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Route Of Elsion  作者: 世界史B
修復する綻びた世界の中を
33/53

すれ違う視線と食い違う刃

遠くで爆発音が聞こえた。だがカントはそんなことは全く気にならなかった。先程から放たれる銃弾は全てカントの足元の床や壁に当たり、カント自身にはかすりもしない。相手からはまるで殺気が感じられなかった。

敵のリーダーはゴーグルのようなものをしていて人相はわからないがカントはその人物に確信を持った。

角を曲がった所でカントは立ち止まった。足音が止んだのが聞こえたのかリーダーも歩みを止める。

「どうしてこんなことをするんだ?」

角の向こう側から返事は返ってこない。

「オズマが何をした?ナタリスが何をした?ただ平和のために動いていただけじゃないか!」

またしても返事は返ってこない。本当に答えられないのか、答えてやる義理はないと思っているのか、どちらにしろカントには納得できなかった。

「答えてくれよ!ラッセさん!」

そう、リーダーの声、体つき、全てがカントの恩人、ラッセ ウェルターと重なった。カントは心の底ではラッセに似た誰かだ、本人ではないに違いない、そう思っていた。だが相違点を探せば探すほどそれを覆すのが難しくなっていってしまう。カントは自分で言ってから相手がそれを否定してくれる、そう思いたかった。

「……理由などは必要ない。僕は命令に従うだけだよ。それが正しいか間違っているかなんて考えたことも無いし、考える必要も無い」

だがカントのささやかな希望は否定を含まないその返答によって粉々に打ち砕かれた。さらに追い討ちをかけるようにラッセは重ねて続けた。

「僕はもうラッセじゃない。ラッセではいられない。僕はコロニー連……宇宙自由軍地球降下部隊隊長、ラッセル ブライン、君の……敵だ」

敵。ラッセルの口からそう突き放された言葉はカントが絶対に聞きたくはなかった言葉だ。カントは今すぐ角から飛び出して殴りかかりたかった。もし正面切って対峙していたらきっとこの衝動は抑えることができなかっただろう。

「でも……」

ラッセルの口から不思議と威圧感が抜け、カントの知っている気弱で研究熱心な青年、ラッセ ウェルターに戻った。

「君がこれ以上僕達の邪魔をするのなら僕は容赦はしない。この戦いから身を引いてはくれないか?」

「それはできない」

カントは即答した。ありったけの決別の意思を込めて。ラッセルはカントの答えを予測していたかのようにそうか、とだけ言ってからカントに背を向けた。遠ざかっていく足音に向かってカントは問いかけた。

「どうして俺を殺さなかった?」

初めて会った時も、そして今も。ラッセルは自身をカントの敵だと明言し、さらに殺すチャンスはいくらでもあったはずだ。

「それは……」

カントがいくら待ってもその返事は返ってこない。カントが痺れを切らしてラッセルを追いかけようと足を踏み出した瞬間、爆発音が聞こえた。先程までの遠くから聞こえるものではない。

煙を吸い込まないように鼻と口に服の袖を押し当て、曲がり角から顔を出した。するとついさっきまでラッセルがいたらしき場所に大きな風穴が空いており、当のラッセルの姿は影も形も見えなかった。

「答えてくれよ……ラッセル……ブライン……」

カントは壁を思い切り殴りつけた。無傷だった左手から血が滴る。結局ラッセルはカントの質問には何一つ答えてはくれなかった。わかったことといえばラッセルが敵である、という一番わかりたくなかったことだけ。カントはやり場のない怒りをもう一度左手に乗せて壁へ叩きつけた。

  


「この戦いから身を引いてはくれないか?」

「それはできない」

優しげな声でカントに語りかけるラッセルの声を聞いてミルは思わず近くの通路の裏に隠れてしまった。

「どうして俺を殺さなかった?」

カントの怒り声とも涙声とも取れる震えた声が聞こえた。まるで以前からカントとラッセルが知り合いだったかのようなやりとり、それもただの知り合い、だけでは表しきれない間柄だとミルは感じた。

そして爆発音、ミルは慌てて通路から飛び出して銃を構えるが敵の姿はどこにも見えず、あるのは大きな船体に空いた風穴だけだった。



太平洋上空、ラッセルらの襲来による敵側は死者4名、脱出した者が少なくとも1名、と結果的には勝利した形となった。とはいえこちらの被害もゼロというわけではなかったが、死者はゼロ、ケガ人が数名、飛空艇には大きな穴がいくつか空いた程度で済んだ。

飛空艇の方はカルナが予備の資材で何とかなる、ということだったが人間の方はそうもいかない。1番ケガの酷いオズマは一刻も早く適切な治療が受けられる施設に連れていかなければかなり危険な状態なのだ。

