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Route Of Elsion  作者: 世界史B
修復する綻びた世界の中を
30/53

守れるもの、守りたいもの

その後ミルとナタリスの間でどんなやりとりがなされたのかカントは知らない。だが1つ確実に言えることはナタリスが元どおりになった、ということだ。尤も、見かけだけそう見えるだけなのかもしれないし、父親へのコンプレックスが無くなった訳では無いのだろうが少なくとも2人の間に確執が無くなったのはカントにとっては喜ばしい出来事だった。

その後は度々3人でユウの所へ遊びに行った。お約束ながらナオの仕掛けたいたずらにナタリスが引っかかり、尻餅をついた時はミルに殺されそうになった。ちょっと吹き出しただけだったのだが。

しかし時の流れというものは楽しい時間なほど早いもので、あっという間に数日が流れて行った。


「よっ……と」

カントは山と積まれたコンテナの最後の1つを運び終えると大きく肩を回した。貨物室に大量に運び込まれたパーツをカルナのいる機関室まで届ける役目を押し付けられたのだ。いくら何でも右腕の使えない自分にさせることないじゃないかとカントは思ったがレイ以下パイロットは貨物室への搬入の手伝い、カルナはエンジンの調整、ミルやナタリスまでもが納品の確認に駆り出されている状況だ。これくらいは致し方ない。

「あ、カント、さっきミルがあんたを探してたよ」

カルナが黒いオイルまみれの顔を上げた。

「ミルが?俺は何もしてないぞ」

ミルから呼び出しを受ける時は大体カントが何かやらかした時と決まっている。そこで記憶を手繰ってみるが特に何かした記憶はない。

「とにかく早く行ってあげなよ、ミルが不機嫌になる前にさ」

カントは重い足を引きずって格納庫へ向かった。腕を怪我した直後はミルも遠慮がちだったが段々と遠慮がなくなっていき、今では怪我前とほとんど変わらない強さで当たってくる。だが今回は自分に落ち度がないことを確認し、そこを説明すれば、と自分を奮い立たせた。

「ミルよ、言っておくが俺は何もしていないぞ」

「何ですか唐突に」

ミルは入力端末から面倒臭そうにカントへ視線を移した。どこか見慣れないと思ったら眼鏡をかけていた。目の大きさが少し小さく見えるから伊達では無い本当にレンズが入ったやつなのだろう。赤い楕円形のフレームがなかなか似合っていると思った。

「いや、眼鏡、かけるんだな」

「ああ、これですか?別にそこまで視力が悪い訳ではありません。単に気分の切り替えに使っているだけです」

そんなことよりも、とミルは続けた。

「何か私に用があったのでは?」

「いやお前が俺を呼んでるってカルナから聞いたから」

ミルは少しの間目を泳がせて考え込むとはぁ、とため息を吐いた。

「私は単にあなたが仕事をサボっていないか聞いただけなのですが……恐らくカルナが勘違いしたのでしょう」

カントはほっと胸を撫で下ろした。その様子をミルは半眼で睨みつける。

「何故か私の呼び出しが無くなって喜んでいるのが気になりますが……仕事が終わったのなら外に散歩にでも行ってきてはどうですか?」

確かスケジュールでは運び込みと確認が終わり次第出発、だったはずだ。もうカントの仕事が終わったということは後残すはミルとナタリスの確認作業が終わるのを待つばかり、という所だ。短い間だったが色々なことがあって少し愛着も湧いていた。

