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Route Of Elsion  作者: 世界史B
修復する綻びた世界の中を
34/53

治らない傷を治す為に

飛空艇はラスベガスの空港に着陸、オズマは既に待機していた医療チームに連れられて病院へ運ばれていった。

残った面々はオズマの治療が完了するまでの間ここに滞在することになる。宿泊施設等はラスベガス側が用意してくれるらしいのだがそれまでの時間をどう過ごすか、一同はそれぞれ思いを巡らせていた。

「え、あいつらもう出たのか?」

「ったく、油断も隙もありゃしない」

レイはルミナスアートパイロットからの置き手紙を握りつぶした。手紙には一言『お嬢さんを頼みます』とだけ。気が効いているのかそれを遊びの口実に使っているだけなのかわからない。

尤もレイはただナタリスの警護を押し付けられただけ、と取ったようだが。飛空艇のパイロットの方は計器類のチェック等ちゃんと働いているのに、とレイのぼやきを聞いているとツカツカと後ろから足音が聞こえ、カントはぐいと襟首を引っ張られた。

「おいミル、何すん……ナタリスか」

腰に手を当て、わかりやすい怒りのポーズ。取って見慣れた金髪と共にカントを見下ろしている。レイに助けを求めようとその姿を探すがいち早く危険を察知したらしく影も形も見当たらない。

「ナタリスか、じゃないわよ、あんたミルの駒になんてことしてくれてんの!」

駒、と言われてカントに心当たりがあるのは一つだけだ。折れた白いキング。だがあれはもうミルに許しをもらっていルミナスはずである。と訳を話そうとするがそんな隙を与えないほどナタリスの剣幕は凄まじかった。

「あれはミルのお父さんの形見なのよ?」

「え、だってそんなことは一言も……」

「あれは父の形見だから許さない、なんて言える訳ないでしょ」

確かにカントも無我夢中だったし、まさかそんな大事な物とは知らなかった。だがミルなら、特にカントに対してならば確実に言う。ついでに2、3発殴られるのも覚悟しなくてはならないくらいだ、とカントは思った。だが実際ミルはそんな素振りは見せなかったし、特段悲しそうにもしていなかった。

「おかしいと思ったのよ、ミルがチェスを断るなんて今までなかったから。どうするつもり?」

「どうするつもり、と言われてもなぁ……」

「純ガラス製の駒なんて今時どこにも無いわよ?」

「そんなに珍しいものなのか」

ナタリスは首を縦に振った。現在のチェスの駒は合成樹脂製がほとんどで壊れやすいガラス製はほとんど作られていない。

「どうするつもり?」

ナタリスは瞼を半分閉じてジトリとカントを睨む。とはいえそんな貴重なものを売っている場所なんてカントは知らないし、見つけたとしてもカントの所持金で買えるとは思えない。

「お嬢様、どうされたのですか」

ナタリスを追いかけて来たのだろうか、ミルが走って来た。ナタリスは曖昧に返事を返し、カントもなんとなくそれに合わせる。ミルは怪訝な顔をしたが丁度よくカルナが姿を現した。いつもの作業着姿ではなくよそ行きの、こう言ってはカルナに失礼なのだろうか『ちゃんとした』服を着ていた。

