
残る機体はハイドの[ヘリアム・カスタム]、そしてカイルのヘリアム。そしてアリシアのリシアムの3機だけとなっていた。
『おいおい、たった3機で第3級の相手をしろってのか?無茶にも程があるだろ……』
カイルが横でぼやいている。
『残念だが2機だ。上の奴ら、この期に及んであたしの出撃許可を出しやがらない。あんたらはなんとか敵のルミナスアートの足を止めてくれ!敵艦はこっちでなんとかする!』
通信越しでもアリシアが苛立っているのがわかる。しかしアリシアのことだ、なんとかすると言ったのだからなんとかしてくれるだろう。ハイドはそう思った。
「ハイド エイルマン、出撃します」
「カイル ダリア、出るぜ!」
カタパルトで2機が射出された。ヘリアムの標準武装は腕部ガトリングガン、脚部ミサイルランチャー、そして腰部にマウントされたビームブレードとシールドだがハイドのヘリアム・カスタムはそれからシールドをオミットし、、ロケットバズーカ2門、肩部にビームキャノン2門が加えられている。これによって重量が従来の1.5倍となり、機動力が大きく落ちている反面、火力が飛躍的に上昇している。
正面からの敵のにミサイルを発射。敵が回避運動を取っている間に肘部にマウントされているロケットバズーカを回転させて下腕部に固定。同時に照準を合わせて2機撃墜。
その隙に接近してきた敵はビームキャノンで屠った。それでも敵はジルコニアの戦力が残り僅かだということを分かってるいるのだろう。強気に攻めてくる。
前方に3機、左右から1機ずつ、背後に2機、上から1機。それが一斉にビームを放つ。一見完全に包囲されたかに見えたがハイドは落ち着いて最小限の動きで回避し、撃つ瞬間、シールドを開ける一瞬の隙にバズーカで背後の2機を仕留める。
そして空いた後方にダッシュ。逃すまいと乱射されるビームを全てギリギリで躱し、ミサイルで弾幕を張る。そしてミサイルをわざとガトリング砲で爆発させ、敵の目を眩ます。その隙にビームキャノンとバズーカで撃墜していく。
1つ、2つ、3つ墜としたところで横でカイルが苦戦しているのが見えた。
シールドでコクピットを守ってはいるが3機に攻め立てられ頭部とランチャーを含める右腕が破壊されている。
LAのメインカメラ、センサー類は殆ど頭部に搭載されている。おそらくカイルはロクに視界が確保できない状態だろう。そう思い、ハイドはその援護に向かうことにした。
「カイル、大丈夫か?」
『ハイドか、スマン。俺にはちょっとこの数はキツいわな、サブカメラも半分やられてんだ、そっちの映像をくれないか?』
わかった、とハイドは答え、ヘリアム・カスタムのメインカメラの映像をリアルタイムでカイルのヘリアムと共有できるようにした。
『サンキュ……くそッ!足が……』
しかしそれでも敵の数には変わりはない。ハイドもカイルにばかり構ってはいられない状況だった。
1機のアルゴンに接近されブレードを振り下ろされる。すんでのところでハイドもブレードを展開し、受け止めたがそれによって大きな隙ができてしまった。敵のビームが右のロケットバズーカに命中する。眉をひそめつつロケットバズーカを切り離し、ブレードで受けている敵のがら空きの腹部を至近距離のビームキャノンで撃ち抜く。
ハイドはミサイルを全弾撃ち切り、敵の足を止めるとカイルと共に全速力で後ろにダッシュした。
「90度回頭、重質量砲の距離まで接近する!弾幕を張れ!」
ジルコニアは自由軍の新型艦である。小型化による速度の上昇に加え、高い火力を併せ持つ。しかしそれでもまともに撃ち合えば大型艦には勝てない。それにLAの数が違いすぎる。
ハイドならば何とかこなすだろうとは思っていたがそれに時間を取られていては敵の増援が来てしまう。LAと敵艦、それらを同時に解決する考えがアリシアにはあった。
