届きもしない声よ、届いて
結局夕食後まで悩んだ挙句、カントはレイ達を自室に集め、事の次第と自分の考えを話した。
「確かに敵の言葉は機になるが……俺たちはここを離れられない」
レイは腕を組んで眉根を寄せた。治療中のオズマをほっぽってラスベガスを離れるわけにはいかない。
「それはわかってる。だからここで皆とはお別れだ」
「ちょっと待ってください。何もそこまで……」
「いや、ラッセルは俺に今すぐ身を引けって言ったんだ。動くならすぐだろ」
「でもどうやって行くつもりなのよ、エルシオンを持って行くとなると輸送艇を使うことになるけど……」
輸送艇は襲撃の際粗方破壊されてしまった。今から飛ぶことのできる輸送艇を確保するのは至難の技だろう。それでもカントには当てが1つだけあった。
「大丈夫。皆んな、今までお世話になりました」
深々と頭を下げ、部屋を後にしようとすると後ろからレイに呼び止められた。
「おいおいそんなに急ぐなって、別に俺たちが離れられないだけで乗り物は別だろ?」
「それってどういう……」
「俺も今回の襲撃で敵が何をしたかったのかがまるでわからない。ただの報復にしてはやけに動きが組織立ってたし何より人質を取っても何の要求もしてこなかった」
「じゃあレイも……」
「ああ、今回の行動は何か大きな作戦の一部だと思う。そしてその最終目的が合衆政府だってのは大いにありうる話だ。それを止めに行くってのが無駄だとは思わない」
「でもお父様を置いて行くわけには……」
「そ。だから飛空艇を使え。もう動かす準備はできてる」
「い、いいのか?」
レイは頷いた。そしてミルの背中を押してカントの方に押しやる。
「ミルに感謝しろよ、いつかお前が来るだろうから飛空艇の用意をしといてくれ、ってわざわざ俺に言いに来たんだからな」
「そ、それは秘密にしておいてくださいと……」
顔を真っ赤にして抗議するミルを横目で見てニヤニヤしながらレイはカントの肩を叩いた。
「議長の事は俺たちに任せとけ、だからお前はお前にしかできないことをしてこい」
レイの言う通り飛空艇のエンジンには既に火が入っており、パイロットとカルナもそこに待機していた。
「あ、本当に来た」
「カルナまで……ありがとう」
「今更礼なんて水臭いことは無しだよ、普段クールなミルがあれだけ必死になるなんて何事かと思ったけど……」
カルナまでニヤニヤしながらリンゴの如く顔を赤くしたミルを見やった。
「では早く出発しましょう。この時間に出れば夜明け前にはニューヨーク着くはずです」
ミルは不機嫌そうに肩をいからせながら飛空艇の中に引っ込んでしまった。
ニューヨーク、合衆政府軍本部、その飛行場の一角に停泊しているソディアの艦長席でジードはイライラと指を鳴らした。
その原因は大きく2つ。1つは延々と続く待機命令。現在本部は厳戒態勢だから、という理由でジードは元よりパイロットやメカニックすらソディアに軟禁状態だ。ただこれが正当な処置ならばまだ溜飲も下がったのだが明らかに嫌がらせの域を出ていない。
合衆政府軍は形式上は1つの軍隊組織なのだが実情は地球軍と宇宙軍で真っ二つに割れていると言っていい。
と、いうことは自然と2つの組織は対立する。今回の待遇もそれに由来するものだろうし、仮に地球軍が宇宙に来ても同じ対応をするだろうから納得するしかないのだが腹が立つものは腹が立つ。それにここまで連戦続きだったエイラを少しでも休ませてやりたかった。
2つ目はカントの捜索が一向に進まないところだ。自ら動くことのできないジードは地球軍にカントの捜索を委託したのだが香港にそれらしき人物が現れた、という辺りからぷっつり足取りが掴めていないのだ。
そう簡単にエルシオンを捨てるとは思えないからLAを持ってうろついている一般人など相当目立つはずなのだが。
「ミライ、定期報告は」
「今問い合わせてみます」
「ま、どうせ進展無し、の一言だろうがな」
ため息交じりにそう言ったその時、不意に当たりが真っ暗になった。だがそれも一瞬ですぐに元どおり光に満たされる。
「おい、今のは何だ?」