そこで一行が向かったのは直線距離で最も近く、かつ治療施設の充実した都市であるラスベガスという場所だ。古くは夜も眠らぬ街として知られていたその名前は現在も変わらぬ輝きを誇っている。

「まあ、会合を予約してた都市でもあるし、どっちみち寄らなきゃならなかったわけだが……」

一同は食堂のテーブルを囲んで今後の方針確認をしていた。

「ま、歓迎はされないだろうな」

現時点での目的は大きく2つ。まず最優先なのがオズマの治療。そして次に本来の目的であるコロニー側に戦争の意思が無いことを説明する、となるのだが日本州の前例があるように歓迎されないだろうということは目に見えている。

その上議長がコロニー側の戦闘員を名乗る集団に撃たれたのだ。そもそも受け入れを拒否されても何ら不思議では無い。

「ラスベガスと連絡は取ったのですか?」

「でも返答は『会議の後に決定を通達します』とだけ。こりゃどうなるかわからんな」

レイはお手上げだ、とばかりにイスに体を投げ出した。

「せめて交渉人があと1人いりゃあな」

その言葉に全員がミルの隣の空席に視線を注いだ。ナタリスはずっとオズマの側を離れようとしない。例えこの中の誰かがオズマの治療及び会合の取り付けを掛け合ったところで相手にもされないだろう。議長代理のナタリスでは別かもしれないが父親が死線を彷徨っている最中に頼むのは酷というものだ。さらにナタリスは1度それで苦い経験を味わっている。首を縦に振り難い気持ちも理解できないわけではない。

「ま、結局向こうからの返答が来るまで如何ともしがたいな」

「ですがあのままでは議長はあともって数日が限度です。あまり悠長なことを言っている余裕はありません」

それから食堂の会議は何ら具体的な結論が出ないまま終わりを迎えた。レイはいつ先方からの連絡が来てもいいように、とコックピットへ、カルナとパイロット2人は機体の整備、ミルは書斎の掃除へとそれぞれ自分の役目を全うしに戻って行った。

「……だってよ、お前はどうすんだ?」

カントはわざとグズグズと食堂へ残り、会議の間中扉の前で聞き耳を立てていた人物へ問いかけた。

「気づいてたの」

「何となくな」

カントがイスに腰掛けたまま動こうとしないのを見てナタリスは遠慮がちにカントと向かい側に腰を下ろした。

「……どうして皆んなに言わなかったの」

「言って欲しかったのか?」

「意地悪ね、レイとは大違い」

ナタリスはぶすっとそっぽを向いた。恐らくレイ辺りが無理矢理にでもやれ、といえばナタリスはするだろう。だがそれでは意味がない。そしてそれではコロニーへの疑念に揺れる地球の人を説得できはしない。それにナタリスはカント達の会議に聞き耳を立てていた。つまり完全に投げ出したわけではないということだ。それだけでも大きな突破口になるとカントは思った。

「腹減ったな、何か食べるか?」

カントはフードバーへ行き、カレーのボタンを押す。ナタリスは曖昧に首を振る。少し迷った後、もう一度カレーのボタンを押し、ナタリスの向かい側へ戻った。

「そういえばさ、議長はどうしてお前を議長代理に選んだのかね」

カントはふと疑問を口に出してみた。ナタリスは視線を右下へ流し、口を閉ざす。

議長代理は議長の不在時に議長の権限を一任される役目だ。

コロニー議長といえばコロニーの実質的な最高権力者、普通なら娘だからといって贔屓に選んでいいような役目ではない。

恐らくオズマがこの決定を下した時も相応の反対があったことだろう。それでもなお今ナタリスが議長代理の肩書きを下げているということはオズマはその反対を押し切った、ということになる。

「お前は単なる身内贔屓、なんて思ってるかもしれないけどさ、議長はそれだけお前を買ってたんじゃねーの?ナタリス フロイドを、さ」

そうカントが言うとナタリスはぼんやりと宙を見上げた。カントが何を言っても上の空でスプーンの先を使ってカレーを弄くっている。

何か考え事をしているのか、はたまた記憶を手繰っているのか、カントには分からなかったがただ逃げているだけの状況から現実と対峙させることには成功したようだ。

カントは残りを急いで掻き込むと食器を洗浄器の中に放り込み、食堂を出た。


「何か手伝うことはあるか?」

カントは書斎の前で壁や床に飛び散った血液や煤を拭き取っているミルに声をかけた。ミルは一瞬ビクッと体を引きつらせ、出会った当初のような油断のない目でカントを見据える。

