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Route Of Elsion  作者: 世界史B
修復する綻びた世界の中を
37/53

変えられない未来の変えられる選択肢

エレベーターはカジノの50階、即ち最上階で停止した。

展望室らしく壁は全面ガラス張りになっており、所々に双眼鏡が設置されている。普段は観光客で賑わっているであろうそこは今はガランと不気味に静まり返っており、銃を下げた筋肉質な男が1人だけ双眼鏡を覗き込んでいた。

「ナタリス フロイドを連れてきました」

「おう、わかった」

他の者達が敬語を使うあたりこの男がこの武装集団のリーダーなのだろう。

「俺はトマス アルドルトヘッド。ちと長い名前だがよろしく」

トマスは双眼鏡から目を離してミルに向き直った。と、その目が自分の姿を見て一瞬鋭くなったようにミルは感じたがそれが気のせいだったかのように再び見直したときはその鋭さは消えていた。

「俺からまず1つ聞きたい。なぜお前達はコロニーを裏切る行為を繰り返す?」

「それはこちらの台詞です。むやみやたらと戦闘を繰り返すことがコロニーの益になるとでも?」

「合衆政府が、地球がある限りコロニーに真の平和と自由は訪れない。お前も理解しているはずだ」

コロニーの現実、それは地球側からの重度の課税だ。

コロニーに住民権を置く市民は消費税や所得税、相続税などの通常の税金の他に環境維持税という税金の負担が義務付けられている。これはその名の通りコロニーの生活環境を維持する、という名目の税なのだが税金の向かう先はコロニーではなく地球なのだ。

そこから考えてもコロニー市民から吸い上げた税金がコロニーに還元されているとは考えにくい。さらにコロニーには議長という意見の代弁者を立てているがそれはあくまで代弁者であり何ら法的な強制力を持つわけではない。つまりコロニーはその自治権すら不透明な状態なのだ。

だがこれでも大きく改善された、端的に言えばマシになった方なのだ。大戦以前はコロニーの資産制限というものがあり、一定以上の資産を持つ者は超過した分だけ負担税が増える、といったものや自治にいたっては一切認められておらず、地球からの監査員という役人が来てコロニーの行政の一切を握っていた。前時代的に言えば完全な植民地状態だったのだ。

「ですがそれは対話によって是正されたはずです」

「対話!対話だと!本当にお前は対話によって変わったと思っているのか!」

トマスは銃を地面に叩きつけた。顔は怒りで真っ赤に染まり、額にはくっきりと青筋が立っている。

「俺たちの同胞が流した血が、涙が、全て無駄だったというのか!違う!断じて違う、俺たちが戦いの結果掴み取ったものだ!」

ミルにはトマスが『俺たちが』の部分に特に力を入れていたように感じた。

「戦いは新たな憎しみを生むだけです。真の変革は対話をもってのみ……」

「そんな言葉はもう聞き飽きた!10年だ!10年の間対話で何かが解決したか?お前達は何かを変えることができたか?」

「それは……」

答えはノーだ。オズマは度々地球を訪問し、今回のように各地を回りながら交渉を繰り返して来たがその成果は今の所目に見えて上がってはいない。それは揺るぎない事実だ。

「それでもいつかは……」

「いつかではダメなんだ!ダメなんだよ、そのいつかは何年だ?何十年だ?それを悠長に待っていられるほど人間は長生きじゃない」

トマスは次第に元の落ち着きを取り戻し、ミルに詰め寄った。

「最後に1度だけ訊く。それでも無駄な対話を続けるというのか?」

最後にこう訊かれるであろうことはミルにも容易に想像できた。

ここで続けない、と答えれば或いはそのまま解放されるかもしれない。一メイドが何を言ったところでオズマやナタリスの行動は左右されない。ここで折れる方が得策だというのは誰が見ても明らかだし、ミルも初めはそうしようと考えていた。だが今ミルは過去に例がないほど腑が煮えくりかえっていた。

オズマの犠牲が、ナタリスの頑張りが全て無駄だと一蹴したこの男にそう簡単に膝を折る自分を絶対に許すことはできない。

「決して無駄ではありません」

ミルは静かにトマスを睨みつけ、そう一言だけ言い放った。トマスは何も返さず無言で床に転がっていた銃を拾い上げ、ミルの頭に突きつける。

「やはり裏切り者は裏切り者だったか」

トマスはトリガーにかける指に力を入れた。

「お前達の働きは全て無駄に終わる。明日には合衆政府は崩壊するのだから」

ミルは瞳を閉じた。ナタリスの尊厳と命を守ることができた。それだけでミルは満足だった。ここで自分が死ねばナタリス フロイドは死んだことになり、これ以上命を狙われることはない。後はオズマやレイ、そして……