重質量砲は当たれば大型の戦艦にも大きな打撃を与えられるがその射程はかなり短い。つまり射程内に入った時にはもう敵の主砲がゆうに当たる所まで来てしまっているわけだ。
「全速前進!」
その声でジルコニアが最大船速で前進する。そのすぐ後ろを敵の巨大なビーム砲が掠めていった。
「90度回頭、重質量砲、撃て!2発しかないんだ、外すなよ!」
重質量の砲弾は見事スカンディアの横っ腹を抉り、巨大な戦艦はその速度を著しく落とす。そしてそれと同時にジルコニアとスカンディアの間に敵のLAが集まる。いや、集められた。
「主砲、撃てっ!」
ジルコニアから放たれたビームは射線にいた敵のLAを蒸発させ、対物理シールドを突き破り、スカンディアを貫通した。
ヘリアム・カスタムとヘリアムの帰投後、ジルコニアは再び前進を開始した。一息吐けると思ったアリシアに騒々しい内線が入った。
『おい!もっと人を回せんのか、これじゃ整備が追いつかんぞ!』
「今はどこも人手不足なんだ、何とかしな!」
『何じゃと!?LAってのはなァ、壊すのは一瞬でも直すのはその何十倍の時間がかかるんじゃ!誰でもいい、1人回してくれ!』
この騒々しい声の主はサイゾウ サンゲツ。ジルコニアのメカニックである。今年で御歳70。しかしまだまだ現役な上にメカニックとしてはこの上なく優秀だ。その点に関してはアリシアも一目置いているのだが何とも融通が利かない。それはこの短い会話の節々からうかがうことができる。
このまま無視し続ければ何をしだすかわからない。とは言っても事実猫の手も借りたいほど人手不足なのだ。ブリッジだって通常の半分の人員で運用しているくらいだ。これ以上減らすわけにはいかない。アリシアはため息を吐いて、
「わかったよ、誰でもいいんだろ?1人送るよ」
「出な、仕事だよ」
アリシアはミサキの独房の扉を開けた。ミサキはうずくまったまま動こうとしない。
「あたしは今最高に虫の居所が悪いんだ、あまり怒らせないほうが賢明だよ」
そう言うとミサキは幽霊のようにゆらりと立ち上がって牢扉の外に出た。
「よし。ここから真っ直ぐ行って突き当たりの通路を下に行くんだ。1番奥のエアロックを開けてドックに行きな、そこにサイゾウって名のジジイがいるからね。いいか?変な気を起こすんじゃないよ」
それだけ言うとアリシアはブリッジに戻っていった。ミサキは言われた通りに艦内を飛び、1番奥のエアロックを開けた。すると広いドックの中に浅黒く日焼けした肌の老人が見えた。
「おお、お前さんがアリシアの言っていた手伝いか、ちょっとこっちに来てくれ……ん?」
「あの……あなたがサイゾウさん、ですか?」
「そうじゃ。わしがサイゾウじゃ。ったくアリシアめ、こんな小娘を寄越しおって」
何もしていないのに役立たず呼ばわりされれば誰だって腹が立つ。ミサキもその例に漏れることはなかった。
「それで、私は何をすればいいですか」
口調が少しぶっきらぼうになる。するとサイゾウは口元を歪めて黄ばんだ歯を見せた。
「なかなか骨があるじゃねぇか、それじゃほれ、あそこにあるパーツを種類ごとに計上してくれ、それくらいならできるな?」
サイゾウはドックの隅にある巨大な箱を指指した。ミサキが頷くとサイゾウはクリップボードとペンを渡した。早速行ってみるとそこには何に使うのかよくわからないパーツが山と積まれた箱が少なくとも10は転がっていた。
「あの……これを全部、ですか?」
「たりめーだろ」
そもそもミサキは今までに機械をいじったことは殆どない。ましてLAのパーツとなれば尚更だ。
パーツに記載されている番号とにらめっこしながら種類分けをし、その数を数え、クリップボードに記入していく。ただ種別番号は申し訳程度にしか書かれていないことが多く、さらにかすれていたりして殆どわからないのが大半を占める。それでも何もしていないよりは気が紛れて良かった。