カントは作業着以外のカルナを見たことが無かったので新鮮さも相まって少し見惚れてしまった。

「どうした?ぼへーっとして。あ、もしかして見惚れてた?」

カルナは悪戯っぽく笑う。本心へ直球だったがなんとなくそのまま認めるのがしゃくでカントは突っ張った返事をした。

「そ、そんなことはねーよ」

「はは、まあいいんだけど。それより遊びに行かない?」

「遊びに?」

「そ。なんて言ったって眠らない街ラスベガスだよ?こんな辛気臭い貨物室よりずっと有意義な時間が過ごせると思わない?」

カルナはちらりとナタリスを見、それからカントとミルに目配せした。カントにはいまいちその意味がわからなかったのだがミルは理解したようだ。

「そうですね、外の空気を吸ってくるのもいいかもしれません」

そう言ってカントを睨む。つくづくよく睨まれる日だ、と思いながらカントも調子を合わせる。

「そうだな、じゃあレイ、一緒……ぐほっっ!」

言いかけて突然ミルにボディブローを喰らい、口から変な音が漏れた。

「少しは空気というものを読みなさい。クズムシ」

「では私はこの男を連れて行きますので、お嬢様は……そうですね、1人では危険でしょうし……」

わざとらしくミルはナタリスからレイに視点をスライドさせる。

「いや僕は……」

「お嬢様も外へ出たいですよね!」

とレイを睨みながらミルは言った。そして腕に乗っかっているカントをひとゆすりする。レイは青ざめてコクコクと赤ぺこばりに首を振った。

ミルはカントの手を引いて夜の街を大股で歩く。途中カントは何人かとぶつかりそうになったがそんなことを気にする素振りも見せない。

「なあ、どうしたんだよ、お前がナタリスと一緒に行けばいいんじゃないのか?」

すると突然ミルは足を止めた。その拍子にカントはバランスを崩してよろめき、小さな女の子にぶつかってしまった。ごめん、と小さな声で謝り、ミルに向き直る。

「それで、わざわざ俺を連れ出した理由を聞かせてもらおうか」

「……本当にわかりませんか?」

ミルは責めるというよりは呆れた様子でカントを見上げた。カントが頷くとミルはわざとらしく大きなため息を吐いた。

「議長が撃たれ、さらに議長代理の任まで抱えてお嬢様は大変精神的に追い詰められています。でもその中で持てる力を振り絞り代表として交渉して議長の治療を取り付けました」

そこでミルは言葉を切った。カントの反応を確かめるように。そして自分の心を整理するように。

「そんなお嬢様にささやかなご褒美……があってもいいとは思いませんか?」

まるで吐き出すように最後の一言を言い切った。

ご褒美。それはミルには絶対に与えることができないもの。ミルが自分の手で渡したくてやまないもの。レイと2人きりの時間。本当はミルはナタリスの側にいたいのだ。だがミルはその願いを押し殺して、自分が身を引くことによってナタリスにご褒美を渡したのだ。

「お前……」

カントはミルに何と声をかけていいかわからなくなった。言葉だけの慰めを口にしてもそれはミルの心には届かない。上っ面だけの優しさはやはり上っ面を滑ることしかできないのだ。

バチン、とカントは自分の頬を叩いた。言葉が通じないなら身体を使うまでだ。と。

「あっちに面白そうなものがあるぞ!」

今度は逆にカントがミルの手を引き、近くで1番存在感を放っていたショッピングモールに入った。

「おわ……」

ショッピングモールの内部は昼間だった。いや比喩ではなく本当に昼間なのだ。煌々と照らされた室内の天井はホログラムで青空を演出してあり、床や壁だ外のものをそのまま持ってきたのと大差ない。つまりショッピングモールの中は昼間の屋外を屋内に移植した、という感じだ。

道の中央にはちゃんと大道芸人もいる。その種類も様々でナイフでジャグリングをするような凄いものから体を銅色に塗りたくってじっとしてあたかも銅像かと思わせる変わったものや自分の顔にパイをぶつけてくれ、なんておかしなものまで様々だ。

「眠らぬ街、なんてよく言ったもんだよな」

「そうですね、このような施設は私のコロニーにはありません」

視線を動かすたびに眼を見張るような商店やあっと驚く芸人が飛び込んでくる。

「あ……」

ふとミルが足を止めた。カントがミルの視線を辿るとその先にはちょっと変わったペットショップがあった。ちょっと変わった、と言うのはその店はペットを売ってはおらず、ただ世界中の動物と触れ合いながら軽食を摂れる、というだけの店だ。それをペットショップと呼んでいいのかどうかはわからないが店の前にペットショップと書いてあるのだからそれは誰が何と言おうとペットショップなのだろう。