ミルはその名前を思い浮かべて心の中で苦笑した。頭ではあれだけ疑っておきながらやはり心では信じてしまっている。

おかしなものですね、そう口の中で呟いた。気のせいか遠くでその声が聞こえた気がした。不愉快で、力強くて、憎たらしくて、それでも……

気のせいなんかじゃない、ミルは目を開けた。すぐ目の前に鉄の筒がその深淵をのぞかせているがミルの意識はそのさらに先、遠くに見える白い塊だった。

付近のLAを蹴散らしながら一直線にこっちに向かって来ている。カントはまだ自分の命を諦めてはいない、そう直感で感じた。すると既に捨てたはずの生への欲望に再び火が点いてしまった。ならば自分自身が諦めるわけにはいかない、と。

「すみません。私はまだ死ねません」

トマスはギョッとしてトリガーにかける指の力が緩んだ。その隙にミルは銃を蹴り飛ばし窓に向かって走る。すると背後に立っていた部下2人がミルを撃とうと銃を乱射した。

耳に響く破裂音と甲高くガラスが砕ける音が聞こえた。いくら強化ガラスといえど至近距離でライフルの弾を喰らえば割れてしまう。ミルはその割れた穴から身を投げた。

エレベーターの前には2人の部下、階段は無く3人を素手で倒すのは不可能。大きな、自分の命を賭けたギャンブルだったがミルはそれに身を任せた。だが必ず勝てる、そう確信して。



[前方熱源反応2]

エルシオンの声に反応して前方にライフルを向ける。大きくブレる銃身をうまく合わせてヘリアムの腹部に穴を空ける。こんな市街地でエンジン爆発など起こされたらたまったものではないので撃てる場所は限られる。完全に無力化する場合はコックピットを正確に撃ち抜くしかないのだ。

[後方、熱源1]

「くそ!こいつら一体どこから湧いてくるんだ?」

悪態を吐きながらスラスターを吹かせ、慣性を殺さないように機体を反転させてライフルを放つ。弾は運良く頭部に命中し、メインカメラを破壊された敵の動きが止まった一瞬を突いてコックピットに穴を開けた。

右腕が使えない状態だと姿勢制御はほぼエルシオンに任せきるしかない。当たり前だがそうすると一瞬、ほんの一瞬だけカントの感覚とズレてしまい、狙いがおぼつかなくなる。そのことが切れ間なく現れる敵機も相まってカントをイライラさせた。

エルシオンを走らせミルとナタリスがいるというカジノビルが近くに見えてきた。そこでふとビルを見上げると上の方から何か白いものが落ちてきている。カントは背筋に嫌な汗が垂れるのを感じてエルシオンに映像の拡大を頼んだ。

[了解。拡大した映像を表示します]

顔こそわからなかったがビルの屋上から空中遊泳を試みているのは見覚えのあるバニーガールだった。

「おいおいおいおい!あいつ正気か!」

カントは新たに立ちふさがった敵機をライフルの乱射で沈め、エルシオンのスラスターを最大出力で吹かせた。

「エルシオン!力振り絞れ!」

[了解。スラスター、オーバークロック発動]

ガクン、と機体の速度が一気に上がった。

リアクターからのエネルギー供給量を上げて不調をきたしているスラスターの出力を強制的に上げるのだ。

ただこれを使うと瞬間的に大きな負荷がかかったスラスターはより深刻なダメージを負ってしまう。だがカントはそれを押してもミルを救う為に飛んだ。ミルのことだ。何の考えもなく中空から身を投げるとは思えない。

だがカントはその『考え』の正体が自分である気がしてならなかった。

「ミルとの距離は!」

[回答。対象との距離は95メートル]

「ギリギリだな……」

自由落下しているミルを受け止めるのにエルシオンのマニピュレータを使えば慣性を殺しきれずミルはぺしゃんこになってしまう。

完全に慣性を殺しきるにはコックピットの重力制御システムを使うしかない。しかしそれには非常に精密な姿勢制御が必要になるのだ。それはエルシオンをもってしても容易なことではない。

[対象との相対速度、相対距離、角度を計測。これより姿勢制御に入ります]