ふとパーツの番号を目を細めて確認している時にカントの顔が浮かんだ。貨物搬入のバイトをしているカントならばすぐに見分けられるのかもしれない。そう思うと無性にカントに会いたくなった。
自分がこんなことになってカントはどうしているだろうか、泣いているかもしれない。ひょっとしたら怒っているかも。考えだすと涙が溢れてきた。それを振り払うように頭を左右にぶんぶんふり、番号の読み取りに意識を戻した。
結局ミサキが全ての作業を終えたのは4時間後だった。記入済みのボードをサイゾウに渡すとミサキのお腹が鳴った。思えば朝食を食べて以来何も食べていなかったことに気づいた。
その音を聞くとサイゾウは皺くちゃの顔をさらにくしゃくしゃにして笑い、どこからか出したおにぎりの詰められた箱をミサキに渡した。
「……美味しい……です」
「そうかそうか、そりゃ良かった」
そう言って自分もおにぎりに手を伸ばす。ミサキが改めて辺りを見渡すと入った時はボロボロだったヘリアムが綺麗に直っていた。
「あの、あれは全部1人で直したんですか?」
「あたぼうよ、アリシア曰く人手不足らしくてな、じゃからほれ、お前さんを牢から出してまで働かせてるわけじゃろ?」
「そうですか」
ミサキはずっと気になっていたことを聞いてみた。
「ハイドはいつからこんなことをしているんですか?」
自分と、そしてカントと同年代の少年がLAに乗って殺し合いをしているということがミサキには信じられなかった。そして何より信じたくなかった。
サイゾウは険しい表情になり、
「5分の2」
「え?」
サイゾウの口から出てきたのはスクールで耳にタコができるほど繰り返し教え込まれた数字だった。
「10年前の大戦で死んだ人間じゃ。詳しい数字は未だにわかっとらん。それで親を失った子供はごまんといる。ハイドもその1人じゃ。それから先はわしからは言えん。ハイドの口から直接聞くんじゃな。もっとも聞いて楽しい話じゃないのはお前さんにもわかるじゃろ?」
ミサキは言葉が出なかった。親を亡くす気持ちはどんなものだろう。そんなことは考えたこともなかった。少なくともミサキの周辺では全てが満ち足りていて戦争の爪痕を近くに感じるということはなかった。
「そ……うですね。今日はありがとうございました」
ミサキはぺこりとサイゾウに頭を下げてドックを後にした。それから来た道を真っ直ぐ戻り、独房の前まで来るとそこにはハイドが立っていた。
「何をしている」
「何って……私はここに入るんでしょ?」
ミサキからしてみればハイドの方が何をしている状態だ。閉鎖された戦艦から一般人のミサキが逃げられるわけもなく、まさか空っぽの牢をずっと見張っていたわけでもないだろう。
「お前の部屋はここじゃない。ついてこい」
どこに連れて行かれるのだろうとおっかなびっくり後に続くと着いた先はごく普通の船室だった。
「え、私は牢に入ってなきゃいけないんじゃないの?」
するとハイドは無表情のまま、
「艦長によると『労働をした者には正当な報酬を与えるべし』と、いうことらしい。何かあったら俺を呼べ」
ハイドひ回れ右して立ち去ろうとする。その時、ハイドがミサキの方を振り向いて
「そうだ、ミサキ」
「ひゃい!?」
突然名前を呼ばれて変な声が出てしまった。
「な、何?」
「いや……同年代は名前で呼び合うものだと艦長に言われたんだが……違うのか?」
だから今思い出したように名前で呼んでみたということか、今日初めて会った人に名前を呼ばれるというのは不思議な感じだったが悪い気はしなかった。
「そうだね、そういうものだよ、ハイド」
ジルコニアは現在コロニーフュンフに向かっている。そこには自由軍を支援している世界第2の企業、シーメンスの本社があり、そこで補給を受けようというのだ。