カントはミルの気が変わる前にさっさとその場を後にし、もう見慣れてしまった砂浜に足跡を残していた。



「いつか来ると思ってたよ」

カントが向かったいつもの場所。そこには既に先客がいたようだ。

「後は納品確認をするだけだってさ」

「それで、君はサボって散歩中?」

「んなわけあるか、そんなことしてみろ、ミルにどんな目に遭わされるか」

「それもそうかもね」

ユウは笑いながら言った。

「……僕さ」

ユウは砂浜にゴロリと仰向けに寝そべった。

「宇宙で働きたいって言ったろ?」

そうだったかな、とカントは返した。

「あの時は単に親父から逃げたいだけだった。あんな先行きも何も無い所に縛り付けられてたまるか、ってね」

「今は違うのか」

「いや?今も宇宙で働きたいっていうのは変わらない。宇宙で新しい可能性を探したいんだ」

「新しい可能性?」

「うん。ここ数日うちの工場も大忙しで、悔しいけどそこで働いてる親父が少し……かっこよく見えた」

ユウの中でも色々なドラマがあったのだろう。その結果、彼は逃げる為ではなく立ち向かう為に宇宙へ行く道を選んだ。

「でもどうしてもそれを俺に?」

「……何となく、かな」

「何だよ、それ」

振り返ると飛空艇が既にエンジンに火を入れていた。久々の仕事を喜ぶかのように低い唸り声を上げている。どうやらカルナの修理はうまくいったようだ。

カントは走って飛空艇へ向かおうとした。だがユウがその背中を呼び止める。

「あ、後一つだけ!」

「うちの親父は市長に言われる前から君たちに協力するって決めてたみたいだよ!」



カントは既に少し砂浜から離れていた飛空艇にすんでのところで飛び乗った。砂浜を全力疾走したせいでヘトヘトである。おまけに少し波をかぶってズボンがびしょ濡れだ。

「ちっ」

「オイ、お前今舌打ちしただろ」

「いえ?空耳では?」

ミルは白々しく目を明後日の方へ向けたまま言った。



ほとんど揺れのない快適な飛空艇の旅。カントはぼんやりと窓から外を眺めていた。現在一行は太平洋を通過中。特に何か面白いものが見えてくるわけでもなく、ただ目に映るのは青い海、青い空、白い雲。初めは物珍しさのあったそれらもずっと同じものが続けば流石に飽きてくる。

「カントキサラギ、お嬢様がお呼びです」

窓から顔を引き剥がすとミルがぶすっとした顔でカントを見下ろしていた。ミルはカントに対する呼び方がころころ変わるのだがカントキサラギ、とフルネームで呼ぶときは特に不機嫌であることが多い。

その上ナタリスの呼び出しと言うからに地雷の匂いがプンプンするのだがなにぶん退屈を凌げるのならそんな地雷原にも足を踏み入れる価値がある、カントはそう思った。


不機嫌に肩をいからせて歩くミルに案内された場所はナタリスの私室だった。その扉の外側まではもう飽きるほど見たのだが今回は初めて中に足を踏み入れる。

「これ、どうかな?」

出し抜けにナタリスはそう聞いてきた。彼女の前には大きな鏡がセットされており、自身はショッピングで買っていた服に身を包んでいた。露出が多くないかとミルと話していたやつだ。

「どうって……まあ……」

カントはいまいちナタリスの意図を図りかね、そう曖昧に返した。

「まあって、曖昧ねぇ、もっとシャキッと答えなさいよ」

「そもそもなんで俺にそんなこと聞くんだよ、レイに聞けばいいじゃないか」

「何言ってんの、もし変だったらどうするのよ」

ナタリスは少し赤くなりながらもしごく当たり前のことを返すように言った。

「そんじゃ、ミルでいいんじゃないか?」

隣でミルが不機嫌そうに鼻を鳴らした。ナタリスに聞こえないよう細心の注意を払って、だ。

「男の子の目線から見た意見を聞きたかったの」

「そういうのは普通好きなやつに1番に見せたいと思うもんじゃないのか?」

「レイには完璧な私を見てもらいたいのよ」

カントが聞きたかったのはなぜそこで呼び出されるのが自分なのか、だったのだがいくら掘り進めても埒があきそうにないので結局はしばらくの間ナタリスの感想マシーンになっていた。だがナタリスは元がいいからなのかどんな服を着てもある程度は似合ってしまう、というのがカントを困らせた。何せ適当なことを口走れば横のミルに力一杯太ももを抓られるのだ。

やがて服が50着を超え、いい加減感想の言葉も出尽くした頃、船内にオズマの声がスピーカーから響き渡った

「こちらに接近する所属不明の輸送艇を発見。パイロット各員は戦闘準備をせよ」

感想地獄から逃れたい思いでカントはその場から弾けるように立ち上がり、ナタリスの部屋から飛び出した。後ろの方で何か叫んでいるような気がしたが聞こえなかったふりをし、格納庫へ急いだ。