機体を重力に対して垂直に倒し、細かくスラスターを吹かせて微妙な角度と速度を調整する。これが少しでもズレればミルはエルシオンの装甲に衝突してしまう。

[位置、角度固定。動線交差までおよそ2秒]

落下してくるミルがどんどん近づいてくる。その時だった。

飛んできたロケットバズーカによってエルシオンが大きく揺れた。

[脚部関節破損。駆動に支障あり]

コックピットハッチを開けていたせいで爆風をもろに喰らい、カントはシートに叩きつけられる。後頭部を強打し、歪む視界を頭を振って振り払ったところでミルは、というところに思考が行き着いた。

「くそぉっ!」

幸運にもミルはエルシオンの横をすり抜けて未だ落下を続けていた。ただ爆風に煽られてエルシオンの予測と位置が大分ズレてしまっている。カントは再びエルシオンに機体の制御を任せるのも忘れ、自ら機体を反転、地面に向かって急降下させた。地面まで残り30メートル。

「手を伸ばせっ!」

エルシオンをうつ伏せにしてコックピットハッチを開け、足だけで体を支えながらコックピットから身を乗り出す。カントの声が聞こえたのかミルは小さく丸めていた体から腕をほどき、中空に向かって手を差し出した。

届け、そう言葉にならない言葉を噛み締めてカントは腕を目一杯伸ばした。

伸ばした手は1度、2度空を撫で、3度目でミルの手の平を捉えた。

「手ぇ離すなよ!」

体をコックピットに倒しこむようにして自分の体ごとミルをコックピット内に引きずりこむ。その瞬間、重力制御システムがミルにかかっていた下向きの加速を打ち消し、ミルはカントの膝の上に倒れこんだ。

「あと少し、エルシオン頼むぞ!」

機体の姿勢を正常に戻し、最大出力でスラスターを吹かす。それでも完全に慣性を打ち消せずに地面に大きなヒビを入れてエルシオンは着地した。

[警告。膝部関節破損、通常歩行に支障あり]

「どうでしたかうさぎさん、空を飛んだ気分は」

「楽しかったですよ。必ず助けに来てくれると信じていましたから」

カントとミルはコックピットの中で十字になって大きく息を吐いた。

「ふふ、おかしなものですね、あれだけあなたを疑っていたのに」

「疑ってた?」

カントが聞き返すのとほぼ同時に近くのビルの陰からヘリアムが数機、飛び出した。

「ごめん、やっぱり後で」

地面に膝を着いた姿勢のままシールドで敵の第一波をやり過ごす。攻撃が止んだタイミングを見計らって立ち上がり、1番近い敵機の頭部を破壊した。

「エルシオン、右膝部はどれくらいもつ?」

[回答。反応遅延0.3秒。次ライフルの直撃を受ければ完全に動作停止が予測されます]

「上等!」

煙を吹いているスラスターは使わず、走って近くのビルの陰に潜り込む。障害物を利用すれば数的不利を誤魔化せると思ったのだ。

敵はエルシオンを包囲し、ジリジリとその話を詰めている。煙でエルシオンの場所はバレているだろうから精神的に追い詰める作戦なのだろう。カントはレーダーとにらめっこして敵の次の出方を予測した。

[右後方熱源1]

「わかってる!」

背を向けているビルにライフル弾の雨が注がれ、あっという間に蜂の巣になる。素早くエルシオンを横へ回避させていたから何とか凌げたものの、もし動かなかったら自分もああなっていたかと思うとぞっとする。

レーダーが映し出す平面図と今の射撃の方向から敵の現在位置を予想し、その方向に向かってエルシオンの姿を現わす。カントの予想は見事的中して敵機を2機行動不能にすることができた。だが素早く反応した1機を取り逃してしまい、カウンターを受けてしまう。

[警告。機体の反応速度が低下しています]

「カント、大丈夫ですか?」

「大丈夫にしてみせるよ」

エルシオンをビルの間を縫うように移動させる。これで敵の射線を切ることができるとカントは思ったのだがその予想は甘く、敵は付近のビルごと破壊してきた。

「あいつらメチャクチャだな!」

レーダーを横目で見、敵の集団の中ほどにいる機体に狙いを定めてビルから飛び出すのと同時にその機体に突進した。もちろん集中放火を浴びるが右の膝関節にさえ被弾しなければ大したダメージにはならない。そして突進した機体のコックピットを撃ち抜き、そこに銃口を通して盾にしつつ横に跳び退り、前線の敵にライフルを掃射した。敵も負けじと撃ち返すが全て盾にした敵LAに穴を開けただけだった。

