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Route Of Elsion  作者: 世界史B
修復する綻びた世界の中を
36/53

だってそれは秘密のスパイス

「それにしても君の格好、何かアルバイトをしていた、ってわけじゃないよね?」

パフェが届き、一時中断していた会話をニッツの方から再開した。

「まあ、いろいろありまして」

別に深く話すことでもないので軽くはぐらかす。大分長い時間無駄話をしていたようだ。まさかニッツの目的がただの世間話ということはないだろうがこれ以上ミルを待たせるのも悪い、ということでカントがコーヒーのお礼を言って席を立とうとしたその時、ニッツは切り出した。

「君のエルシオン、そろそろメンテナンスが必要じゃないか?」

カントを見るニッツの目は先程までの気のいいおじさんの目ではなかった。大企業を背負うビジネスマンの目。カントはようやく話題が核心に触れたと感じた。

「エルシオンにはゼネラルエレクトロニクスのメカニックでないと触れない。その上地上用の装備も調達しなくてはならないと思うが?」

それに、とニッツは続けた。

「君達もどうせ少しの間ここに留まるのだろう?オズマ フロイドの治療のために」

その一言でカントの警戒心は一気に限界点に達した。オズマが来ていることはもちろん、撃たれて療養中などということは極秘中の極秘のはずだ。一介の企業がその情報に触れることができるとは思えない。

「そんなに警戒しないでくれよ、だが同時にあまり舐めないで欲しい。我々は世界最大の企業ゼネラルエレクトロニクスだ。その程度の情報、集めようと思えばいくらでも集められる」

「それで、目的は?」

「目的も何も君のエルシオンの整備をしてやろうという提案だ。見返りは何も求めない。どうだ?君にとってはおいしい話だろう?」

確かに現状エルシオンは整備不足で満足にスラスターも使えない有様だ。整備してくれるというのはとても魅力的な提案ではある。だが逆に魅力的過ぎるのだ。相手側にまるでメリットがない。

「俺にとっては美味し過ぎる話だな、で、あんたにはどんなメリットがあるんだ?」

「我が社の機体だ。我々が整備を買って出るとは当然じゃないか?」

ニッツはニコリともせずに返した。

カントにはまだニッツの真意を測りかねたがこんどはカント側のメリットとデメリットを考えてみることにした。

ここでニッツの申し出を受けた時のメリットはやはりエルシオンを万全の状態に戻すことができる、というのが何よりだろう。それにこの機会を逃せば次に整備ができるのはいつになるかわからない。その間をずっと不完全なエルシオンで戦うのは心もとない。次にデメリットだがカントはこの場合のデメリットを考えることはできなかった。

「どうかね?」

ニッツはカントの思考を見透かしたかのように自信ありげに重ねて問いかけた。

「……申し出を受ける。エルシオンの整備を頼みます」

カントはそう結論づけた。仮にどんなデメリットを背負ったとしても今後のことを考えればエルシオンを万全の状態にしておくメリットに比べれば些細なものと考えたのだ。

ニッツがどこからか現れた眼鏡の女性に目配せすると女性は電話で何事か話し、大きめの端末を取り出してカントの前に置いた。何事かごちゃごちゃと書いてあるが契約書のようなもののようだ。

「既に我々のメカニックチームが君の機体を回収に向かっている。そこにサインしてくれればすぐにでも現地の整備工場に運び込める手はずになっている」

「俺が断ったらどうするつもりだったんだ?」

「君が断る可能性なんてものは毛頭考えていない」

ということはカントは全てニッツの手掌の上で踊っていたというわけだ。

なんとなく癪だったがこれでエルシオンが直るなら、とカントがタッチパネルに触ろうとした瞬間、爆音が街に轟いた。店の客も店員も何事かと窓から外を窺う。すると街には何機ものLA、ヘリアムが闊歩していた。

所々炎上する建物やLAの残骸が転がっている。カントは慌てて近くのベンチに目をやるがそこにミルはいない。安全な場所に逃げていてくれればいいんだけどな、と期待せずに思いながら店の外に出ようとした。すると勢いよく店に飛び込んで来た小さなピンク色の塊と衝突してしまった。

「お前……この中を走ってきたのか?」

女の子は大きな怪我こそ無いようだったが身体中煤だらけでピンク色のワンピースはくすんでいたし所々に擦り傷を作っていた。

「バニーのお姉ちゃんが……」



カジノに鳴り響いた一発の銃声。客が混乱して右往左往する中、いつの間にかどこからか現れたのかアサルトライフルを抱えた十数人の集団がカジノを占拠していた。

数人のガードマンらしき人たちが応戦していたようだが装備が違い過ぎる。その亡骸は今も床に転がっていた。

「お前達は人質となってもらう。床に転がってる奴らの仲間になりたくなければ大人しくしていろ」

銃声が聞こえた段階でミルはナタリスを連れてカジノから脱出しようとしたのだが出入り口には事もあろうにLAが待機しており、とても無事に抜け出せるとは思えなかった。

そこで別の出口を探そうとカジノルームへ戻ったところ人質の集団に巻き込まれてしまったというわけだ。目視できる限り敵は5人、だがいずれも銃で武装している上にまさか仲間がこれだけというわけでは無いだろう。

さらに外にはLAだ。考えたくはないが街ごと制圧されてしまった可能性もなくはない。敵の目的がわからない以上下手に動くのは危険だ、とミルはなるべくナタリスを自分の背中で隠すようにしながら脱出の機会を窺っていた。