格納庫へ行くとレイ以下パイロット2人は既に出撃しており、エルシオンだけが取り残されていた。

「よし、俺も……」

とコックピットへ登るワイヤーを掴もうとしたところで自分の右腕に厳重なギプスが付いていることをカントは思い出した。

「こりゃ、きついかな……」

だが自分がこの船に乗せてもらう代わりにこの船を守る、という約束も思い出した。


『おいカント!?お前右腕使えないだろ!』

エルシオンが出撃すると予想通りの突っ込みが入った。

「いないよりマシだろ!それに、俺も太平洋の真ん中で立往生は嫌だからな!」

カントも負けじと怒鳴り返す。幸い右手は自由に、とはいかないが無理をすれば動かせる。エルシオンにシールドの操作を任せて自分は飛空艇を守ることに専念すればなんとか戦力にはなる、カントはそう考えたしエルシオンからも同様の回答が返ってきた。それにずっとできなかった急作りのフライトユニットのテストもしたかったのだ。

「わかった、死ぬなよ!」

レイのそんな怒鳴り声をBGMにカントはレーダーを見渡す。地球で所属不明のLAや輸送艇と言えば全て合衆政府の管轄外、つまり何かしらよからぬことを考えている連中であり、その筆頭である旧コロニー連合が『裏切り者』であるコロニーツヴァイ一行を見逃してくれるはずがなかった。

レイたちはまた戦闘のとばっちりが飛空艇に及ぶのを防ぐため飛空艇から少し離れた所で戦っている。カントは飛空艇の周辺を飛び回りながら敵の機体を探したがそれらしきものはレーダーにも映っていない。が、突如レイ達の機体群から飛び抜けた敵影を1機、レーダーが捉えた。

『マズい、カント!1機抜けた!』

そうレイに言われる前からカントは飛空艇の上空を飛びながら敵を探していた。だが不思議なことにレーダーには映っているのに目視では発見できないのだ。

「どこにいるんだ?」

カントにいらだちと焦りが募る。上空にいれば飛空艇に接近する機体を1番発見しやすい。だがなぜか見えないのだ。そうこうしている間に敵をを示すマークは猛烈なスピードで飛空艇に近づいてきている。

もし飛空艇に攻撃されれば?おそらく翼、エンジン、どこを攻撃されてもまともに飛び続けるのは不可能だろう。そうなればだだっ広い海の真ん中で……

考えるな、とカントは頭を振った。深呼吸をして気を落ち着かせ、もう一度考えてみる。今の自分から死角になっている場所、もしくは……

「海か!」『海だ!』

カントが気づくのとレイが叫ぶのはほぼ同時だった。カントは急降下し、飛空艇の下へ回り込む。予想通りそこには海面スレスレを飛行している機体が見えた。

「シールド!」

もう間に合わない、咄嗟にそう判断したカントはエルシオンにそう命令した。すると右腕の使えないカントに代わってエルシオンがオートでシールドを自機のコックピットを守るように構え、カントは敵のロケットランチャーと飛空艇の間に割り込んだ。

激しい揺れと共に爆煙が立ち込め、カメラが一面ねずみ色に染まる。カントはエルシオンを急降下させ、煙から抜け出すと海面の敵に接近、左手でなんとか照準を操り、ライフルを撃った。

この時点でカントに間違いが2つ、あった。1つは敵は海面スレスレを飛んでいたのではなく、海面を滑るように移動していた。そしてもう1つは実力の差が歴然だった、という点。

「おいエルシオン!あいつどうなってんだ?海面に立ってるぞ?」

その機体は大元が旧コロニー連合のヘリアムだという面影は残していながら脚部が肥大化しており、何かの比喩ではなく本当に海面、つまり水面に直立していた。

[回答。敵機は旧コロニー連合、コロニー自由軍主力機ヘリアムの特殊カスタム機と予想。脚部にホバー機構を内蔵している模様]

「そのホバーってのは?」

[回答。磁力により機体を僅かに浮かせることで接地面との摩擦を限りなくゼロにし、地上と水上において極めて高い機動力の確保が可能。ただし制御の難しさから完全に操るには相当の訓練が必要]

