すれ違う視線と食い違う刃
格納庫でカルナとフライトユニットの調整をしていたカントは息を切らせたミルに呼び出され、コックピットまで走った。扉の前に着くと無言でヘッドセットを手渡される。
「これを」
首を傾げながらヘッドホンを耳に当てるとそこからは聞き慣れた、だがとても懐かしい声が切羽詰まった調子で聞こえて来た。
『……繰り返す。こちら合衆政府宇宙軍中佐ジード アイルガン。現在ニューヨークでは正体不明のルミナスアート団による襲撃を受けている。出撃可能なルミナスアートは7番、もしくは10番ルミナスアートハッチに向かってくれ。付近を航行中の民間機はニューヨークから避難……』
「これは……」
「突然空域全体にばら撒かれました。こちらからアクセスすることはできませんし、信憑性も……」
「いや、これは本当だ」
やはりカントの直感は正しかった。ジードがいるということはそこにはエイラやのノイン、フェルトも一緒だろう。そしてラッセルもいるはずだ。カントはヘッドセットをミルに押しつけ、再び格納庫に向かおうとするとミルに袖を引っ張られた。
「必ず……無事で……」
ミルはその後にも何か付け加えたそうに口をもごもごさせていたがやがて言葉を飲み込み、袖から手を離した。
「街を……守ってください」
言いたかった言葉をそう置き換え、ミルは走り去るカントを見送った。
「カルナ!今すぐ出る。フライトユニットの準備は?」
「バッチリ。でもニューヨークにはまだ少し距離があるけど……」
「こっちの方が速いだろ」
カントはエルシオンのコックピットに乗り込み、計器類を確認し、開いた貨物扉からスラスター全開で飛び出した。
「エルシオン、ここから1番近いのはどっちだ?」
[回答。7番出口が約170メートル近いです]
「おし、そこ目掛けて全速力だ!」
エルシオンはさらに速度を上げ、ニューヨークに向けて爆進を続けた。
少しの時が経ち、ニューヨークが目視できる距離まで近づいた。
[7番出口をカメラにキャッチ、メインモニターに映します]
7番出口の付近では見覚えのあるホバーヘリアムが何機ものアルゴンを手玉に取り、1機、また1機と猛烈なスピードで撃破していた。
「こちらカント キサラギ。これよりそちらの援護に向かう」
[警告。現状速度では目標地点に停止できません]
一刻も早く到着するためにカントは一切減速をかけなかった。
「何とかする!」
フライトユニットのスラスターを前方に向け、急減速する。それでも慣性を殺しきれず、脚部を地面の上で跳ねさせ、コンクリートを剥がし散らしながら無理やり停止させた。
その奥では最後の1機を破壊し終えたヘリアムがそのモノアイ真っ直ぐエルシオンに向けている。
「ラッセル……」
素早く照準を頭部に定め、トリガーを引く。だがヘリアムは素早く後退し、ビルの陰に隠れた。
「エルシオン!この地域のマップを!」
モニターの隅に付近200メートルの三次元マップが表示された。敵は高速でビルの間を飛び回りながらも正確にエルシオンのコックピットを捉えてくる。
カントは舌打ちしてビルを背にした。そこからヘリアムがビルの隙間から頭を出す瞬間を狙ってライフルを撃つが敵の動きが速く捉えきれない。
それもそのはず、ラッセルの陸戦高機動型ヘリアムはヘリアムから宇宙適性を無くす代わりにホバー機動と高出力スラスターを搭載しており、地上での戦闘能力は通常のヘリアムとは桁が違う。加えて旧コロニー連合のエースだったラッセルの技術が加わればそれはエルシオンのオーバースペックを超えうるポテンシャルを生み出す。
「くそ、回り込ま……」
エルシオンの左腕に直撃を食らった。回避しようとしたがビルが邪魔で身動きが取れなかったのだ。
ビルのジャングルの中ではフライトユニットを使った高機動戦が取りづらく、高機動型ヘリアムの射線を切れると思って飛び込んだカントの判断ミスだ。
当然カントも抜け出そうとするがラッセルの側もそんなことは百も承知でそうやすやすと身動きを取らせてはくれない。むしろ奥へ奥へと追いやられている。
「左腕の反応が鈍い!」
[先程の直撃で駆動系に深刻な損傷を確認。反応速度に0.5秒の遅延が生じています]
「何とか戻らないのか?」
[否定。現状での復旧は不可能。精密なメンテナンスを必要とします]