「か……かわ……」

ミルはウィンドウに鼻をくっつけるようにして奥の耳が短くて細長い胴体の動物に魅入っていた。その隣にはフェレット、と書いてある。カントも見たことがない動物だった。

カントもそのペットショップに近づく。するとウィンドウにカントの姿が映ったのが見えたのだろうか、ミルはパッとウィンドウから飛び退き、フェレットに背を向けた。

「な、何でしょう?」

そっぽを向きながらもちらりちらりとウィンドウに目を走らせる。

「お前ってさ」

「は、はあ」

「意外とかわいいものとか好きだったりする?」

するとミルは顔を耳まで真っ赤にした。

「そ、そ、そんな……」

「やっぱりそうか、日本でもナオとすげえ仲良かったし、意外とそういうところあるのな」

カントはユウの言葉を思い出した。『ミルって娘、可愛いね』

あの時はユウの目と感性を疑ったものだが今となってみるとなるほど確かにミルもちゃんとした女の子に見えた。

「何ですか人をじろじろ見て。私がかわいいものが好きで悪いですか?」

とうとうミルは開き直り始めた。耳がまだ紅い辺り完全に、というわけではないのだろうが。

「いやいや誰も悪いとは言ってないし?」

カントはミルから逃げるようにペットショップのウィンドウに目を移した。するとそのガラスに大きなチェスの駒が映っているのが見えた。後ろを振り返るとちょうどペットショップの向かい側に娯楽店のような店があった。そしてその看板は大きなチェスのナイト。カントはもしやと思い、店の中に突進した。