「……じゃ、あいつはその相当の訓練ってのをパスしたわけだな」

ホバーのヘリアムはまるで踊るよう水面を駆け回りカントのライフル弾をものの見事に躱しきっている。それどころかその攻撃をあざ笑うが如く正確にロケットランチャーを当ててくるのだ。カントは自身の右腕云々の問題ではないレベルで圧倒的な技量の差を目の当たりにしていた。エルシオンの強力な補助があってなお、だ。

[警告。シールド耐久限界]

カントは舌打ちし、ライフルを投げ捨てた。どの道ジリ貧なら一か八かに賭けるしかないと思ったのだ。

ブレードを抜き放ち、急降下してヘリアムに接近する。

降下加速も乗せたブレードの一撃は見るも鮮やかに躱されてしまった。当然そんな大振りの攻撃には大きな隙が付きまとう。その上エルシオンは細かな機動制御ができない現状だ。無様にさらけ出した背後にロケットランチャーが撃ち込まれた。フライトユニットが破壊され、エルシオンは飛沫を上げて海に墜落する。

「くそ!」

カントは呻き段々と遠ざかっていく海面を見上げた。皮肉にもそれは太陽の光を受けて白く輝き、より一層美しく見えた。

[警告。海水の影響により搭載火器、推進装置に深刻な被害が出る可能性大。至急浮上を要求]

「わかってるよ!」

カントは両足で思い切りペダルを踏み込み、海面に向かって加速をかけた。

だがもう少しで海面に出る、というところで突然スラスターの出力が落ち、エルシオンは推進力を無くしてしまった。となれば当然再び太平洋の底へ引きずり込まれる運命だ。

カントは必死に腕を伸ばし、海面をすいすい動くヘリアムの脚部を掴んだ。そしてエルシオンもろとも海底へ沈んでいく。いくらホバーと いえどもLA2機を浮き上がらせるだけの浮遊力は無かったようだ。

カントがホバーヘリアムとの心中を決意した瞬間、ヘリアムはおもむろに傍らのロケットランチャーを自身の脚部に向けた、と思いきやそのまま発射、水中に衝撃波が響き渡り、脚部を破壊した。自分で自分の機体を破壊したのだ。そしてその反動も利用してヘリアムは浮上していく。さらに衝撃波によってエルシオンはさらに海底への勢いを増してしまった。

「そんなのありかよ……」

レーダーを見る。レイ達は未だ激戦の様相を呈しており、とても救助に来られるような状況ではなさそうだ。重ねてエルシオンはスラスター出力が極端に落ちておりこのままスラスターを吹かすことができても到底海面までの脱出は不可能だろう。

カントには1つ考えがあった。いや、あったというよりは今浮かんだ、と言うべきか。ヘリアムが自身の脚部を破壊した時に閃いたのだがそれはとてつもなく無理で、無茶で、おまけに無謀な、勝てる見込みの無い賭けのような案だった。一度賭けに負けているカントだ。すぐにそれに飛びつくのも気が引け、試しにエルシオンに聞いてみた。

「……っていうの……どうかな」

[……回答不能。成功確率は極めて低いと思われます]

だが意外なことにそう言うエルシオンは妙に楽しそうな印象を受けた。機械に感情などあるはずがないので気のせいだったのかもしれないが。

「なあエルシオン、俺の無茶を叶えてくれないか?」

[肯定。当機はパイロット、カント キサラギの手となり、足となり、力となって願いを叶える最大限の力を与えます]

さらに遠ざかる海面を見上げ、カントは機体の前部分を水面へ向け、既に壊れかけのシールドを背面に回した。そして短く呼吸をすると腰のウェポンラックからブレードをの出力器を取り出し、離すのと同時にブレード刃を展開させた。

すると一瞬だけ超高温のビームブレードが直接海水に触れ、付近の海水は一瞬で気化、2000倍に膨張した水蒸気は付近の海水を押しのけ、大爆発を起こした。

そしてエルシオンは衝撃波に押し上げられ、一気に海面へ浮上した。カントはそのタイミングで祈るような気持ちでスラスターを点火する。ゴハッ、と咳き込むような音を吐き出し、カントをヒヤリとさせたがそれでもなんとか飛び上がって飛空艇の貨物室に転がり込んだ。

[全く、無茶をします]

エルシオンのそんな声も耳に入らず、カントは生き延びた達成感と極度の精神疲労で放心状態になっていた。


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