敵の攻撃を躱そうと横に加速をかけるもまたビルに衝突してしまう。カントは半ば八つ当たり気味に舌打ちした。
「何か……」
モニターとマップを交互に見渡す。だが焦りのせいか考えと言える考えは全く浮かんでは来ない。その間にも高機動型ヘリアムは執拗にエルシオンに攻撃を加え続け、カントが一瞬油断した隙に正面に直撃を喰らってしまった。
モニターが白黒のジャミングで一杯になる。
[メインカメラ破損。間も無くサブカメラに切り替わります]
モニターのジャミングが晴れ、正面には吸い込まれそうな夜空があった。
ラッセルがもうすぐそこまでトドメを刺そうと接近してくるのがわかった。だが幸か不幸か視線が低くなったことによって目の端に緑色の物が映った。
そちらを見遣るとそこには公園だろうか、周囲に比べて開けた空間が広がっている。一縷の望みを掛けてカントはそこへ向かってスラスターを吹かせた。コックピットを狙ったブレードはエルシオンの横で深々と地面に突き刺さる。
木々をなぎ倒しながらエルシオンは公園に滑り込んだ。これだけ空間があれば多少はエルシオンの機動力を活かすことができる。
「ホバーには何か弱点は無いのか?」
[解答。ホバー機動は平面上で極めて高い機動力を誇る一方、磁力で機体を浮かせている為三次元機動力は大幅に落ちています]
いける、カントは思った。三次元機動ならフライトユニットを装備したエルシオンに軍配が上がる。さらにこの公園は着陸にも離陸にも都合がいい。
高機動型ヘリアムが姿を見せたその瞬間、カントは上空へ跳び上がった。
「これで丸見えだな」
何の遮蔽物も無い上空から地上の高機動型ヘリアムを撃つ。だが流石と言うべきか、それでもなお直撃を与えられない。まるで弾丸がラッセルに当たるのを拒否しているかのようだった。
「確かにそれはいい考えだが……」
ヘリアムから放たれたバズーカをカントは危機一髪で回避した。そう。カントの側から狙いやすいということは当然ラッセルにとっても攻撃しやすくなる。当然空中には障害物など何も無いのだから。
だが確かにカントの作戦は的を射ていた。上空から撃ち下ろすのと上空に撃ち上げるのでは前者の方が有利なのもまた事実だ。少しずつではあるがライフルがヘリアムにダメージを蓄積させていた。
「……やるな、だが……俺は負けるわけにはいかない!」
何を思ったかラッセルは倒壊したビルに向かって全速力で突進した。
「な、マジかよ!」
カントがその意図に気づいた時にはもう手遅れ、ビルをジャンプ台に高機動型ヘリアムはエルシオンと同じ高さまで跳び上がり、エルシオンを蹴りつけた。
流石にLA2機分の重量を支えるだけの出力はフライトユニットには無く、エルシオンは高機動型ヘリアムに踏みしだかれるようにして地面へ落下していった。更にその状態からラッセルは地面に向かってバズーカを2発、放つ。
「知ってるか?カント、こういう大きな公園の下には災害時の為の空洞があるんだ」
[警告。減速、間に合いません。衝突します]
エルシオンが公園に衝突する瞬間、高機動型ヘリアムはエルシオンを踏み台にして少し離れた場所に着陸する。一方バズーカによってヒビの入った公園の地面に衝突したエルシオンはそのまま地面を突き破って広い地下空間に落下した。
「な、何だ?」
[不明。洪水や大雪時の排水を貯めておく空洞、もしくは緊急時のルミナスアートの通用口と予測。公開されていない空間の為詳細は不明]
「あいつは知ってたのか……?」
仰向けに倒れた体勢を立て直す間も無く上の大穴から高機動型ヘリアムが降ってきた。
「この……」
高機動型ヘリアムの腕部から鞭のような物体が出てきたと思ったその刹那、カントの目から火花が散った。頭に強烈な衝撃が走り、視界がぐらつく。
「な、何だ……」
意識が遠のく。瞼が重い。まるで魂が体から無理やり引き剥がされようとしているかのようだった。
鞭のような武器はウェーブロッド。地上でラッセルが独自に開発した武装だ。
性能はウェーブ・ナックルと比べて射程が伸びていてより実戦向きになっているのが特徴だ。だがその分威力は低くなっており、当ててもパイロットは一瞬気絶する程度である。だがそれだけ敵の動きが止まればとどめを刺すのはいとも簡単だ。
ラッセルはブレードを抜き放ち、エルシオンのコックピットに突き立てるべく振り上げた。