不意にミルの後ろで銃声が聞こえたかと思うと中年の男のが頭を撃ち抜かれて死んでいた。

「大人しくしていろ、と俺は言ったはずだが?」

その後ろにはミルが見知った顔があった。ピンク色のワンピース。女の子は涙を浮かべてガチガチと震えていた。

「この中にナタリス フロイドという女がいるはずだ」

ミルは背後のナタリスがビクン、と身体を震わせたのを感じた。もしこいつらがオズマを襲ったやつらの一味なら次にナタリスを標的にしてもおかしくはない。だが今出て行けば確実に殺されてしまう。

「……出てこないなら2秒毎に1人殺していく。まず最初は……そこのピンクのガキだ」

ガチャッ、とわざとらしく音を鳴らして鈍色の銃口を女の子に向けた。女の子はひっ、と喉を鳴らしてその場に凍りついてしまっている。

「ミル、私……」

「名乗り出る必要はありません」

わざわざ脅してまで名乗り出させようとしているということは相手はナタリスの顔を知らない可能性が高い。ならばこのまま何もせずに機を待つのが得策……と、いうことはミルも当然わかっている。

だがおそらくそれを理解しようとしない……いや、理解してなお自らの身を捧げようとする人物をミルは知っていた。

「私が……」

「私がナタリス フロイドです」

ナタリスが立ち上がる前に素早くミルは名乗りを上げた。ナタリスは一瞬ぽかんとした顔でミルを見上げていたがやがて状況に脳が追いつくと顔色を変えてミルの腕を掴んだ。

「ちょっとミル、どうして……」

ミルにとってはかなりの賭けだった。敵がナタリスの顔を知らないという確証は無い上に自身は今バニーガールのコスプレ中なのだ。だがこれはカントにも、そしてレイにもできない。ミルにしかできないことなのだ。

「……その格好は何だ?」

「せっかくの観光です。少しくらい羽目を外してもバチは当たらないと思いますが」

自分でもかなり苦しい言い訳だとミルは思う。だが今はそれに賭けるしかないのだ。ミルは持てる演技力を総動員して無表情を装った。

敵の一団は少しの間何事か話し合っていたがやがてついてこい、とミルに言い渡した。ミルは内心ホッとしながら背後を振り返り、もう大丈夫だよ、と言いながらピンクのワンピースを着た女の子を抱きしめた。そして女の子の耳元に小さな声で囁く。

「私を連れて行く間敵の目は私の方を向くでしょう。その間にここを抜け出して向かいのカフェに行ってください。そこにあなたが端末機を盗んだ男がいるはずです。その男に事情を説明すれば……」

「おい、何を話している」

「何も。怯えていたので落ち着かせていました」

「……そうか」

ミルはわざとゆっくりエレベーターに向かった。そしてエレベーターに乗る瞬間、大きな声で言った。

「人質は私1人で十分なはずです。他の人達は解放してはどうですか」

「人質は多いに越したことはない」

それだけ返してミルの背中に銃口を押し付ける。横目で女の子を探すとその姿は既に見えない。どうやら上手く脱出したようだ。流石ミルやカントをも翻弄するすばしこさの持ち主だ。



「それで、あいつはナタリスのふりをして敵に捕まってるのか?」

女の子は頷いた。目には涙が溜まっている。カントは女の子の顔についた煤を払ってやり、頭を撫でた。

「よく1人で知らせてくれた。そうだ、後で何か美味しいものでも食べるか」

女の子が再び頷くのを見届けるとどこか安全な場所に隠れててくれ、と言ってカントは店を飛び出した。

カフェから空港までの道のりでも所々でまだ戦闘は継続しており、カントは防衛軍側が押されているように感じた。この状況を打開する方法をカントは1つしか知らなかった。


「おい、どうなってんだ?」

空港では攻めよせるヘリアムをレイのアルゴンFBが食い止めている。そしてその後ろでなぜかエルシオンがトレーラーに乗せられて運び出されようとしていた。カントは作業員の1人に近づいて話しかけた。

「この機体をどこへ持って行くんだ?」

「これから工場へ搬入するんだと、これ以上被害が拡大する前に急げって言われてんだ。退いた退いた」

「ふ……ざけんな」

カントは呻いて既に鎖で巻かれたエルシオンに突進した。途中何人かの作業員が止めにかかったがそれを何とか振り切り、エルシオンのコックピットハッチに取り付く。

「エルシオン!起動だ!」

[エルシオン起動スタンバイ、起動します]

純白のボディに赤いラインが走り、デュアルアイに光が灯る。下で作業員達が右往左往するのには目もくれずカントは鎖を無理矢理引きちぎり、エルシオンを直立させた。

『カント!カントなのか?』

通信越しにレイの声が聞こえた。かなり状況は厳しそうだ。

「ミルが……」

『説明はいい!その恰好は気になるが……お前はお前にできることを最大限やれ!その間俺がここは守っててやる!』

レイは額に玉のような汗を浮かべながらも笑っていた。カントも笑い返そうとしたが自分でも笑顔が引きつっているのがわかる。

「エルシオン、スラスターは使えるか?」

[肯定。短時間の加速のみの使用ならば問題は無し]

よし、と小さく息を吐いてカントは足元のペダルを踏みしめた。同時にマップを開いてミルとナタリスがいるというカジノを探す。

武装はライフル一丁にシールド、バルカンとブレード一本……正直大規模な戦闘に参加するには心許ない。その上機体はバリバリの不調中、ミルとナタリスは人質、おまけにレイの助けは期待できないというフルコンボ。

「それでも、やるしかないよな」

[肯定。パイロットならば可能だと当機は確信しています]

「その言い方、何か人間ぽいな」

[そうでしょうか]

「そうだよ」

だがこの程度乗り越えられないようではおそらくラッセルには勝てない。扱いの難しいホバー機体を鮮やかに操り、カントに自分は敵だと宣言したあの男には。そんな気がした。



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