「いえ、ここは私1人で大丈夫です。あなたは疲れているでしょう、部屋で眠ってはどうですか?」

最近は最初に比べて少し、ほんの少しではあるが態度が軟化してきた、とカントは思っていたのだがこれではまた最初に逆戻りした感じだ。

理由は全く分からなかったが下手に反抗すると後が怖いので素直にミルに従っておくことにした。



「この戦いから身を引いてはくれないか?」

ミルの頭の中ではこの敵のリーダーが放った言葉が何回も何回も木霊していた。本気でカントを思いやっていることがわかる優しい口調。考えたくはないがカントが敵の手先である、という仮定がミルの頭を少しずつ侵食していっていた。

考えまいとすればするほど、否定材料を探せば探すほど頭から離れなくなってしまう。思い返してみれば最初に襲われたのは香港の空港、それもナタリスの話によればカントが中央管制センターに到着した途端に襲撃が開始されたようだ。

カントがナタリスの姿を発見して殺害するよう連絡した、と予想するのが普通のような気がする。それに日本でもそうだ。やはり襲われたのはカントとその周囲の人間。

そんなはずはない、カントは自分が1人でLAの相手をしてナタリスを守ったではないか、それにナタリスを香港の中央管制センターから護衛してきたのも他ならぬカントである。ナタリスの恩人は同時にミルの恩人だ。そんな人をこともあろうに敵側のスパイと疑うなど以ての外だ。

ミルは頭を掻きむしった。何が本当で何か嘘なのかわからない。何を信じればいいのかわからない。

「何か手伝うことはあるか?」

呑気な声で後ろから声をかけられた。恐らくナタリスと話をしていたのだろう。ナタリスが聞き耳を立てていることなどあの場にいた全員が知っていた。だがまだそっとしておいた方がいい、と知らぬ顔をしたのだ。

「いえ、ここは私1人で大丈夫です」

自然と強い口調になってしまった。自分がこんなにも頭を悩ませているのに呑気に声をかけた、というところにだけではない。気軽にナタリスと話していた、そこに無性に腹が立った。だからあえてイライラした口調を崩そうとはしなかった。



「あ、でもこれだけは許してくれよ」

カントは床に屈み込み、何かを探し始めた。

「何をしているのですか」

「いや、ちょっとな……あったあった」

カントは壊れた扉の陰からチェスの駒を1つ、つかみ出した。

「それは……」

「ごめんな、ちょっと欠けちゃってる」

白いキングは投げつけられた衝撃で十字の部分が根元からポッキリと折れてしまっていた。

「別に構いません。駒は単品でも売っていますので」

そう言いつつもミルは大事そうに十字を失ったキングを胸に抱いた。

「……なんか……」

ごめん、と言おうとしたカントの口を遮って船内にレイの声が響き渡った。

『ラスベガスからの返答が来た。こちらの代表と話したいそうだ。ナタリ……』

なぜかそこで放送は途切れてしまった。カントとミルは思わず顔を見合わせる。



カントとミルが連れだって飛空艇のコックピットへ向かうとその前にレイと2人のパイロットが立っていた。

「おいおい、操縦は大丈夫なのか?」

カントが慌てて聞くとパイロットの1人が自動操縦にしてあるから大丈夫だ、と答えた。

「ではその中にはお嬢様が1人で……?」

レイは首を縦に振った。

「私1人で話したいって言って俺達は全員追い出されちまった」

そう言いながらレイは肩を竦めた。

「全く、お前は一体どんな魔法を使ったんだ?」

「そうだな……言うなればナタリス フロイドって魔法だな」

「一体なんですかそれは」

ミルが真面目な顔でカントを問い詰めた。カントはレイに乗っかってふざけただけだったのだがこうも真っ直ぐ反応されると反応に困る。

「いやいや、俺は何もしてないよ、考えたのも決めたのもナタリス自身だろ」

そう言っている間にコックピットからナタリスが戻って来た。

「ごめんなさい、外で待っててもらって」

「それで、結果はどうだった?」

ナタリスはにっこり笑って親指を立ててみせた。

「バッチリ……と言いたいところだけど残念ながらそう上手くもいかないわね。会合の約束は取り付けられなかった。でも安心して、お父様の治療は最高のものを受けられるようにしてもらったから」

ナタリスにはやりきった、という満足さと結果に納得のいっていない物足りなさの入り混じった表情をした。だがそれでも十分な、いや偉大な進歩だ。少なくとも他の誰がやっても同じ結果に漕ぎつけることはできなかっただろう。

「よし、じゃあラスベガスまで全速力だ」

パイロット2人はそういってコックピットへ戻っていった。


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