「く、そ……」
カントはふと目の前の男のことを考えた。本当にカントが知っている少し間抜けで、気のいい姿は嘘だったのだろうか。なぜカントに逃げるよう勧めたのか、なぜ自分を敵だと言い切ったのだろうか。もう一度だけ、話がしたい。カントは思った。
自分の命も、ラッセルも、諦めたくはなかった。
最後に残った魂の全てを振り絞って体を前に、勢いよく振った。頭がハンマーのように遠心力を生み出し、小型のモニターに血が飛び散る。
「ラッセル!」
腰部からブレードを取り出し、真っ直ぐ上に振り上げる。ブレードは振り下ろしかけていた高機動型ヘリアムの右腕部を両断し、コックピットに切れ目を入れた。その奥にはやはり、ラッセル ブラインがいた。
カントは思わずハッチを開け、エルシオンから飛び出す。
「どうしてだよ!」
「……」
「お前は何がしたいんだよ!街を襲って、沢山人を殺して……」
カントの意識とは関係なく言葉が口を突いて出てきた。
「……何も」
「何……も?」
「俺は何がしたいわけでもない。ただ命令があるから殺す。命令があるから壊す。俺はそうずっと生きてきたし、今更変えられはしないし、変える気もない」
ラッセルは淡々と、無表情のまま答えた。
「じゃあ……じゃあどうして俺に逃げろって言ったんだ」
カントはすがるような眼差しでラッセルの光のない瞳を覗き込んだ。だがその中にカントの求める答えは無い。ただ一瞬、本当に僅かな間、その闇が揺らいだような気がした。
「どうして最初会った時に俺を殺さなかった」
「命令が……」
「命令じゃないんだよ!」
カントは吼えた。どこまでも頑丈なラッセルにむき出しの心で体当たりをかます。
「命令じゃなくてあんたはどうなのか聞いてるんだよ!あんたはどうしたいんだ!どうなりたいんだ!」
「言っただろう。僕には何もない。だだただ従うだけ。感じることも、考えることも無く、ね」
ラッセルはカントから目を逸らした。やるせない思いにカントは拳を握り締める。額から溢れた血が目に入っても気にはならなかった。
「それに、もう遅い」
「どういう意味だよ」
「今から5分後にここにはある爆弾が降ってくる」
「爆弾?」
「昔、都市を丸ごと呑み込み、全ての文明、生命を灰に還した死の兵器……それが落とされればニューヨークは勿論、この大陸の地図を描き直さなくてはならないほどの爆発が起きる」
「本気……なのか?」
ラッセルは何も答えない。
「その機体なら逃げられるだろう。今のうちに……」
「逃げるかよ」
「何?」
カントは滴り落ちる血の雫を腕で拭った。通信機からはまだジードの呼びかけが続いている。手にはまだミルの温もりが残っている。肩にはまだレイの勇気が残っている。頬にはメイリンの想いが残っている、腕にはナタリスの力が残っている。数々の人の想いが今のカントを創り上げていた。だからたとえラッセルが未来を諦めていようとも、カントは未来に伸ばした手を引くわけにはいかなかった。
コックピットに戻り、機体のダメージを確認する。
[左腕部機能不能、右脚部関節反応遅延、メインカメラ使用不能、110ミリライフル砲残弾ゼロ、頭部バルカン砲残弾20]
「笑っちまうくらいボロボロだな」
[それでもパイロットはやるのでしょう?]
「ったく、人間臭くなりやがって」
カントは口の端で笑い、エンジンに点火、大空へ飛び立った。
「行っちまったな」
ラッセルは白煙が細くたなびく大空を仰いだ。
「大人失格かな、俺……僕は」
飛空艇を襲撃した時、どうして、と叫んだカントを見て……いや、ひょっとしたらあの死の大地の隣で初めてカントに出会った時からかもしれない、もしかしたらこの青年なら自分を止めてくれるかもしれない、と思ってしまった。
「本当は止めて欲しかったのかもしれないな」
問い詰められている時、カントの心に触れている時、不思議な心地よさをラッセルは感じていた。ラッセルがしてきたことは決して人道に則ったことばかりではない。むしろその逆の方が圧倒的に多い。そんな罪から目を背けるために心を閉ざし、命令という口実に逃げ込んでいた。だからカントからの罰が心地よかったのだ。心のどこかでもう嫌だ、と叫んでいる自分が許される気がしたから。
「あいつなら、止めてくれる……僕は信じてる」