やはり店の中の様々なボードゲームが置いてある一角にチェスのセットや駒が売られていた。だがどれも合成樹脂製ばかりで目当てのガラス製はどこにも見当たらない。

「やっぱりないか……」

「何かお探しで?」

落ち込むカントにカウンターから出てきた店主が声をかけた。カントはミルがまだ店の外にいるのを確認し、訳あってガラス製のチェスの駒が欲しい、と伝えた。

「ガラス製ですか……」

店主は少し考え込んでいるようだった力なく首を振った。

「修理くらいはできるんですけどね、新規購入となるとやはり……もう製造しているところも無いですし……」

「修理ならできるんですか?」

まあ、と店主は頷いた。カントは思わず店員の手を握りしめた。

「本当ですね!」

「はい。多少の損傷なら全く新品同様にできます」

店主もカントの食いつきから商売の匂いを嗅ぎ取ったのかセールス口調に力を込めた。

「ですが……その、多少お値段が、ね」

店主はそれなりの値段を口にした。正直カントの所持金全てつぎ込んでギリギリ足りるかどうか、というところだ。

「ち、ちょっと待ってください」

カントはポケットから端末を出して所持金を確認した。……しようとしたがカントがいくらポケットを探っても指に触れるのはざらざらした生地ばかり。

「え、あれ?」

身体中をまさぐってみるがお金や身分情報等の詰まった端末はどこからも出てこなかった。

「どうかしたのですか?」

出てくるのが遅いカントを心配したミルが店内に入ってきた。カントの行動を見て何が起きたかを素早く理解したようだ。

「確かに飛空艇を出るときにはあったんだけどな……」

「スられましたね」

「スられた……?」

スる、とは主に人混みの中で通りすがりに素早く他人のポケットやバッグの中から金目のものを盗み出す行為、とカントの脳内辞書が導き出した。

スリにあったのなんて生まれて初めてだ。小説などの物語の中ではよく聞くがまさか自分がその被害者になるとは思わなかった。

「はあ、そんな大事な物をポケットなどに入れておくからです」

ひとまずカントとミルは店を後にした。そしてどこかに落としたのではないか、と来た道を引き返してみる。

「途中誰かにぶつかった、とかはないですか」

「そんなこと……」

記憶を手繰り寄せていくとカントの横を1人の女の子が走り抜けて行った。その光景に脳が刺激され、ある記憶の一点が浮かび上がってくる。

「あったぞ、1回だけ。小さな女の子にぶつかった!」

「それはどんな?」

「さっき走ってったみたいな小さな女の子……」

あいつだよ、とカントの中のカントが叫んだ。

「さっきの奴だ!」

後ろを見渡し、見覚えのあるピンクのワンピースが角を走り抜けていくのを捉えた。慌ててその後を追いかける。

「くそ!待て!」

カントが叫ぶと相手も自分が追いかけられていることに気づき、走る速度を上げた。

右へ左へ、ショッピングモールの中を駆け回り、女の子はカントを翻弄する。すばしっこい上に逃げ慣れているのか走るのがやたらと速い。

「このままじゃ外に出られちまう、ミル、挟み撃ちで……」

カントは後ろを振り返るがそこにミルの姿はない。撒かれてしまったようだ。

「くそ!」

そしてカントの予想は見事当たり、女の子はショッピングモールの出口へ向かっていた。広い街を逃げられれば次見つけるのは絶望的だ。

「待ちなさい」

ショッピングモールの出口の前にはミルが立ちはだかっていた。

「全くあなたもつくづく間抜けですね、出入り口で待ち構えておけばいずれそこから出てくるというのに」

「でかしたミル!」

カントは女の子を問い詰めようとミルと女の子の元へ駆け寄ったその時、女の子は近くのパイをミルめがけて投げつけた。ぽふん、と気持ちのいい音がしてミルの顔にクリームの塊が命中し、服にまで白い塊が滴り落ちる。

女の子はもう一つパイを掴み、カントに投げつける。カントはなんとか身をかわし、顔面に当てられるはずのパイは肩に当たった。

「くそこら!」

日本でも同じようなことをしたな、などとくだらないことを思いながらカントは肩のパイを払いのけ、女の子を追いかける。

「あんた!何やってんの!」

逃げようとした女の子を通りかかったカルナが抱きとめた。女の子はしまった、という顔をしてジタバタ手足を動かすがカルナはがっちり抱いて離さない。

「よし、そのまま捕まえておいてくれよ」

カントが近づこうとするとカルナは自分の後ろに女の子を隠した。まるで庇うかのように。

「よし、じゃないよこんな小さな女の子を……ほらこんなに怯えてじゃないか」

カントはそこでやっと自分が誤解されていることに気づいた。そこで事情をカルナに説明する。カルナはクリームまみれのカントと真っ白な顔のミルを見てようやく納得してくれた。そして自分の後ろでじたばたしている女の子を見つめる。

「このお兄さんから取った物を返して」

女の子は首を振る。だがカルナは口調を強くすることなく腰を落として女の子と視線を合わせた。

「あれはすごく大事な物をなの。お願い」

カルナは女の子の目を見ようとするが女の子は目線を逸らす。自分も何か言おうと足を踏み出したカントの肩をミルは掴み、首を横に振る。

「どうしてだよ」

すると女の子はおもむろにポケットから小型の端末機を取り出し、カルナに渡した。カルナは笑顔で女の子の頭を撫でている。

「凄いな」

「カルナは昔から小さな子の扱いが……よく懐かれるんです」

「ほー」

思い出せば落ち込んだナタリスをカントに探してこい、と言ったのもカルナだった。尤も、ミルの言葉をそのまま信じるならとカントかナタリスのどちらかが小さな子ということになってしまうのだが。

「ほい、もうスられるんじゃないよ」

カルナは端末を投げてよこした。

「それにしてもあんたら派手にやられたね」

カントは改めて自分とミルの状況を見直してみた。カントは右の肩を中心にクリームがべったりだし、ミルに至っては首回りは真っ白だしまだ髪や顔にもまだ所々クリームがこびりついている。

「着替え……どうすっかな」

「私に考えがあるからついて来て」


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