「停電でしょうか……変電所が襲撃されたようです」
正面のモニターには粗い画質で変電所を襲うLA群が映っていた。形状からしておそらくヘリアム。自由軍だろうか。
「にしても何故奴らは変電所を落としたんだ?」
合衆政府と合衆政府軍の本部があるニューヨークは10の発電施設があるが変電所は1つしか無い。しかし重要な施設には独自の変電設備があり、発電所から電気が送られて来る限り電気が途絶えることはない。影響があるとすれば市街地の方だ。今頃街は真っ暗だろう。仮に今襲撃したとしてもさほどの混乱は見込めない。
「被害は?」
「今の所は。すぐにサブの変電機能が働きましたし……」
ジードの中で何かが引っかかった。戦術の基本は先手を取ることだ。目的さえわかれば対処で先手が取れる。先手を取れれば戦局は一気にこちらに傾くし、逆もまた然りだ。
「サブに切り替わる?」
サブに切り替わる施設は合衆政府軍本部、病院、そして……
「ミライ!今すぐ司令官に繋げ!」
「は、はい!」
何度かコールをかけるが応える気配は無い。ジードは肘置きに拳を叩きつけた。
「エイラを出せ!敵の狙いはルミナスアートの出撃ハッチだ!」
緊急時に電力が供給されるのは合衆政府軍本部と病院、を除けば防衛軍が地下から出撃するためのハッチだけだ。そこを破壊されれば防衛軍は地下に閉じ込められることになり、ニューヨークは無抵抗で陥落することになってしまう。
『エイラ、ここから1番近い7番出口の防衛に当たれ、地球軍の支援はしばらく期待できない。持ちこたえてくれ!』
「了解」
エイラは地上戦用に換装したアルゴンを駆って暗がりの中7番出口に辿り着いた。
今のところ敵影は無し、とジードに連絡しようとしたその時、エイラのすぐ近くで爆裂音がした。
「こちらエイラ、敵機を確認。これより交戦開始」
『敵はおそらく空からだ。気をつけろ』
ジードの予想通り敵は空から降ってきた。エイラは落ち着いて地上に着くまでの無防備な瞬間を狙い撃った。
3機ほど撃ち落とし、4機目に狙いを定める。だがその機体は空中でエイラの射撃を躱し、逆に反撃してきた。予想外の反撃にとっさにシールドを掲げて防御する。機体は無傷だが敵の着陸を許してしまった。
出口の前に立ち塞がり、油断なく周囲を見渡す。
「そこか!」
敵がビルの隙間から姿を現わす一瞬に狙いを定める。だが予想より遥かに敵の速度が速く、タイミングをずらされた上敵はロケットバズーカで確実にコックピットを狙ってきた。
「速い……!」
敵は地上にしてはやたらと軽快な動きでビルの間を縫うように動き回り、エイラを撹乱する。その場を離れることができないエイラは防戦に回るしかなかった。
敵がエイラの背後に回り込み、足元にバズーカを放つ。その攻撃は何とか躱したものの爆煙で一瞬敵から目を離してしまった。その隙を見逃してくれるはずもなく、あっという間に肉薄されてしまう。
ほぼ条件反射でシールドをコックピットに当てるがそれすらも見越していたかのように砲身を上にスライドさせ、頭部を撃ち抜かれた。メインカメラを破壊されモニターが白黒のノイズで満たされる。
「12箇所中10箇所が破壊。残りはエイラが防衛している7番出口と10番出口のみです」
「まだ応援は出られないのか!」
「早く機体を出すことができた小隊が防衛に当たっていたようですが……」
これが本部都市の防衛軍なのか、とジードは頭を抱えたくなった。あまりにも脆すぎる。
そもそも地球軍は実戦経験の少ない兵が多い。なぜなら戦闘の大部分は宇宙で起こっているからだ。特にLA絡みの実戦など経験のない者が殆どだろう。さらに軍志願者の多くが職歴軍人、つまり元軍人という肩書き欲しさに入隊した者で占められているというのだ。これでは士気もへったくれもない。
「エイラの所にも2小隊向かったそうですがどれだけもつか……」
ミライも不安げな声を漏らす。部下にばかり負担をかけ、何もできない自分をジードは不甲斐なく思った。
「回線を全周波に合わせろ、付近のルミナスアート、戦艦、一般艇に一斉送信する」