「もし爆発したらどうするんですか!」

「こうでもしなきゃあの数を相手にはできないだろ!」

カントには1つ考えがあった。この時点で最良の策とはとても思えないがカントにはこれしか考えつかなかったのだ。

[警告。残弾残り30]

「やるしかないか……エルシオン、この地域のマップを出してくれ、なるベル三次元的なやつ」

[了解。サブモニターに表示します]

横にラスベガスの拡大マップが表示される。そこにはカントの考え通りの物が写っていた。

「走るぞ!」

別にエルシオンの中が揺れるわけではないがミルはカントの体にぎゅっと捕まった。

マップを見て敵の位置を確認しつつエルシオンを回り込ませる。

「これでは敵と鉢合わせしてしまいます」

「それでいいんだよ」

会敵した瞬間、カントは盾を構えてブレードを展開し、敵ではなくその手前のビルを斬りつけた。当然ビルは土煙を上げながら倒壊する。

「な、何を……」

「いいから黙って見とけって」

再びカントはマップとにらめっこしつつエルシオンを包囲している敵と鉢合わせする度に近くのビルを斬りつけて離脱、を幾回か繰り返した。

「これで最後!」

ビルを斬り、土煙に紛れて離脱。敵は倒壊したビルを回り込む。すると機体が別の物に当たった。振り向くとそれは友軍機。辺りを見渡すと包囲していたはずの味方が全て一箇所に集まってしまっていた。

「すごい……」

ミルは思わず息を飲んだ。不完全な機体、体でこうも鮮やかに敵を翻弄するパイロットをミルは他に知らなかった。

「塵になれっ!」

集まった敵の足元にライフルの全弾を叩き込む。そこにあったのはカントが盾にしていたヘリアム。そのエンジンにライフルの弾が穴を開け、激しい閃光と共に敵を巻き込んでの大爆発を引き起こした。

「……全く、無茶をしますね」

「じゃあお前これ以上に上手い作戦を思いついたか?」

「いいえ」

「そんじゃ、話の続きを聞かせてもらおうか」

カントはエルシオンを飛空艇まで歩かせながら訊いた。

「話?ああ、そのことですか……」

ミルは何か言いかけてふと口を閉じた。

「そのことなら……もういいです」

ビルから飛んだ瞬間、ミルは思った。なぜ自分はこうもカント キサラギという男を信じるのだろうか。信じてしまうのだろうか。

頬を流れる風を感じてミルは考えた。最初は単に気にくわない奴だった。突然現れてナタリスと親しくして……でも気づけばその存在がミルの中でどんどん大きくなっていった。

空中で爆発音が聞こえた直後、激しい噴射音でキーンと耳鳴りがした。そんな中で聞こえないはずの声が聞こえた気がした。その声を聞いた瞬間、ミルは気づいたのだ。必死だからなんだ、と。

ショッピングモールの中でも、たった1人でLAに立ち向かった時も、飛空艇の侵入者と対峙していた時も、そして今も、いつだって一生懸命で、体当たりで、無茶苦茶で。でもその行動に裏表はない、と心ではわかっていたはずだ。

無我夢中で手を伸ばし、手のひらに少し汗ばんだ温かい感触を感じた時、ミルは確信した。ああやっぱり。

「なんだよもういいって、気になるじゃん、教えてくれよ」

「嫌です」

ミルは悪戯っぽく笑った。ずっと心に引っかかっていたものが取れ、初めて素直に笑えたような気がした。

「早く戻りましょう。何だか疲れました」

ほっと一息つくとどっと疲れが押し寄せてきた。肉体的にもそうだが特に最近は精神を擦り減らすことが多かったためだ。今すぐにでもふかふかのベッドに倒れこみたい気分だった。

「そういえばカジノでは何を話してたんだ?」

「私たちの行動の理由と、相手の理由と……」

トマスとの会話を思い返していくと彼が最後に放った一言が妙に気になった。

「と?」

「明日合衆政府は滅びる、と……」

「滅びる?」

ミルは会話の流れを一通りカントに説明した。普通に考えればただの負け惜しみか戯言に過ぎないのだがミル同様、いやそれ以上にカントはその一言が気になった。

ラッセルが残した手を引け、というメッセージや自分は敵だという発言、それに今回ラスベガスにラッセルの姿も見えなかった。単に考え過ぎかもしれないが一度気になりだすと歯止めが効かなくなってしまう。


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